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神獣の調力師  作者: サンショウオ
第2章 ユッカ
36/61

36 予兆1

 

 アンスリウム地方の僻地にあるセコ村では、ある問題が発生していた。


 村長は不安そうな顔で村人が農作業をしている場所にやって来ると、その姿を見た農民が作業の手を止めて村長の所にやってきた。


「村長、駄目だ。全く雨が降らない。植えた作物には水が必要だっていうのに、これじゃあ収穫は見込めないです」

「困ったのう。今までこんな事は無かったんだがなぁ」


 村長は、水不足で明らかに弱っている作物を見て困っていた。


「穀物は駄目としても、根菜や果実の方はどうなんじゃ?」


 わずかな希望でもと村長がそう聞いてみたが、村人の顔を見ればそれも見込み薄すなのは明白だった。


 +++++


 行商人のシミオンは、荷馬車の御者台の上から行き交う者が殆どいないのどかな地方の道を次の村に向けて進んでいた。


 アンスリウムでは、大神殿から任命された勅任行商人という制度があり、シミオンはその免許を持っていた。


 勅任行商人の仕事は、アンスリウム各地の農村を巡り必要な物資や手紙、大神殿からの指示書などを届け、作付けの状況を目視する一方、訪れた村からは大神殿に送る作物に関する報告を受け取る仕組みになっていた。


 そして先ほど訪れたセコ村もだが、巡った村どれも今年の収穫予想が厳しいとの予想だったのだ。


 シミオンがこの仕事についてからこれは初めての事であり、今年は何かあったのだろうかと首をひねった。


 そして昼食を取るため何時ものように小川が流れている場所に荷馬車を止めると、道を少し降りて水を汲む事にした。


 小川に降りて水を汲もうとしたとき、その水量がいつもよりかなり少ない事に気が付いた。


 もしかして、アンスリウム全体で水が減っているのか?


 シミオンは急いで荷馬車まで戻って来ると、各村の村長から受け取った報告書に目を通した。


 収穫予想が悪い原因として雨不足と書いてあったのだ。


 これは大神殿に報告しておいた方が良さそうだな。


 昼食を終え、次の村に向かっていると、道脇に馬車が脱輪して止まっていた。


 荷物が重く車軸が折れたり轍に嵌って車輪が壊れる事もあるので、別に珍しい光景ではないのだが、シミオンは何故か胸騒ぎを覚えた。


 道脇に荷馬車を止めると、その馬車を調べる事にした。


 直ぐに目に付いたのは馬車の前で倒れている馬の姿だった。


 それは腹を裂かれ、内臓が食い荒らされていたのだ。


 思わず先ほど食べた昼食が胃から戻ってきそうだったのを必死に堪えていると、近くの森から「グルルル」という唸り声が聞こえてきた。


 今まで聞いたことも無い野太い唸り声に不安を覚えたが、同時にそれを発する正体が知りたくなった。


 そして道端に落ちていた木の棒とこぶし大の石を手に取ると、石を唸り声を上げる相手に投げ、木の枝を構えた。


 それは投げた石を避けるように姿を表したが、直ぐに森の中に消えて行った。


 シミオンはそれに姿を見て、恐怖で鳥肌が立っていた。


 犬よりもはるかに大きな体躯、鋭い眼光、そして口の中から覗くおぞましい程鋭い牙を見たからだ。


 その姿は環境が悪化すると現れるという伝説がある、恐ろしい魔獣にそっくりだったからだ。


 シミオンは足が震えてその場にしゃがみこみそうになるのを手で叩いてなんとか耐えると、破壊された馬車に手をかけた。


 それから破壊された扉から中を覗くと、そこには誰もいなかった。


 ミシオンは先ほどの魔獣が襲ってこないかと周囲を見回してから荷馬車に戻ると、愛馬の尻に鞭を打ち大急ぎでその場を後にした。


 +++++


 大神殿内の特級神官専用の執務室で、農業部門を担当するオーガスト・ニューウェルは、渉外担当のロドニー・センシブルから送られてきた難民への食糧支援の要請書に眉をしかめた。


