30 窮地
「そろそろ野営の準備をするぞ。第1小隊は周辺の警戒、第2小隊は周辺の木を伐採、第3小隊は下草を刈って野営地を整えろ」
「「「はい」」」
バリアンテに任せている第1小隊が周辺の警戒をする中、ファシュは周辺の木を全て取り除いた事を確かめてから結界を張った。
結界と樹木との関係に疑念があったので、結界の範囲内に入りそうな樹木を全て切り倒させてから結界を張ったのだ。
そして結界内に異変は無いかと最大限の警戒を行ったが、今の所魔物の攻撃は無かった。
「ふう、どうやら今晩はゆっくり休めそうだな」
「ええ、でも警戒はしておいた方が良いでしょう」
「そうだな」
そして3つの小隊に3交代で見張りを頼み、ファシュは調査隊の隊長の所へ行った。
ファシュは野営地の一角で竈を囲んでいる調査隊の隊長ブノワ・ミドルに声をかけた。
「ミドル殿、禁忌の地での活動について確認させてもらえますか?」
「おお、ファシュ将軍、よろしいですぞ」
「私がボーカン団長から命じられているのは、道中の護衛と、調査中の妨害者の排除です」
ファシュがそう言うとミドルもそれを承知しているようで、笑顔で頷いてきた。
「ええ、よろしくお願いしますよ」
「ところで、ミドル殿はかの地で何を探すのですか?」
ファシュがそう尋ねるとミドルは一瞬驚いた顔になったが、直ぐに周囲を見回してからそっと耳打ちしてきた。
「噂では禁忌の地には魔物の墓場というのがあって、そこで死んだ魔物の魔石が大量に残されているそうなのだ」
ミドルは自分の専門分野の話が嬉しいのか、前のめりになっていた。
「将軍、不思議とは思わないかね。討伐した魔物の死体以外、どこに行ったのだろうと。そこで過去の文献を調べてみたのだよ。すると、何と墓場があるという言い伝えの記載があったのだ」
「へ、へえ」
「まさに宝の山だよ。空の魔石は魔法使い達に魔力を込めてもらう必要があるが、既に魔力が込められた石が放置されているのだ。これを使わない手は無いだろう? 魔石はマジック・アイテムのエネルギー源になるから、売ればかなりの金額になるのだ」
成程、その売却益を遷都の費用に充てるというのか。
調査隊がようやく目的地に到達すると、そこはむせ返るような猛烈な臭いが漂う場所で、木々は生えず地面は黒く変色していた。
その光景に危険を感じたファシュは調査隊のミドルに声をかけた。
「ミドル殿、ここは危険ではないのですか?」
「ああ、文献によると地面は有害物質を含んでいるらしいから、将軍は近寄らない方が良いぞ」
「こんな所に魔石があるのですか?」
「それをこれから調べるのだ。周辺の警戒をお願いしますよ」
ミドルに言われるまでも無く、それが俺の任務なのだから当然手を抜くつもりは無い。
直ぐに副官を呼びつけた。
「バリアンテ、隊を分けて周囲の警戒を行うのだ」
「はい、畏まりました。ですが、手に負えなくなったらどうします?」
「その時は結界を張ろう。幸いな事に此処には魔樹になりそうな木がないからな」
「分かりました」
その間も調査隊は、背負い袋の中から防護副を取り出して身に着けていた。
そしてお互いしっかり身に付けているかチェックしあった後で、黒く変色した地面に足を踏み入れていった。
「ファシュ将軍、それでは我々は調査を始めますぞ」
「分かりました。周辺の警備はお任せ下さい」
ミドルはこちらに頷くと、くるぶしまで足が沈み込むのも気にせず進んで行った。
ファシュも直ぐに自分の仕事に戻る事にした。
ここはエルフ達が言う禁忌の地だから、我々が足を踏み入れたことで怒り狂って襲って来る可能性もあるのだ。
「静かだな。このまま何事もなく調査が終わり、戦利品を持って帰れたらいいのだが」
やがて周辺を守っている部下達の一部が突然騒がしくなった。
ファシュは原因を調べるため、胸元から取り出した遠見のマジック・アイテムを向けると、そこでは魔樹から伸びてきた複数の蔦に向かって剣を振り回す部下達の姿があった。
