21 狼狽する王国
ユッカの王都は、町を包囲するように生い茂る森から町を守るため結界が張られている。
少し前まではそれで何の問題もなかったのだが、危険な巡回をしなくて済むように結界の強度を高めた途端、森の木々が次々と魔樹化して更に強力に結界を圧迫してきたのだ。
このため王都の警備を担う第1軍の巡回任務も、更に危険なものに変っていった。
第1軍のファシュ将軍は、完全武装した巡回部隊を編成すると、決死の思いで結界の外に出て行った。
ファシュ将軍の部隊が結界の外に出ると、早速猛烈な攻撃にさらされた。
なんとか部下を前に出して防衛線を構築することには成功したが、その反面この場所から動けなくなっていた。
「お前達、家族や恋人が大事なら気合を入れろ。ここで後退したら結界が持つかどうか分からないぞ。」
「「「はい」」」
部下達は森の中から飛び出してくる蔦を剣で切り、飛んでくる炸裂する実を盾で防いでいた。
ファシュは魔樹の圧力が高い場所に予備兵を入れて何とか防衛線を維持していると、突然足元から蔦が飛び出すと靴を突き破ってきた。
「ぐあっ」
「将軍大丈夫ですか。おい、神官を呼べ」
隣に控えていた副官のパリアンテが私の状況を見て慌てていた。
「だ、大丈夫だ。それよりも戦線を維持するのだ」
だが、一瞬隙が出来た防衛線に魔樹の攻撃が集中すると次第に押されていった。
「将軍、このままだと全滅します。結界の中に撤退しましょう」
「分かった。戦線を維持しつつ、結界の中に撤退だ」
そして激しい攻撃を何とか耐えながら町の入口に向けて撤退していくと、隙ができた側面から次々と蔦が伸びてきて不注意な兵士を捕らえ、森の中に引きずり込んでいった。
「くそっ、敵が回り込んでいるぞ。側面警戒を強化せよ」
周囲には兵士達の悲鳴や怒号が響き渡り、こちらの命令もかき消されぎみだ。
既に戦線は崩壊し、取り残された兵士や恐怖に駆られて持ち場を離れた兵士は簡単に魔樹に捕まり森の中に消えて行った。
ファシュも怪我をした足を引きずっている状況では結界の中に駆け込む事も出来ず、ここで覚悟を決めた。
そんな時、轟音が迫って来た。
すわ、新たな魔樹の攻撃かと身構えると、その轟音は回り込んできた魔樹を弾き飛ばしながら結界に当たり消滅したようだった。
耳をやられたファシュは一瞬なにが起こったのか分からなくなったが、次第に耳が聞こえてくるようになると、周囲が静まり返っている事に気が付いた。
何かが轟音と共に移動してきて結界に当たったのが分かり、ファシュは結界に被害が出たのかが不安になってきた。
「何だか分からないが敵の同士討ちでもあったようだ。それで結界は、結界はどうなった?」
ファシュの怒声に慌てた兵士達が結界の様子を見に行くと、直ぐに戻って来た。
「報告します。結界は無事のようです」
その報告にほっと一安心すると、直ぐにあの轟音が何だったのか気になった。
「バリアンテ、着いて来い」
「はっ」
轟音が来た場所を調べに行くと、そこにあったのは木々がなぎ倒され下草は地面毎焼かれたように真っ黒になっていて、その痕跡がはるか先まで続いていた。
「まるでドラゴンブレスが通った跡のようですね」
バリアンテがそう感想を口にしたが、ファシュ自身もそれには納得せざるを得ないような痕跡だった。
「バリアンテ、お前はブレスの閃光を見たか?」
「いえ、全く気が付きませんでした」
確証は持てないが、この被害状況から見て放たれたのはどう見てもドラゴンブレスで間違いなさそうだ。
魔樹だけでもやっかいなのに、これにドラゴンまで加わったらもはや街の防衛は無理と言わざるを得ない。
だがドラゴンブレスが放たれた後は、魔樹からの攻撃が止んでいて、不気味な静けさが周囲を包んでいた。
「運が良いのか、魔樹共の攻撃が止んでいるな。私は騎士団長に報告してくるが、お前は引きつづき周囲の警戒を頼む」
「はい、お任せください」
ファシュはその足でロイク・ボーカン騎士団長の執務室を訪ねた。
「おお、ファシュどうしたんだ?」
ボーカン団長は魔樹を撃退したという第一報だけ受けていたのか、その顔は楽観的に見えた。
その顔に最悪となる、森の悪意にドラゴンが加わった事を伝えなければならないのだ。
「団長、本日結界にドラゴンブレスらしき攻撃を受けました」
団長の顔は、みるみるうちに真っ青になっていった。
「そ、その証拠は当然あるんだろうな?」
