39 再び王都へ
私とファシュがにらみ合っていると、ミドルが声をかけてきた。
「それよりも魔石を持って帰らねばならぬのだ。王都へ帰るのはまだ先にしてもらおうか」
「この地に魔石など、ありませんよ」
「魔石が無い? 何故、そんな事が分かるのだ?」
「この地に調査に来たのですから、当然下調べもしています」
まあ、実際はグロウ様に聞いたので、自分で下調べをした訳ではありませんけどね。
私はあちこちに空いている穴を見ながらミドルに質問した。
「瘴気以外で、何か出てきましたか?」
ミドルは何も言わずに下を向いていたが、その行動が答えだった。
「どうです、私の言ったことは正しいでしょう?」
「ちょっと待ってくれ。元々魔石が必要だったのは、この地にドラゴンが現れたからだ。もしかしてドラゴンも消滅するのか?」
ドラゴン? ああ、ガイア様のブレスを恐れているのね。
「だから、先ほどから申し上げているでしょう。ユッカの環境が元に戻ったので当然ドラゴンも魔樹も消えています。貴方方が疑神石を使わなければ、ドラゴンも復活しませんし、魔樹に怯える日々が再び訪れる事も無いのです。ですが私の話を信じず疑神石を使い続ければ、再び環境は悪化し、魔樹に怯える日々に逆戻りですよ」
私の指摘にファシュは考え込んでいた。
「私では陛下に説明できそうもない。すみませんが一緒に王都まで来てもらって、今の話を陛下にしてもらえないか?」
私はまさかこの男が王都に招いてくれる事に驚いたが、その提案は願っても無い事だった。
それにグロウ様の事を考えると、疑神石の危険性を王家の人達に認識してもらった方が良いのだ。
「分かりました。それでは王都まで同行しましょう」
禁忌の地から王都バシュラールまでファシュとその騎士団に護衛されていたが、既にグロウ様が言った通り魔樹による攻撃は一切なかった。
そしてバシュラールまでの道は、彼らが簡易な道を作ってくれていたので、比較的楽な移動となっていた。
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ミドル殿の怒声で意識を取り戻したファシュは、直ぐにここが禁忌の地で、魔樹共に包囲されていたことを思い出した。
そして空が明るく空気が濁っていない事で結界が解除されている事と、無防備に横たわっていたのに魔樹に襲われていない事にも気が付いた。
そして次にそうなった理由を調べようとしたところで、怒ったミドル殿が誰を相手にしているのかに興味が湧いた。
目の前にはアマハヴァーラ教の神官と3人のエルフが居た。
アマハヴァーラ教の下級神官は、エルフの道案内で禁忌の地を調査にやって来たアンスリウムのメラニー・シーモアと名乗った。
そして説明してくれた内容は、納得のいくものだった。
ファシュ自身も結界を発生させた後、結界の中の樹木が魔樹に変化したのを実際に見ているからだ。
これが本当なら、王都で結界を発生させている事がかえって環境を悪化させていたことになるのだ。
このとんでもない情報はとても自分では国王に説明できないので、この情報を齎した神官にお願いして一緒に来てもらう事にした。
あと残る疑念は、ユッカの環境が悪化し苦しんでいた時、どうしてアンスリウムは直ぐに助けてくれなかったのかという事だ。
この緑髪緑眼の神官が言った通り、ユッカに上から目線で恩を売れたまではいいが、難民が増えて手に負えなくなり仕方なく元を絶ったという事が事実に聞こえてくる。
いずれにしてもこの神官の身元調査は必要だし、それはバシュラールの神殿に照会すれば問題無いだろう。
その時、神殿側から何か情報を漏らすかもしれない。
帰り道は魔樹に襲われることも無く無事王都まで辿り着いたので、神官の説明を証明しているようだった。
ファシュは、ユッカの大地が元の実り多き土地に戻る事を期待していた。
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禁忌の地でエルフ達と別れてユッカの調査隊と一緒に王都まで戻って来た私は、そのまま騎士団の宿舎に案内された。
グロウ様のお陰で髪と瞳の色が緑に代わり身長もかなり伸びているので、私を地下牢に投獄したファシュも多少は疑っているのかもしれないが、別人だと思っているようだ。
「シーモア殿、私はこれから陛下に面会の申し込みをしてくるから、後の事は副官のバリアンテにお世話をさせます。陛下からの許可が下りるまで、騎士団の宿舎に部屋を使ってください」
「はい、分かりました」
そしてファシュが一礼して別の方向に去っていくと、残った副官が私に声をかけてきた。
「それではシーモア様、部屋に案内します」
「よろしくお願いします」
そして2度目となる騎士団の宿舎に入ると、今度は地下牢ではなく、窓があり、部屋の中にはテーブルに椅子、それにベッドまで付いた来客用の部屋に案内された。
「この部屋を自由に使ってください」
「ええ、ありがとうございます。それで私は、この時間を利用して町で必要な物を購入したいのですが、よろしいですよね?」
