18 功を競う者達
アンスリウムの大神殿で大神官に次ぐ権力を持つ特級神官達は、次期大神官にふさわしいのは自分だという自負を抱いている。
渉外担当のロドニー・センシブルは自分の実績作りのためアマハヴァーラ教の信者を増やそうと躍起になり、財政担当のコリン・アーチャーは神国の財政運営に腐心し、工業担当のテレンス・バウアーも日々生活に便利な道具を作ろうと研究に明け暮れていた。
そして齢70を超えたジェレマイア・スパージョン議長も、高齢であるにも関わらず次期大神官への野心があると見られていた。
そんな中、農業生産を担当するオーガスト・ニューウェルはアンスリウム地方というと肥沃な大地で作物を育てるという、楽な担当になった事を幸運に思っていた。
そして、もっと多くの麦が欲しいという商人ギルドや飼料用穀物が欲しいという酪農ギルド等からの要望を受け、農民に作付面積の変更という手心を加える事でたんまりと裏金を受け取っていた。
そんな彼でも大神官になるという野心は、当然持っていた。
そのため他国への食糧支援をと言ってくる渉外担当のロドニー・センシブルには、全くうま味が無い事からいつも腹を立てていた。
なので、ちょっとした意趣返しとして倉庫の隅に残っていた古い穀物とか、裏金に目がくらんで多めに作付けし余ってしまった不要な食料を渡してやっていた。
だが他国の環境が悪化しアンスリウムにやって来る難民が増えて来ると、その余裕も次第に失われてきた。
難民への食糧配布は大神官からの指示であるため、滞らすと大神官の覚えも悪くなるので手を抜く訳にはいかなかった。
そのため日々新しい土地を開拓しているが、流入してくる難民の数がそれを上回って来ると、他に何か良い方法を考えなければいけなくなっていた。
そこで考えたのが、農作物を効率良く育てるため必要な時に必要な水や陽光を十分に与えるための天候を操作する手法だった。
普段は農業研究をしている部門に、最優先で天候を都合よく操作するための装置の開発を指示したのだ。
所詮この世の支配者は我々人間なのだ。
環境は人間の都合に合わせて管理するのが正義なのだ。
そして開発部門が作り出した装置は、大きな建物1つ分もあるような大きなものだった。
「ほう、これで天候を操作できるのか」
オーガストが期待を込めた瞳でそう下問すると、研究主任が大きく頷いた。
「ええ、勿論です。これさえあれば、好きな時に好きな場所で雨を降らせる事が可能です。そして雲を追い払う事も当然できます」
「おお、それは素晴らしいな。早速動かしてくれ」
だが、研究主任は動かなかった。
「どうかしたのか?」
「実は、魔法石が間に合いませんでした」
「魔法石? そんなもの簡単に手に入るだろう?」
魔法石とは魔法使いが特別な石に魔力を込めた物で、最近では工業担当のテレンス・バウアーが人工的に造る研究をしていると言っていたぞ。
そんなつまらない事で実験が出来ない事にいら立ったオーガストは、研究主任を怒鳴りつけた。
「馬鹿者、そんな物は直ぐに用意せよ。これは神国の未来を変える重大な技術なのだぞ」
「は、はい、申し訳ありません」
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研究主任グローヴァーは、上司の剣幕に委縮していた。
そして上司の機嫌を取るのと自分の保身のためなら、予算をいくら使おうが、どんな副作用があるか分からない物を使っても問題ないと結論付けた。
大恥をかいた現場から戻って来たグローヴァーは、研究所の事務官を捕まえた。
「おい、前に魔法石を売り込みに来た商人がいただろう」
「え、あのグラーフ商会とか言っていたうさん臭い男ですか?」
「そうだ。言い値で買うと言って、呼びつけろ」
「えっ、あれだけ批判していたあの男を、ですか?」
グローヴァーは事務官にあのうさん臭い商人の事をさんざん罵倒していたが、そんな事よりも上司の受けが悪い方が大問題なのだ。