「はい、ブレスを受けた痕跡が明確に残っています。森の悪意は日々強まっており、本日は危うく負けるところだったのを、ドラゴンブレスの攻撃がたまたま魔樹に命中したので勝てたようなものです」
「・・・事態は深刻だな。分かった。陛下に報告しておこう」
+++++
ボーカン団長が謁見の間に入ると、そこにはエタン・エルヴェシウス国王陛下とジロー・マズリエ宰相が待っていた。
「陛下、遂に森の悪意がドラゴンを生み出しました」
報告を聞いた国王は、驚愕のあまり席から立ち上がった。
「それは真か?」
「はい、ドラゴンブレスの痕跡がしっかりと残っているそうです」
ボーカンがそう言うと、すかさず宰相のジロー・マズリエが口を開いた。
「誰かドラゴンを目撃した者は居るのか?」
「い、いえ、第1軍のファシュ将軍が戦闘中で、物凄い轟音は聞いたようですがドラゴンは見ていないそうです。ですが、そのドラゴンブレスの焼け跡が遥か彼方まで続いていたそうなので、かなり遠方から放ったのでしょう。これ程明確な証拠があればドラゴンが居る事は、もはや疑う余地は無いと思います」
報告を聞いていた国王陛下の顔は、みるみるうちに青くなっていった。
「ボーカン、結界がドラゴンブレスに耐えられると思うか?」
「今回は遠距離からの攻撃だったので結界で防ぐことが出来ましたが、近距離から撃たれたら厳しいかもしれません」
それを聞いた宰相は目を見開いた。
「そ、そのドラゴンを討伐する事は出来ないのか?」
ボーカンは、森の悪意の中を分け入ってドラゴンを探す事がどれほど困難かを理解していた。
「王都から見える範囲まで来なければ厳しいでしょう」
「それではブレスを撃たれて、終わってしまうではないか」
そうなのだ。
ドラゴンが存在していれば、我々は詰んだ状態なのだ。
沈黙が落ちる中、国王陛下は椅子に崩れ落ち頭を抱えた。
「何故だ。森の悪意は、草地を焼き畑を広げ作物を育てようとしたら、その畑に作物を枯らす雑草が大繁殖して農業を壊滅させる。樹木を伐採して道を作ろうとしたら直ぐ樹木が大繁殖して密林になった。そして、町を守るため結界を発動させるとそれを破壊しようと魔樹を生み出し絶え間なく攻撃してきた。それでもこちらが結界の力を上げて対抗すると今度はドラゴンを生み出した。こんな根競べをしていては、こちらが先に疲弊してしまうではないか」
それはボーカンも思っていた事だったが、それを言っても仕方が無いのだ。
「陛下、結界を強化するにも限界がありますし、遷都をお考えになった方がよろしいかもしれません」
「それには莫大な資金が必要だな。セゴンザの町はどうか?」
セゴンザの街には大きな鉱山があり、そこで採れる黒燃石は疑神石を購入する資金源となっていた。
そしてセゴンザの町は、第2騎士団が駐屯する防衛拠点でもあった。
「王都の遷都となると、厳しいでしょう」
「なら、どうする?」
王の問いかけに宰相は顎に手を当てて暫く悩んでいたが、やがて何か思いついたのか目を見開き口を開いた。
「おお、そうでした。確かブノワ・ミドルがセゴンザの西に亜人共が忌避する場所に財宝が埋まっていると言っておりました」
「おお、それは面白いな。直ぐに調査隊を送るのだ」
「御意」
宰相はそう言うと、こちらを見た。
「ボーカン、騎士団で調査隊を護衛するのだ。これは最優先任務だぞ」
宰相にそう言われてしまえば、拒否するという選択肢は無かった。
自分に出来るのは、人をやりくりして護衛隊を編成する事だけだ。
第2師団はセゴンザの町の警備で手一杯なので、第1師団から引き抜くしかないか。
「はい、畏まりました」
+++++
ユッカの森で生活するエルフ族のブライヤールは、弓を手に魔樹のコアに狙いを定めていた。
この魔樹は、枝の先に沢山の実を付ける爆裂樹で、実を付けた房を食べに近づいてくる獲物を捕食するのだ。
だが、実自体は貴重な食料源なので、実が爆裂するまえにコアを潰して収穫するのだ。
ブライヤールが収穫した食料を持って里に帰って来ると、直ぐにおばばからの呼び出しがあった。
「おばば、ブライヤールです。何事でしょうか?」
「迷いの森に異変があったようじゃ」
「それは今まで以上に、厄介な事態が発生したという事でしょうか?」
日々魔樹が強力になり森での生活が厳しくなっているので、正直これ以上の問題発生は勘弁してほしかった。
「まだ分からぬ。そこで何が起こっているのか調べてきて欲しいのじゃ」
「分かりました」
「万が一の場合は里を捨てる事にもなるから、慎重にしかし確実に見極めて来るのだぞ」
「はい、お任せ下さい」




