43 大慌ての王国
「直ぐに王城に行くぞ。念のため神殿騎士に同行するよう命じてこい。アマハヴァーラ教の神官が拘束されているのなら、解放を要求しなければならないからな」
エマースト上級神官の慌てぶりに内心ほくそ笑んだシリルは、これでアリソンの行方が分かると考えていた。
「アルドリット殿、神官の危急を知らせてくれて感謝いたす。本当はお礼をしたいところですが、火急の用事がありますので」
エマーストがそう言ってきたので、その言葉尻を捕らえることにした。
「それでは、私達も王城に同行させてもらえないでしょうか」
「それが貴方達への返礼となるのでしたら、構いませんよ」
「ええ、この上ない褒美になります。ありがとうございます」
これであの娘がバシュラールまで来ているのは確かめられた。
それにしてもあの迷いの森を簡単に突破してくるなら、あの焼け焦げた道を作ったのもあの娘という可能性が高くなる。
これ程の力を隠し持っているのなら、もしかすると期待できるのではないか。
シリルとカーリーに合図して、エマーストが手配した神殿騎士の一団と一緒に王城に向かった。
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ファシュが騎士団に戻ってきた時、それは起こった。
突然王都バシュラールを覆っている結界が消えたのだ。
異変に気が付いたバリアンテが直ぐにファシュの元にやって来た。
「将軍、結界が」
「ああ、分かっている」
結界を発生させる装置のエネルギー源を交換する時に一時的に結界が消える事もあるが、そうじゃなかったら大変な事になる。
だが、しばらく待っても、結界が復旧する事は無かった。
「バリアンテ、私は団長の部屋に行って来る。お前は第1軍を出撃できるように準備しておいてくれ」
「はい、分かりました」
そして大急ぎで団長の部屋に入ると、そこには当番兵が待っていた。
「ファシュ将軍、団長から急ぎ王城の宰相の元まで来るようにとのことです」
「分かった」
ファシュが急ぎ足で王城内にある宰相の執務室に入ると、そこでは団長と宰相が居た。
「団長、結界が」
「ああ、分かっている。それで私達は地下に調査に行くが、お前は騎士団宿舎地下の牢に行って、あの神官が居る事を確かめるのだ」
「分かりました」
どうやら団長は、緑髪緑眼の神官が原因だと思っているようだ。
まあ、疑神石を廃棄しろと言った神官が来た途端にこれだ。
どうやったかは分からないが、十中八九あの神官の仕業だろう。
「神官が犯人だった場合、どうしますか?」
「勿論、疑神石を奪い返したうえで、二度とこのような事を起こさないよう体に刻みつけろ」
「分かりました」
ファシュは直ぐに騎士団宿舎に戻ると、バリアンテを呼んだ。
「頼りになる騎士を20名選べ、それから地下牢に向かうぞ」
「はい、分かりました」
そして地下牢の入口を騎士で固めると、バリアンテに合図を送り扉を開けさせた。
扉を開けると、地下牢からすえた匂いが漂い気分が悪くなった。
鼻と口を布で塞ぐと、明かりを持った騎士達に合図を送った。
「バリアンテは騎士5名とここで待機、我々以外が出てきたら必ず拘束するのだ」
「分かりました」
ファシュは騎士を3隊に分けると、1隊を率いて地下牢の中に入って行った。
「いいか、動く物があったら直ぐに知らせるんだ」
「「分かりました」」
地下牢のごつごつとした岩がむき出しの地面を注意して進みながら、中に閉じ込めた緑髪の神官が飛び出してくるのを警戒した。
そして周囲に注意しながらじりじり前進していったが、閉じ込めたはずの神官の姿は無く、最奥の場所まで辿り着いてしまった。
そこで明かりを翳して驚愕した。
そこに偽神官の姿は無く、牢は跡形もなく破壊され、壁には真っ黒な空間が空いているのだ。
ファシュは騎士達に周囲の警戒をさせると、自身は明かりをもってその痕跡を調べ始めた。
そこにあった痕跡は岩が焼け焦げて表面が黒くなっていた。
それはまるでドラゴンブレスの痕跡にそっくりだった。
ファシュは明かりで周囲を照らしながら、何が起こったのかと考え込んだ。
それはまるで地上でブレスを放ったドラゴンが、今度は地中でバシュラールに向けて放ち、あの緑髪緑眼の神官とその前に閉じ込めた黄髪黄眼の偽神官も犠牲になって消滅したようにみえた。
やがて地下牢を捜索していた他の2隊もやってくると、だれにも出会わなかったと報告してきた。