 毎回支援する量が多くなっているではないか。


 だが、私には余裕があった。


 そう収穫量を増やすため、好きな時に好きなだけ雨を降らせる事が出来るからだ。


 それにしてもあの疑神石は、天候も操れるほどの膨大なエネルギーを発生させる本当に凄い代物だな。


 オーガストの元には、神都近郊の実験農場では予想を上回る収穫量が見込めそうだとの予測が来ていたのだ。


 上機嫌のオーガストの元に下級神官がやって来た。


「ニューウェル様、地方の村からの報告書が上がってきました」

「おお、そうか。テーブルの上に置いておいてくれ」

「分かりました」


 だが、テーブルの上に書類を置いた下級神官は部屋を出て行こうとしなかった。


 その行動を妙に思ったオーガストは声をかけてみた。


「なんだ。どうかしたのか?」

「はい、実は、この報告書を持って来た勅任行商人がおかしなことを言っていたので、それを報告した方が良いのか迷っておりまして」


 忙しいオーガストの時間を浪費しようとする下級神官を叱りつけてやろうかと思ったが、気を取り直してそのおかしなことを聞いてみる事にした。


「なんだ、話してみよ」

「はい、地方の農村ではどこも水不足になっているそうで、今年の収穫は減るだろうという予測です」


 オーガストは食料増産に腐心しているというのに、地方の収穫が減るという言葉を聞いてとても不快な気分になった。


「この神に祝福された大地で水不足だと? そんな事がある筈がない。勅任行商人は酒でも飲んで夢でも見たのではないか?」

「いえ、村長の報告書を確かめましたので、それは無いと思います。それに小川の水量も減っていたと言っていましたし、それに魔獣も出たとの事です」


 それを聞いたオーガストの背中には冷たい汗が流れ落ちた。


「ば、馬鹿者、そんなはずがあるか」


 思わず罵声を上げると下級神官は自分が叱られたと思い、「すみませんでした」と言って慌てて部屋を出て行った。


 だが、オーガストとしてはそんな事はどうでも良かった。


 それよりも今重大な事を聞いたからだ。


 前に国境の町ナッシュのパッテン上級神官補佐から聞いた事を思い出していた。


 それは隣接するユッカの事を話していた時だった。


 環境が悪化した大地には、魔物と呼ばれる人を襲う怪物が自然発生するのだと言っていたのだ。


 そんなはずはない。


 豊かな大地であるアンスリウムに、魔物が発生するなんて事は絶対にないのだ。


 だが、そうは言っても現実から目をそらしてばかりもいられない。


 オーガストは大急ぎで環境制御装置を作った研究主任のグローヴァーを呼びつけた。


 +++++


 研究主任のグローヴァーはニューウェル特級神官に呼び出されても、環境制御装置は問題なく稼働していて収穫量も期待できるので、褒められるか昇進の話だろうと浮かれていた。


 だが、ニューウェル特級神官の執務室に入ると、その重苦しい空気に自分の考えが間違っていた事を悟った。


「ニューウェル特級神官様、何かございましたか?」

「クローヴァー、地方の村で雨不足が起きている。もしやとは思うが、お前自慢の環境制御装置とやらは、地方の雨を中央に集めただけなのか?」


 クローヴァーは指摘された事が可能性としてあり得るので、背中に冷たい汗が流れた。


 だが、ここでそれを示唆したら自分の出世に影響するのは明白だったので、否定するしかなかった。


「いえ、そのような事は無いと思います。マジック・アイテムが悪影響を与えたと言うのなら、私の装置よりも工業担当のテレンス・バウアー様の方が沢山のマジック・アイテムを作り出しているので、そちらが影響したのではありませんか?」


 クローヴァーがそう指摘すると、ニューウェルは何やら考え込んでいた。


「ふむ、確かのその可能性もあるか。よし、分かった。下がってよいぞ」


 クローヴァーはニューウェルのその言葉にほっと溜息をついた。


 +++++


 赤髪が目を引くイーリーン・スーシェは、それほど実力は無かったが親のコネでニューウェル特級神官の補佐官に抜擢されていた。


 イーリーンは女性という事もあり、普段は上司の身の回りの世話を仰せつかっていたが、今日は部屋に入って来るなり特務部門の職員を集めるように命じられた。


 この部門は、別名ニューウェル特務機関と呼ばれ、大神殿内で他の特級神官達の噂話を集めてくるのが仕事だと教わっていた。


 大広間に集められた職員は、突然の招集にこれから何が起こるのかと皆顔色が悪かった。


 そして現れた上司は、とても不機嫌でイラついているように見えた。


 上司は集められた職員をじっと睨むと、激しい口調で激を飛ばした。


「諸君らが日頃から我が派閥のために他派閥の情報収集に励んでいる事には、大いに満足している。現在、このアンスリウムで些細な問題が発生していて、それを我が派閥の責任にしようとする動きがある。我々はこの攻撃を躱し反撃を行うため、他派閥の弱点を探り出さねばならない。どのような些細な情報でも構わない、諸君らが操っている諜報員を最大限に活用して他派閥の情報を収集するのだ」

「「「ははっ」」」

「急げ」


 職員達は上司の声にすっと立ち上がると、先を争うように大広間から駆け出していった。


 そして職員が誰も居なくなったところで、イーリーンは上司にそっと尋ねてみた。


「ニューウェル様、些細な問題とは地方で起こっている日照りの事でしょうか?」

「ああ、そうだ」

「今年の収穫予想では全体の収穫量が昨年より1割程度減少するそうですが、たった1割でそれほど大騒ぎするものでしょうか?」


 イーリーンは、上司の顔色がさっと変わり失言だったと理解したが、既に言ってしまった発言を無かった事にする訳にもいかず、体をこわばらせた。


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