44 化け物と曲者の対決
エルヴェシウスが見つめる中、団長が口を開いた。
「もっか、ファシュ将軍が配下の兵で捜索に当たっております」
この真実をアンスリウム側に知られては、両国の関係は最悪なものになってしまう。
これは何としても阻止しなくてはならない。
「人数はどれほどかけても構わないから、絶対に捕まえるのだ」
「はっ」
団長は慌てて執務室から出て行った。
「先手を打つぞ」
エルヴェシウスのその言葉に宰相も直ぐに同意を示した。
「確かにそうですね。この事がアンスリウム側に発覚したら大変な問題になってしまいます。ですが、どのように?」
どうやら宰相は具体的な案を持っていないようだ。
「アンスリウムに抗議するぞ」
「え? どういう意味でしょうか?」
首を傾げる宰相にエルヴェシウスは悪い笑みを浮かべた。
「考えてもみよ、万が一、逃げた神官を取り逃がしたとしても、こちらが先に別の事で抗議すれば、アンスリウム何が真実なのか分からなくなるだろう」
「別の事とは、どのような事なのでしょうか?」
「分からぬか?」
エルヴェシウスはため息をついた。
「先にこちらから、アンスリウムの神官が我が国に来て国家財産を破壊したとして謝罪と賠償を要求するのだ。さすれば、神官が逃げ戻って報告したとしても、どちらの主張が正しいのか分からなくなるだろう。神官の言を信じて文句を言ってきたら、身内に甘いだけだと言い返してやればいいのだ」
「成程、問題をすり替えて話をうやむやにしてしまうのですね」
おい、それでは私が傲慢で恩知らずな奴だと言っているように聞こえるぞ。
「分かったのなら、直ぐに外交ルートを通じでアンスリウム側に文句を言ってやれ」
「はい、承知いたしました」
ふう、これでアンスリウムとの間での問題事もうやむやに出来るかもしれないとほっとしていると、当番兵が困惑顔で現れた。
「陛下、宰相閣下、バシュラールの神殿から神殿長のカール・エマースト殿が神殿騎士を伴って面会を求めてやってきました」
神殿騎士を伴って、だと?
随分と剣呑じゃないか。
まさか、こちらがやっている事が漏れたのではないだろうな。
「何か言っていたか?」
「はい、アマハヴァーラ教の神官を返せと言っています」
エルヴェシウスは眉を顰めた。
やっぱりバレているじゃないか。でも、何故だ?
「おい、既に神殿側に情報が洩れているではないか。一体どうなっている?」
「あ、そういえば騎士団が人物照会をかけておりました」
「ちっ、神殿から正式に面会の要請があれば、無視するわけにもいかぬか。分かった。会おう」
謁見の間にやってきたのはバシュラール神殿の神殿長だったが、その後ろには見知らぬ男女が居た。
「エマースト殿、待たせたな」
「陛下、突然の来訪にも関わらずお会い頂きまして、誠にありがとうございます」
ふん、会わないと言ったら、言ったで、大騒ぎするつもりのくせによく言う。
「それでエマースト殿、我々は今とても忙しいのだが、急用なのか?」
態と、迷惑な来訪だと伝えてみたが、エマーストの目は全て知っているぞと言っているようだった。
「バシュラールの結界が消えたのは既に周知に事実ですから、その対応に追われているのは重々承知しておりますよ」
なら、何故、このタイミングでやってくるのだ。
「分かっているのなら、少しは遠慮したらどうなのだ?」
「そうしたいのは山々ですが、こちらも神官の命がかかっているので引き下がれませんな」
ちっ、やっぱり知っていやがったか。
「ほう、神殿側も問題を抱えているのだな」
「ええ、ユッカ王家に拘束されているようなので、救出しなければならないのです。全く、面倒な事でございますな」
その言葉でエルヴェシウスとエマーストの間で、バチバチと火花が散った。
「エマースト殿、聞き捨てならん言葉だ。いくら神国といえど、他国を侮辱するのは非礼ではないのか?」
「ええ、私もこのような事は言いたくは無いのですが、証拠もありますので強く出させてもらいますよ」
「証拠とは、一体何の事だ?」
するとエマースは懐から1枚の書面を取り出した。
「これはユッカ王家から我が神殿に送られてきた人物照会状です。ここにはアリソン下級神官について記載されております」
エルヴェシウスは初めて聞く名前に、一瞬何を言われているのか分からなかった。
直ぐに宰相を手招きして事情を問い質した。
「探している神官はシーモアという名前ではないのか?」
「さあ、私にも分かりません。騎士団に聞いてみるしか」