地下牢から神官が消え、結界が消えたという事は、あの神官は生きていて結界装置から疑神石を抜きとったと考えるのが最も合理的だった。
あの神官は疑神石を持ってこの地下道を逃げている筈だ。
直ぐに追いかけて取り戻さないと拙い事態になる。
ファシュは、1人の騎士に入口で警戒しているバリアンテに状況を説明させ、残った騎士を連れて穴の中に入って行った。
そのまっすぐ続く地下道を進んで行くと、横穴を見つけた。
どちらに進んだのか確かめるため、騎士達を先行させてみた。
すると横穴に向かわせた騎士が戻って来ると、この先に団長が居ると告げてきた。
ファシュはそれを聞いて直ぐに横穴に入ると、団長に会いに行った。
横穴は暫く進むと整備された道に着き、その先に団長と宰相がいた。
「団長、地下牢に開けられた穴から進んできたら此処に辿り着きました。あの緑髪の神官はこの穴を通って逃げたようです」
「ああ、そうだろうな。ここにあった結界発生装置が破壊されているからな」
忌々しそうにそう言ったのは宰相だった。
あの緑髪は、ここで結界装置を破壊して中から疑神石を盗んで逃げたようだ。
「するとこの地下道の先に緑髪の神官が居るはずです」
「よし、では後を追って盗まれた石を取り返すのだ。私はこのことを陛下に報告する」
ファシュは宰相から命令を受けたので、そのまま緑髪の神官を追って地下道を進んで行った。
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ユッカの国王エタン・エルヴェシウスは、王城の執務室で過去を振り返っていた。
人口が増えたことでユッカの森を切り開き、下草を焼いて広げた畑に突然、作物を枯らす雑草が大繁殖した。
その雑草を何とかしようと焼いたり、薬を撒いて枯らしてみたが、その都度、更に強力な雑草が大繁殖するという事が繰り返された。
そんな時、あの商人がやってきて、雑草を排除するため結界を張る提案をしてきたのだ。
結界は大きな効果を現したが、すると今度は雑草ではなく魔樹が現れるようになったのだ。
アンスリウムはあんなに豊かな土地だというのに、何故ユッカはと思うのは何時もの事だった。
そんな事を考えていると、突然結界が消えた。
慌てたエルヴェシウスは直ぐに宰相に結界装置を見に行かせた。
最後の頼みの綱である結界が消えたら、王都は大騒ぎになっている事だろう。
宰相が戻って来るほんのわずかな時間を待つのもつらかった。
やがて騎士団長を伴って戻って来た宰相の顔色を見て、直ぐに悪い結果なのを悟った。
「陛下、大変です。結界装置が破壊され、そこから全ての疑神石が抜かれていました」
「なんだと、一体誰がそんな事をしたのだ?」
宰相に報告に座っていた椅子から立ち上がった国王は、椅子に膝当てをドンと叩いた。
「犯人はあの緑髪の神官だと思われます。ファシュ将軍が閉じ込めた地下牢を確かめところ、奴は壁に大穴を開けて脱獄していました。それにその穴の先は結界装置を設置してあった地下と通じていたのです。この事実から装置を破壊し疑神石を奪ったのは、あの緑髪がやった事で間違いないでしょう。実に忌々しい」
それを聞いた国王は呆然となったが、直ぐに気を取り直した。
「王都はどうなっている? 結界が消滅したのなら、今すぐ脱出しなければ魔樹の餌にされてしまうのではないか?」
「それが、今の所、王都に魔樹が侵入してきたという報告は届いておりません」
報告が届いていないという事は、魔樹が侵入していないか、既に報告も出来ない程事態は悪化しているかのどちらかだ。
だが侵入していたら、どこかからか異変が発生しているはずなのに、王都は平穏にみえた。
「何処からも届いていないのか?」
「はい、被害があったという報告は届いておりません」
すると本当に魔樹の侵入は無いと言うのか?
それではまるで。
「では、あの神官が言っていた事は真実だったという事か?」
「たまたまという事もあるのでは?」
拙いな。それではアンスリウムの善意に対して、我々は仇で報いたことになるぞ。
「あの神官がアンスリウムに逃げ帰ったら、我々の事を全部報告されてしまうな」
「ええ、そうなりますね」
「その神官は脱獄した後、まだ捕まっていないのか?」
エルヴェシウスの下問に、宰相はさっと団長の顔を見つめると、その無言の圧力に負けて団長が口を開いた。




