17 衝撃と危機
私が違和感の正体を確かめるため男達が居た部屋の中をじっと観察していると、そこには酒盛りをしていたテーブルの上につまみやら酒瓶があった。
そして木製ジョッキも・・・
あれっ、連中は3人だったのにテーブルの上にある木製ジョッキは4つだった。
「ガイア様、1人取り逃がしました」
そう言って慌てて外に出ると、ガイア様が鼻先で突いてきた。
「ほれ、あそこにおるぞ」
ガイア様が指示した先には、随分小さくなった影が動いていた。
「ガイア様、捕まえられますか?」
「問題ない。乗れ」
ガイア様の声を聞いて、私はゴーレム馬にまたがった。
するとガイア様は、まるで駿馬の如く駆け出した。
私達が凄い勢いで追いかけると逃げていた影が慌てて方向を変え、ナッシュの街に向かい出した。
人の足に比べたら4足歩行するゴーレム馬の方が早いので相手との距離が縮まっていくと、暗い影だったものが男の後ろ姿に変わった。
そして振り向いた男の表情まで見えるようになった頃、男はナッシュの街外れにたむろしている避難民の中に紛れ込んだ。
私は安全を図るためゴーレム馬から降りずに、たむろしている避難民達の中からあの男の顔を探し始めた。
ガイア様も無遠慮に近づいてくる連中には咆哮を上げて威嚇してくれたので、近づいてくる者はいなかった。
そんな中、こちらに顔を向けない怪しげな男を見つけた。
「ガイア様、あの茶色の上着に見覚えはありませんか?」
私が周囲に聞かれないように小声で訊くと、ガイア様も小声で返してきた。
「ああ、あいつで間違いないな」
そして男に近づくと、気配を感じたのか男がこちらに振り返った。
「見つけたわよ」
私がそう言うと、目を見開いた男は何処に隠していたのか剣を手に襲い掛かって来た。
「あっ」
思わず私が声をあげると同時に、男は後ろに吹き飛び動かなくなっていた。
何が起きたのか一瞬分からなかったが、こちらを振り返るガイア様の前足が突き出しているので、何かしたのは明らかだった。
「ガイア様、何をなされたのですか?」
「なに、ちょっと押しただけだ」
ちょっと押しただけで男が吹き飛び、動かなくなるものなの?
ああ、これで私を攫った連中の手掛かりを失ってしまったわね。
私はガイア様の背中から降りて男に近寄ったが、明らかに手遅れなのが見て取れた。
立ち去ろうとしたところで、腕を握られた。
「リンジーかい?」
驚いて顔を上げると、そこには白髪の老婆がじっと私の顔を見ていた。
「ああ、懐かしいその顔はリンジーで間違いないわ」
お祖母ちゃんから私は母親似だと言われていたけど、私の顔を見てお母さんの名前を呼ぶこの老婆は何者なの?
「貴女はどなたですか?」
「忘れたのかい? 私はオロールよ」
そんな事言われても私はお母さんじゃないのよ。
「すみませんが」
私がそこまで行ったところで、老婆は慌てたように話し始めた。
「どうしたの? その赤い瞳は一度見たら絶対に忘れないわよ」
油断したわ。
日々の暮らしで精一杯の難民達が、私の赤い瞳に注目を払える者がいるとは全く思っていなかったのだ。
思わず顔を伏せて赤い瞳を隠したが、老婆の声でこちらを見た人達にも見られてしまったような気がする。
どうしよう、私がリドル一族だと噂が広がりそれがアマハヴァーラ教の人達の耳に入ったら、あのカラス共が私を探してやって来るかもしれないのだ。
これからどうしたらいいだろうと考えていると、まだ老婆の話は終わっていなかった。
「あの時、一緒にお茶を飲んで楽しいおしゃべりをしたでしょう? 大神官様と一緒にカルテアまで行ったのよね? せっかくだから旅行中のお話を聞かせてよ」
え、どういう事?
お母さんが、大神官と一緒にカルテアに行ったの?