「勿論です。それでは護衛を付けますね」
「いえ、それには及びません」
監視役が付いてきたら情報収集ができないのですよ。
「いえ、お客様に護衛を付けるのは普通の事ですから」
監視が居ると母親の事を聞き回れないし、母親の事を調べている事がカラスの耳に入ったら大変なので何度も断ったのだが、相手も命令を受けているようで絶対首を縦に振ってはくれなかった。
あまり固辞すると何かあるのかと疑われてしまうと思い、モステラ地方に行くための消耗品や食糧を購入することに切り替えた。
「分かりました。それでは旅に必要な保存食や備品購入をしたいので、マルシェまで案内してくれますか」
「はい、お任せください」
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シリルはカーリーを伴ってユッカの地に刻まれた焼け焦げた道を王都バシュラールに向けて進んで行くと、目の前に王都バシュラールの町が見えてきた。
ようやくたどり着いたシリルがほっと一息つくと、これまでの事を振り返ってみた。
まず雨降草の会合を終えたシリルは、カーリーを伴ってユッカとの国境の町であるナッシュでアリソンという名の神官の足跡を調べたのだ。
アリソンの黄色髪に黄色の瞳は珍しいので町の人間に聞き込みをすると、直ぐに孤児院への慈善活動をしている最中に誘拐された事、その後自力で脱出してきたことが判明したのだ。
「意外にやるじゃないか」
「ええ、ですが、私の鑑定魔法で見た通り彼女の体内魔力量が大神官なみであれば、窮地を1人で切り抜けたとしても、何ら不思議ではないでしょう」
そして情報収集は、ユッカの避難民がたむろしている場所でも行った。
そこのリーダーとおぼしき男に金を見せてから質問すると、直ぐに口を開いた。
「すると、その黄髪黄眼の神官は迷いの森に入って行ったのですね?」
「ええ、念のため危険な森だと伝えたのですが、まるで意に介していないようでしたよ」
男の顔からは自分には責任が無いと言っているように見えた。
この男はアリソンが迷いの森に入って既に遭難死していると思っているようだ。
「どうもありがとう」
情報料として男にエインズワース金貨を握らせた。
男は手の中の感触に一瞬驚いたが、直ぐに卑屈そうな笑みを浮かべると俺達から離れて行った。
男が離れて行くと直ぐにカーリーが不満そうな顔を見せた。
「あんな男に金貨を渡すなんて、もったいないですよ」
「ああ、構わないさ。あれは口止め料も込みだからな」
そして不満顔のカーリーを引っ張って、アリソンが入ったという場所から迷いの森に分け入った。
そのうっそうと生い茂る森と歩きにくい下草を前に、都会育ちのカーリーは早くも根を上げていた。
「シリル、本当にここを進むのですか?」
「ユッカにまともな道は無いのは、カーリーも知っているだろう」
「でも、ここは迷いの森と呼ばれる場所で、殆どは遭難して躯を晒すと言われていますよ」
既に涙目のカーリーを何とかなだめた。
「たとえ無理だとしてもあの娘の躯を確かめないといけないのだ。諦めろ」
「うっ、未来ある若者のむごたらしい姿なんて見たくないです」
文句ばかり言うカーリーを後ろに従えて密林を進んで行くと、シリルの目の前には突然開けば場所が現れた。
それは森の遥か向こうまで続いている道のようになっているが、何かエネルギー弾が放たれた痕のように周囲の森も地面の黒く焦げた跡が続いていた。
シリルは跪いてその痕を調べてみたが、やはり焼け焦げ痕で間違いなさそうだった。
「カーリー、これだけのエネルギー弾を撃てる相手は何だと思う?」
それまで涙目でオロオロしていたカーリーだったが、直ぐに真剣な顔になって痕跡を調べ始めた。
「私の見解では、これはドラゴンのブレスだと思います」
「ユッカにドラゴンが出現したのか。これは相当危なそうだな」
「本当にそう思っていますか? 私にはなんだか、嬉しそうな顔に見えますよ」
カーリーは尻込みしているようだが、そもそも迷いの森に道らしきものは無かったのだ。
それがこんなに歩き易い道を造ってくれたのなら、むしろありがく使った方がいいじゃないか。
「なあ、バシュラールはブレスの跡が向かっている方向ではないのか?」
シリルがそう言うと、カーリーは慌ててユッカの略図を見て方向を確かめていた。
「ええ、確かにそうですね。これなら迷わずにバシュラールまで行けそうです」
「それじゃあ、ドラゴンに感謝しつつ、鉢合わせしない事を祈りながら進もう」
ふふ、面白いじゃないか。
アリソンが森に入った途端、その場所から目的地であるバシュラールまで歩き易い道が出来るなんて、もうあの娘がやったとしか思えないじゃないか。
そんな力があるのなら是非ともお近づきになりたいよな。
そして俺達はドラゴンにも魔樹にも遭遇する事も無く、バシュラールまで来ていた。
さて、さて、黄髪黄眼の神官は此処で何をしているのか楽しみだな。