だが、団長は既にシーモアという緑髪の神官の捜索に向かってしまったので、確かめる術が無かった。
「エマースト殿、その照会状を見せてもらえないか?」
「ええ、構いませんが、書面はそちらに渡せないので、どなたかがこちらまで見に来てもらいたい」
「宰相」
エルヴェシウスが宰相の名を呼ぶと、宰相がエマーストの近くまで行ってそこで掲げられた書面を確認した。
「陛下、確かにアリソン下級神官に関する照会でした。ですが、回答欄に該当者なしと記載されておりました」
「ほう」
こちらでこそこそ話していると、エマーストが少しいら立ったようだ。
「陛下、これは重大な国際問題です。早急にアリソン下級神官を引き渡して頂きたい」
「何を言っている。その照会状には、該当者なしと書いてあるそうじゃないか。つまり、お前達神殿側も、そのアリソン下級神官という者は存在しないと証明しているじゃないか。言いがかりをつけるのは止めてもらおうか」
「それは、私に確かめもせず下の者が返事を書いてしまったのだ。実際には存在している」
「それを信じろと?」
エルヴェシウスがそう指摘すると、ぐぅの音も出ないのかエマーストが渋い顔になっていた。
「それは、照会を受けたこちらの担当官がしっかり確認しなかっただけで」
「だが、公式書類には存在しないと書かれてあるのだ。これは覆らないぞ」
エルヴェシウスは勝利を確信してエマーストを見下してやると、後ろに控えていた見知らぬ男が声を上げた。
「陛下、結界が消えた理由を教えて頂ないでしょうか? それと結界が消えたのに魔樹が襲ってこない事と、何か関係があるのでしょうか?」
むむ、痛いところを付いてくるな。
ユッカの問題が解決したと言ったら理由を聞かれるし、シーモア下級神官の姿は街中でも目撃されているからな。
こちらがしらを切ればそこを突いてくるつもりか?
ここで真実を言えば、エルヴェシウスはユッカの恩人に仇で返した事を認める事になる、否定した場合、どうして魔樹が消えたのか説明できないのだ。
さて、どうする?
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シリルが結界が消えた理由と、結界消失後も魔樹が襲ってこない理由を尋ねると、国王エルヴェシウスは上から目線でじっとこちらを見つめてきた。
その顔は、何か言い訳を考えているようだった。
「お前達の関心事は、神殿の神官を我々が拘束していないかという事だろう? それには答えてやろう。神殿側からアリソンという名の神官は居ないと返事があったのだ。当然、そんな怪しい奴は、直ぐに王都から追い出した。それが答えだ。もう、お前達の質問には答えたぞ。早々に退出するのだ」
つまり、結界が消えた理由も、魔樹が襲ってこない理由も教えたくないという事か。
国王が会見は終わったと合図をすると、直ぐに衛兵がやって来て我々を追い出そうとした。
拙い、このままでは何も情報が得られない。
「待って頂きたい」
声を上げたのはエマースト上級神官だった。
「そう言えば、この町に緑眼、緑髪の下級神官が来ていたようですが、神殿に挨拶に来ないのですが、何か知っていませんかな?」
睨み合う国王とエマーストの間で火花が散っているように見えた。
そして先に視線を逸らしたのは国王の方だった。
「メラニー・シーモア下級神官は、仕事を終えてアンスリウムに帰ったようだぞ」
緑眼緑髪の神官は、メラニー・シーモア下級神官というのか。
「神殿に挨拶も無しに帰ることなど考えられませんな。ユッカ側が邪魔をしたのではない限り、神殿に挨拶に来ないのはおかしいと思うのですが?」
エマーストは先ほどまでとは違い、今度は声を荒げて攻勢に出ていた。
「その言葉は非礼に値するぞ。それに挨拶に来なかったからと言っても、それはそちらの都合であって我々が感知する事では無い。会見は終わりだ。帰っていただこうか」
くそっ、結局アリソンの足取りに関して手掛かり無か。
シリルは焦りを感じていた。
ユッカの王城を追い出されると、エマーストはそのまま憤懣やるかたないといった表情で神殿に帰って行った。
アンスリウムに問い合わせをして、その結果によっては改めて抗議をしますぞとエマーストは言っていたが、そんなのを待っていては手遅れになるだろう。
エマーストが神殿に帰って行くのを見届けたシリルは、カーリー・ブレナンに話しかけた。
「国王との謁見の場に騎士団が居なかった。奴らの動きを見張れば何か情報が得られるはずだ」
「分かりました」




