19 探り合い
私はパッテン上級神官補佐の部屋の前で大きく深呼吸すると、扉に手をかけた。
一瞬手が止まったが、意を決して扉を開けて中に入った。
「失礼します。アリソン下級神官です」
そして素早く部屋の中を見回したが、そこには警戒していた捕縛隊の姿はなかった。
安心させといていきなり現れるという事もあるだろうと警戒心を維持したままじっと耳を澄ますと、奥の部屋からパッテンがお茶が入ったカップを片手に現れた。
そして私と目が合うと、にっこり微笑んだ。
「おお、アリソン下級神官、よく無事に戻って来たな」
私はその言い回しに少し引っかかりを感じた。
もしかして、私が戻って来たのが予想外だと思っているのだろうか?
「ええ、男達に捕まりましたが、隙を見て逃げ出してきました」
それを聞いたパッテンは目を見開いた。
「そうか。最初はカルテア行きの神官が下級神官だと聞いて不安に思っていたが、誘拐犯から自力で逃げ出せる実力があるのなら、センシブル様は適任者を選んだという事なのだろうな」
この男は私という人選に疑問を抱いていたのか。
それで私の能力を試すため、人攫いを雇ったという線も捨てきれないわね。
ひょっとして、私が誘拐犯から逃げられなかったら、そのまま切り捨てたって事?
いや、ちょっと考えすぎかしら?
でも捕縛隊が居ないのだから、最悪と思っていた私がリドル一族だとバレた訳ではないといのは確かなようだ。
むしろ良かったと思った方がよさそうね。
ほっと一安心してパッテン上級神官補佐の顔を改めて見てみると、最初見た時と比べ表情が穏やかになっている気がしてきた。
これなら早々に路銀を貰ってこの町から出ていけそう。
「パッテン様、誘拐犯の素性が分からないので、出発を急いだ方が良いかもしれません」
「うん、ああ、確かにそうだな。また誘拐なんて事になったら大変だからな。ああ、そうだ、忘れる所だった。アンスリウムでは見かけないので驚くと思うが、他の地方に行くと人間を襲う魔物という存在がいるのだ」
「魔物、ですか?」
私は聞きなれない言葉に思わず首を傾げていた。
「アンスリウムはアマハヴァーラ神様のお陰で魔物は出てこないからアリソン下級神官には馴染みが無いだろうが、他の地方では、おぞましい外見をした生き物が人間を襲って餌にするのだ。十分に気を付けるのだぞ」
「はい、気を付けます」
パッテンは私が理解したことに満足したようだ。
「路銀は急いで処理するから、明朝まで待ってくれ」
「分かりました。では、本日は疲れましたので休ませて頂きます」
「ああ、それが良いだろう」
パッテン上級神官補佐の部屋を辞して借りている部屋に戻って来ると、明日の為に今日は早めに休むことにした。
翌朝、朝食を済ませて再びパッテン上級神官補佐の部屋に行くと、テーブルの上に小袋と手紙が置いてあった。
手紙には、路銀を用意したから持っていくようにと書かれてあり、小袋の中身を確かめるとエインズワース金貨3枚が入っていた。
やった、これで旅の費用が賄えるわ。
そしてお世話になったマギル下級神官に挨拶を済ませた。
「マギルさん、色々お世話になりました」
「もう大神殿に戻られるのですね。帰り道もお気をつけて」
「ええ、ありがとうございます」
どうやら私がカルテアに行く事は、知らされていないようね。
まあ、失敗する確率が非常に高い巡行だから、別れ際が湿っぽいよりはましという判断なのだろう。
私は明るく手を振ってマギルと別れた。
そして周囲に誰も居なくなったのを確かめてから魔眼を開き、ガイア様を呼び出した。
「ガイア様、魔物って知っていますか?」
「魔物? なんだ、それは」
「おぞましい外見をしていて人間を襲って食べてしまうそうです。アンスリウムでは出ないのですが、他の地方では出るようですよ」
私がパッテン上級神官補佐に聞いた内容を説明すると、ガイア様には心当たりがあるようだった。
「他の地方? ああ、神獣の力が弱まると、環境を整える力にエラーが出るようになるのだ。そのエラーが出来損ないを作り出す事があるのだ」
「つまり、ガイア様は元気一杯だからアンスリウムには魔物は出ないが、他の地方はその地を担当する神獣様のお力が弱まっているので、その出来損ないが発生するのですか?」
「ああ、そういうことになるな」
私はユッカに入ったら直ぐに神官服に魔力を流して防御力を高めようと思うのだった。
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シリルはカーリー・ブレナンを伴って「雨降草」の報告会に参加していた。
報告会では他のメンバーの発表が続いているが、どれもこれもパッとしない内容だった。
「はぁ、お前達、全く新しい情報がないではないか。少しはアンスリウムがこれだけ豊かな理由について何か手掛かりを得た者はいないのか?」
すると、日頃からシリルに突っかかって来るエグバート・オーデンがこちらを見て口角を上げた。
「おい、シリル。お前が興味を持った少女の件はどうなったのだ?」
その言葉に議長も興味を持ったようだ。
「ああ、そうだったな。公子、何か進展はありましたか?」
皆の視線が一斉に自分に向いたところで、シリルは口を開いた。
「少女の名前は、アリソンというようです。まだ見習い期間だというのに既に下級神官になっていました」
「そんな事はどうでもいいだろう。それとも何か、お気に入りの子が優秀だったから自慢でもしたいのか?」
シリルは先ほどから口うるさいオーデンを無視して、報告の続きを行った。
「下級神官になったのは、カルテアへの巡行に行くためのようです」
「カルテアですと? 確か、殆ど失敗していたはずですよね?」
「成人したばかりの小娘が、そんな場所まで行ける訳ないだろう」
議長の疑問に答えようとしたところで、またオーデンが口を挟んできた。
「アマハヴァーラ教もそんな事は百も承知でしょう。それでも見習いを昇格させてまで行かせるという事は、それだけの理由があるのではないかと」
「議長、アマハヴァーラ教の連中は、何度失敗してもカルテアに行こうとしているのです。かの地には何か行かなければならない理由があるのでないでしょうか?」
シリルの報告に、目ざとい者が口添えをしてくれた。
「ふむ、それで公子は、この後はどのように対応なされるのですか?」
「私と此処に居るカーリー・ブレナンとで、後を追いたいと思っています。その許可を頂きたいのです」
するとまたオーデンが口を開いた。
「そんな失敗確定の巡行を追いかけても、得るものなんかあるものか」
流石にイラついたシリルは、アリソンの秘密を漏らす事にした。
「彼女の魔力量が上級神官以上なのは、カーリー・ブレナンに見てもらったので確かです。ひょっとすると巡行を成功させた大神官に匹敵するかもしれませんよ」
「ブレナン君、それは本当なのかね?」
「はい議長、公子の言った事は確かです」
カーリーの発言に場が騒然となったが、直ぐに議長がそれを収めた。
「分かった。公子の行動は許可いたします。それとカーリー・ブレナン、其方は公子の活動を補佐するように」
「「はっ」」
行動の許可をもらったシリルは、カーリー・ブレナンと一緒に大急ぎで国境の町ナッシュに急ぐのだった。




