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神獣の調力師  作者: サンショウオ
第1章 アンスリウム
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4 調力師の仕事

 

 寮の通路の前に並び朝の点呼が終わると、最初の仕事は寮の掃除だった。


 空腹のお腹を抱えて、寮の通路や窓拭きを終えるとやっと朝食の時間になる。


 下級神官見習い用の食堂に行くと給仕係から朝食を貰い、空いているテーブルに着いて早速頂く事にした。


 教会の食事は質素そのもので、この日も固い黒パンと野菜くずが入った薄味のスープだった。


 私は黒パンをちぎってスープにつけて柔らかくすると、そのまま口に運んだ。


 そうやって朝食を食べていると、パティに声をかけられた。


「ちょっと、今日は同じ班なんだからきちんと仕事してよね」


 その言葉は、私がどんくさい落ちこぼれだと決めつけているふうに聞こえた。


「ええ、分かったわ」


 そうは言ったものの私には礼拝の時間、礼拝堂からこっそり抜け出す必要があったので、パティは未来が予測できるのかと思わず警戒してしまった。



 大神殿正面の礼拝殿を入ると、広い中庭の中央にはアマハヴァーラ神の石像が配置されており、右側に礼拝堂がある。


 そして左側にある4つの建物は、手前右側が修行棟、手前左側が寮、奥右側が事務棟、奥左側が倉庫となっていた。


 私達の仕事は礼拝に使う備品の設置や椅子の設置、それが終わると今度は巡礼者の受付と案内になる。


 今日は他国からの賓客が来る予定であり、アマハヴァーラ教のトップである大神官も顔を出す予定だった。


 準備は恙なく終わり、巡礼者の入場と最後に賓客が貴賓席に座った。


 礼拝は大神官が会場に姿を現した時点で始まった。


 大神官は集まった者達に片手を上げて、本日の礼拝に参加してくれた者達に挨拶をしていた。


 アリソンはその姿をじっと柱の陰から見守っていた。


 ベネディクト・アッシュベリー、神国の統治者にしてアマハヴァーラ教の大神官、そしてリドル一族の抹殺を命じた張本人。


 その極悪人が他国の使者を前に、穏やかな笑みを浮かべていた。


 私は誰にも見られないように、柱の陰からそっと弓を射る仕草をした。


 まあ、実際に矢を放っている訳ではないので、暗殺で大騒ぎになる事も無く、礼拝は何事も無かったかのように進行していた。


 下級神官見習いは礼拝が始まると邪魔にならない隅に移動して、その流れを見て覚える事になっていた。


 だが、私は、勿論そんな事はしないのだ。


 皆の視線が大神官に集まったところで、こっそり抜け出した。


 礼拝が始まると通路を歩く人は居なくなるのだが、それでも誰もやってこない事を左右の通路を見て確かめた。


 そして誰も居ない事を確かめると、礼拝堂にある倉庫の中に入っていった。


 倉庫の中は空っぽだったが、お祖母ちゃんにここに神力だまりがある事を教わっているのだ。


 そして私は右目に手を当てた。


「神眼、開眼」


 私がそう唱えると黄色の右目が突然赤色に変わり、目の前に神力だまりが現れた。


 神眼で見えた神力だまりは、そのまま神獣様が住まう神域につながっていた。


 迷うことなく神力だまりに入っていくと、そこには館程もある大きな竜の姿をした神獣様が寝そべっていた。


 私は目の前の神獣ガイア様に頭を下げた。


「アンスリウムの大地を統べる偉大なるガイア様、ご機嫌麗しゅうございます」


 私がそう声を掛けると、眠っていた神獣様が目を開いた。


 そして私の事を凝視するように大きな双眸をこちらに向けた。


「うん、バーサはどうした?」

「お祖母ちゃんはもうガイア様のお世話ができなくなりましたので、これからは私アリソンが代わりにお世話いたします」

「お祖母ちゃん? リンジーはどうしたのだ?」


 リンジーとは私の母親の名前だった。


 お祖母ちゃんに亡くなったと聞いていたが、何処で何故亡くなったのかはどうしても教えてくれないのだ。


「お母さんは亡くなりました」

「そうか、それはすまなかったな。ではよろしく頼む」

「はい。では、これから神力の流れを診させてもらいますね」

「うむ」


 ガイア様は、私が診られるようにその場に蹲ってくれた。


 私は音叉のような調力具を神力で具現化すると、そっと指先で弾いてから神獣様の背中に当てた。


 それを神眼で見ると、神力がガイア様の頭から尻尾に向けて綺麗に流れているのをはっきりと目視できた。


 その流れが乱れている個所をみつけては、調力具を使ってその流れを整えていくのだ。


 神獣様が大地の環境を整えるのにお力を発揮すると、このように神力に乱れが生じるので、私達リドル一族がその乱れを整え神獣様が再びお力を振るえるようにお手伝いするのだ。