前線の兵が盾で防御陣を作り後方の魔法兵が風魔法で蔦を切り、隙が出来たところで剣を持った兵が魔樹の幹に切りかかって行った。
すると今度は別の場所からも怒号と剣戟の音が聞こえてきた。
ファシュがそちらの場所を見ると、また別の場所から騒ぎが起こった。
防御線のあちこちで戦闘が始まると、動揺し始めた部下達に注意を促した。
「持ち場を守れ、魔樹に押し負けるな」
ファシュの号令が合図になったのか、ファシュの傍でも魔樹との交戦が始まった。
防御線の中央で作業をしていた調査隊も無視することができなくなったのか、手を止めてこちらの様子を窺っていた。
今までにない猛烈な攻撃に兵達の戦線が押され気味になると、流石にこれ以上は持ちこたえられないと判断しマジック・アイテムを発動させた。
禁忌の地を結界が覆うと兵士と魔樹の間に見えない壁が出来上がったが、敵味方が入り乱れた場所では、結界内に入り込んでしまった魔樹が暴れていた。
そして部下の何名かは運の悪い事に結界の外にはじき出されていた。
ファシュは部下を集めて結界内に入っている魔樹の討伐に向かった。
結界内の魔樹は力が衰えるどころか増しているようで、幹から伸びた枝を鞭のようにしならせて切りかかった部下達をなぎ払っていた。
魔法兵が風魔法で枝を切り飛ばしている中、腰の剣を抜いたファシュも残りの蔦を両刃の剣で切り飛ばすと、直ぐに第2撃目を魔樹の幹に突き立てた。
その一撃で魔樹の動きが止まると、待ってましたとばかりに部下達が群がり剣を突き立てて行った。
「将軍、やりましたね」
「ああ、それより結界の外に取り残された者達はどうなった?」
だが、部下達の表情を見れば結果はおのずと分かるものだ。
「駄目でした」
「そうか」
魔樹に取り囲まれた状態では、調査隊の作業が終わるまで結界を解除する事は無理だったので、この結果は致し方なかった。
ファシュは被害状況を確かめるため、応急手当をしている部下達を周って声をかけていると、周囲が薄暗くなったように感じた。
おかしい、まだ日が傾く時間ではないはずだ。
その疑問を確かめるため上空を見上げると、半円形になったドームの外側に魔樹の蔦が次々と絡まっていた。
その状況に驚いたが、不安を感じた副官がやって来た。
「将軍、あれ、大丈夫でしょうか?」
魔樹の蔦は複雑に絡まり合い、結界を潰そうとしているように見えた。
「結界は大丈夫だと思うが、それよりも俺達はここから出られなくなったのではないか?」
結界の外側に魔樹達が蔦を巻きつけて来ると、やがて周囲から光が遮られ暗くなってきた。
それに伴い部下達の間に不安が広がって行った。
「魔法兵、光を灯せ」
ファシュの命令で魔法兵が周囲に光を灯すと、既に結界の外側は魔樹によって覆いつくされていた。
そして結界を締め上げているのか、時折「ギシ」とか「パキ」という音が聞こえてくる度に部下が不安そうな顔になった。
「将軍、この状態では結界を解除しても我々は脱出が難しいのでは?」
「ああ、そうだ。我々の帰還が遅れ、第2師団が救援を寄越してくれる事を期待するしかないだろうな」
ファシュがそう言うとバリアンテは蔦が包囲する周囲を見回した。
「救援が間に合ってくれるといいのですがね」
バリアンテの顔には悲壮感が漂い、救援を期待していないのがありありと分かった。
「なに第2師団のソレル将軍は気の利く男だ。そう悲観する事も無いと思うぞ」
「そうですね。それまでの間、兵の士気が持つといいのですが」
「やる事が無いから士気が下がるのだ。こういう時は兵を忙しくさせておくに限る。という事で、我々は当初の目的を遂行するぞ」
そう言ってファシュが調査隊の方を見たので、バリアンテも目的を思い出したようだ。
「そうでした。我々は調査隊の護衛でしたね」
「ああ、少なくとも今は任務を全うしよう」
ファシュとバリアンテは協力して部下の間を周り、全員に周囲を警戒する事と第2軍が助けに来るまで頑張るように指示していった。