そのため八つ当たりでしかないが、事務官にいら立ちをぶつけていた。
「ああ、そうだ。いいから早く呼べ。職務怠慢だぞ」
「は、はい、分かりました」
そしてやって来た商人は、貴族のような服を纏い満面の笑みを浮かべていた。
「おや、これはグローヴァー研究員、あ、失礼、研究主任殿、今度はどのような御用で?」
全く白々しいな。
先の実験は公式に行われたものだから、その結果も知っているだろうに。
「環境制御装置の出力が足りないんだ。大容量の魔法石が欲しい」
「おや、前回はそんなぼったくり品なんて不要だとかおっしゃっていたような?」
グローヴァーはにやつく商人の顔にいら立ちを覚えていたが、ここで短慮に走ると自分の未来が危ない事も分かっていた。
「前回は申し訳なかった。今回は改めて貴殿から魔法石を購入しようと思っている」
「ほう、分かっておられるでしょうが、我々が提供する魔法石は疑神石という超高級品ですからね。1個につきエインズワース金貨5万枚です。よろしいですね?」
グローヴァーは神殿側が多額の支出で困ったとしても、それよりも自分の評価が下がる方が嫌だった。
「ああ、その値段で購入しよう。早急に10個頼む」
「ええ、よろしいですよ」
そう言った商人の顔は勝ち誇っていた。
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工業担当のテレンス・バウアーは、他の特級神官との大神官任命競争に一歩先んじるためにも大神官のお眼鏡にかなう発明が必要だと考えていた。
そこで派閥の有力者を集めて会議を開いた。
「それで私が次期大神官レースで一歩先んじるためには、どのような手柄を立てればよいと思うか?」
テレンス・バウアーの問に、1人の上級神官が答えた。
「バウアー様、それには流通革命が必要でしょう」
「ほう革命とな。それはどんな物凄い改革なのだ?」
「マジック・アイテムの製作で胆となる部品で、最も加工に手間暇がかかる物はなんだと思われますか?」
基本的にマジック・アイテムは魔法石から必要なエネルギーを取り出して発動するものなのだが、魔法石に魔力を込める作業が繊細かつ大変な作業で、魔法技師達の技量にも大きく影響されると聞くな。
「魔法石、だな」
バウアーがそう答えると、上級神官は目を輝かせた。
「流石はバウアー様です。その魔法石の加工が工業製品化出来れば、大量生産が可能となるでしょう」
「ほう、そんな装置が作れるのか?」
「ええ、なんでも疑神石という物があるらしいのですが、これを使えばそれも可能になるようです」
それを聞いたバウアーは、アンスリウムに便利なマジック・アイテムがあふれ、人々の生活がとても便利になる姿が脳裏に浮かんできた。
「それは素晴らしい」
バウアーがそう言うと、1人の上級神官補佐が口を挟んだ。
「しかし、疑神石の使用には良い事ばかりではなく、悪い事もあります」
バウアーは明るい未来を思い描いたところで、突然冷や水を浴びせかけて来る男を睨んだ。
「それはどういう意味だ?」
「環境に悪影響を与える事があると、聞いたことがあります」
バウアーが考え込んだ所で、先ほどの上級神官が口を開いた。
「問題無いでしょう。そもそもアンスリウムは環境に恵まれているのですから、多少悪影響があったとしても吸収してしまうでしょう」
「しかし」
バウアーは、先ほどの上級神官補佐が反論しようとしたところで手を上げて制した。
「それに、噂によると農業生産担当ニューウェル特級神官は、同じ物を使って食料増産のための環境制御装置を作るらしいですよ。連中はやって、我々はやらないとなれば、次期大神官競争で後れを取るのは必定でしょう」
「なんと、それは拙いな。直ぐに動くのだ。そしてニューウェルを出し抜いてやろう」
「「「はい」」」
バウアーは悔しがるニューウェルの顔を思って、にやりと笑みを浮かべた。