「ああ、そこそこ、うん、気持ち良いぞ」


 始めての調力だったが、ガイア様がとても気持ちよさそうで私も嬉しくなってきた。


「ガイア様、神力のゆがみがひどくなっていますが毎回こうなのですか?」

「うん、ああ、私の守護する大地に沢山の人が住むようになっただろう。それに伴って環境負荷が大きくなったようだ」


 そう言われてみれば、神都の中でも他地方の人達の姿を見る事が増えたような気がしてきた。


 それだけ他の土地では、環境が悪化して生活が厳しいのだろう。


 すると神獣様が口を開いた。


「最近はバーサもやって来る頻度が少なくなっていたが、アリソンはどうなのだ?」

「私はアマハヴァーラ教の下級神官見習いになりましたので、頻繁に来る事が出来ると思います」

「アマハヴァーラ?」


 ガイア様が初めて聞くような素振りをしていた。


 お祖母ちゃんは、アマハヴァーラ教の事を話していないようね。


「はい、なんでも、アマハヴァーラ神がこの世界に顕現して、人間が住める環境を整えてくれたという教えを広めている宗教です」

「ほう、それは凄いな」


 ガイア様は本気で驚いているようだった。


「そんなの嘘に決まっているじゃないですか。現にガイア様のお力が及ばない地域では厳しい環境に住んでいるという話ですよ」


 私がそう言うと、ガイア様はふふふと笑った。


「他の地方にも環境を整えている同輩がいるはずだがなぁ」


 私はその一言がとても意外だった。


「えっ、他の地方もガイア様が環境を整えているのではないのですか?」

「私はアンスリウム地方が担当だ。他の地方には他の神獣が居るぞ」


 という事は、他の地方の環境が悪化しているという事は、その地方を担当する神獣様を誰もお世話していないと言う事でしょうか?


「他の神獣様は、どうしているのですか?」

「さあ、力は感じるがとても弱いようだな」

「それでは、お力が発揮できていないのかもしれませんね」


 私は他の地方の事を何も知らなかったので、今度実家に帰った時にでもお祖母ちゃんに聞いてみる事にした。


 そしてガイア様のお世話を終えて元の倉庫に戻り神眼を解除すると、赤かった右目が普段の黄色に戻った。


 それと同時に神域も消えた。



 一仕事終えて礼拝堂に戻ってくると、パティが近づいてきた。


「アリソン、あんたサボったわね」

「え? 何の事」

「とぼけたって駄目よ。貴女のせいで、私の評価まで下がったらどうしてくれるのよ。いい加減にしてよね」

「そうよ、私達に類が及ばないためにも、これはシーモアさんに報告が必要ね」


 同じ班のロミーがそう言ってきた。


 あちゃ~、シーモアさんは私達の見習い試験の試験官であり、その後は私達の教育係になった下級神官だ。


「黙っていては・・・くれないわよね」

「当然でしょ」


 今日は夕ご飯抜きかぁ。


 私は「はぁ」と小さくため息をついた。


 会場では既に大神官は姿を消し、残った神官達がが礼拝参加者に対して神に供えていた神酒や菓子を巡礼者に配っていた。


 巡礼者はあのお供え物を食することで、神の祝福の力を体の中に取り込むのだ。


 少なくともアマハヴァーラ教の教義ではそうなっている。



 私は神獣様の力を調整する調力師の生き残りだ。


 この世界は大地は焼け大気は有害でとても生物が生きていける環境ではなかったのを、神獣様達が肥沃な大地を造り大気から有害物質を取り除いて、私達人間や動物が生きていける環境を整えてくれたのだ。


 そして豊かな暮らしが送れるようになると人間が増え、それに伴って環境負荷も重くなった。


 そんな環境悪化に神獣様達の負担も増えていったある時、神獣様は私達の世界にお姿を現し、自分達が今後も力が発揮できるようにお世話をするよう求めてきた。


 その求めに応じたのがリドル一族だ。


 リドル一族は、神獣様のお世話をするためその神域に入れるように神眼を授けられ、以後人々が安心して暮らせるように神獣様のお世話をしている。


 私達がその使命を怠れば、肥沃な大地は荒涼とした大地に変り、水も干上がり、作物が何も育たない過酷な環境になってしまうのだ。


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