そんな話、お祖母ちゃんからは何も聞いていないわよ。
「あの、大神官っていうとベネディクト・アッシュベリー様の事ですか?」
「他にいないでしょう?」
老婆は一体何を言っているのと言った顔をしているが、これは私にとってとっても重要な情報だった。
どうして、どうしてお母さんは、リドル一族の敵である大神官のカルテア巡行に同行したの?
あの巡行の後、大神官ベネディクト・アッシュベリーはリドル一族を抹殺する指令を出したのよ。
まさか、お母さんが神獣様とリドル一族を裏切ったとでもいうの?
いや、そんなはずないわ。
そう、きっと、お母さんがあまりにも有能だったから、大神官がその有能さに恐れを抱いたに違いないわ。
きっと、脅されたか、何か弱みを握られて仕方なく従ったのよ。
でも、それが違っていたら?
駄目だ。頭が混乱して何も良い考えが浮かんでこないわ。
私はこれ以上此処に居たらどれだけ拙い情報がばらされるか不安になり、この場から逃げ出した。
「大丈夫か?」
私を追いかけてきたガイア様が、気遣うように話しかけてきた。
「ええ、すみません。ご心配をおかけしました」
「それでこの後どうするのだ?」
私はどうしたいのか、じっと自問を繰り返した。
その結論は、リドル一族が抹殺された事情やそれにお母さんが関わったのかが、どうしても気になって仕方が無かった。
既に亡くなっている人に理由を問えるわけもなく、残された方法はカルテアまでお母さんの足跡を辿り、情報を集めて行くしかないだろう。
「ガイア様、神殿の傍まで送って頂けますか」
「あい、分かった」
ぽくぽくとのどかな足音を響かるガイア様の背中で、私は誰かが追いかけてこないかと周囲を警戒していた。
「アリソンよ、私が警戒しているからそんなに気を張り詰める必要はないぞ」
「ありがとうございます。ですが、全部ガイア様に押し付ける訳にもいきませんので」
「まあ、アリソンがそう言うのなら好きにすればよい」
私は体が疲れていたが、あまりにも多くの疑問で頭がパンク状態だったので、全く眠気を感じていなかった。
「ガイア様、止まって頂けますか」
「うむ」
此処から先は街中になるので、私はガイア様の背中から降りて神眼を閉じた。
神殿の正門までやってくると、そこには周囲の様子を窺っている見習いの子がいた。
そして私と目が合うと、驚いた顔になって神殿に向けて声を張り上げていた。
「アリソン下級神官様がお戻りになりましたぁ」
すると神殿から複数の足音と共にマギル下級神官が飛び出してきて、私に向かって駆け寄ってきた。
「アリソンさん、ご無事でなによりです」
「ありがとう。そしてご迷惑をおかけしました。マギルさんや見習いさん達は無事だったようですね」
「ええ、私達は幸運にも攫われませんでしたので」
ふう、少なくとも大変な思いをしたのが私だけだったのは、本当に不幸中の幸いだったのかもしれないわね。
その日はマギルさんに付き添われてベッドに入ると、眠れないかもという不安も無くあっという間に眠りについた。
翌朝、窓から差す光と神殿内の人々が活動する音で目覚めると、ベッドの上で大きく伸びをした。
「うぅ~ん、良く寝たわ」
そしてベッドから起き上がったところで、ドアの隙間から差し込まれたような手紙があるのに気が付いた。
手紙を開けると、それはパッテン上級神官補佐からの呼び出しだった。
指定時間にはまだ早かったので、神官服に着替えると食堂に向かった。
朝早い時間だったので、食事をしているのは見習いが多かった。
昨日の騒動は見習い達にも伝わっているようで、食事をしながらチラチラとこちらを見てきた。
他の神官達に私がリドル一族だとバレたのではないかと背中に冷たい汗がながれたが、ここでボロを出すわけにはいかないので必死に平静さを保っていた。
食事を終えると、最後の関門となるパッテン上級神官補佐の部屋を訪れた。
この部屋の向こうに捕縛隊が居るかもしれないと思うと、扉を開ける手が震えていた。
さて、鬼がでるか蛇がでるか・・・




