16 誘拐
ふっと意識が戻った私は慌てて起き上がろうとしたが、手首と足首が拘束されていて動けなかった。
一体なぜ自分が捕まったのか全く理由が分からなかったが、今は状況把握が先だと周囲を見回した。
目に入る情報からここはログハウスのような場所で、自分はその床に転がされていた。
そしてあの場に居たマギルさんや2人の見習いの姿が見えなかったので、捕まったのは自分1人という事が分かった。
そこで最も考えられるのは、アマハヴァーラ教内で自分があずかり知らぬうちに敵が出来ていたということ。
もしかしたら箱に入れられた大神官を見てしまった私を亡き者にしようとしているか、またはセンシブル派が手柄を立てるのが気に喰わない人達が居ると言う事だろう。
どちらにしてもろくでもない結果が待っていそうなので、速やかにここを脱出する必要があった。
なんとか手首の戒めを解けないかと動いていると、その物音を聞きつけた男が部屋に入って来た。
「ふん、気が付いたか」
こちらを見下す男は、髭もじゃで身だしなみもだらしなく、そして臭かった。
大神官が国王を兼ねるこの国において神官は神聖な存在とされているので、普通神官に対してこのような狼藉を働く者はいない。
「私はアマハヴァーラ教の神官ですよ。こんなことをしてただで済むと思っているのですか?」
私自身一族の敵であるアマハヴァーラ教の威光を使うのは嫌なのだが、相手の素性が分からないので少しでも情報を得るにはこれは仕方がない事だった。
「ふん、そんな事は俺には関係ない」
「今頃は神殿の方で私を捜索しているはず。貴方も捕まったら重い罰を受けるのですよ」
私がそういうと流石にいら立ったようだ。
「黙れ、後はあの野郎にお前を引き渡せば金が手に入るんだ。痛い目に遭いたくなければ大人しくしているんだな」
金でアマハヴァーラ教の神官を攫う連中がいるとは驚きね。
私がカルテアまで巡行する事が気に喰わない反対派なら攫うよりも亡き者にするはずだから、身代金目当てというのが最も考えられるところかしら?
でも、パッテン上級神官補佐が素直に支払うかは分からないから、ここはやっぱり自力で何とかするしかないわね。
「ねえ、貴方が金目的なら、私のブレスレットは高く売れるわよ。それで解放してくれないかしら?」
「黙っていろ」
男はそう言ったが高く売れるという言葉が気になるようで、私の後ろに回りガイア様からもらった高そうな黄石が付いているブレスレットに触れてきた。
「ほう、これか」
男はそう言うとブレスレットを掴み、手首の方にずらしてきた。
私は手首までブレスレットをずらされた所で後ろに倒れて男にぶつかると、神眼を開眼させてから指で神黄石に触れた。
「こいつ騙したな」
油断して後ろに倒れた男が慌てて起き上がると、私を踏みつけようと片足を上げた。
その怒気で歪んだ顔は、足を振り下ろす時ににやりと笑みを浮かべていた。
「ガイア様、助けて」
思わずそう叫び踏みつけられる衝撃に備えていると、何かが激しくぶつかる衝撃音と男の短い悲鳴が聞こえてきた。
それはゴーレム馬が後ろ足で男を蹴り飛ばした音で、男は壁にぶつかって動かなくなっていた。
「アリソンよ、無事か?」
ガイア様がそう言った時、扉が開き2人の男が入って来た。
「うわっ、なんでこんな所に馬がいるんだ」
「おい、アルバンがやられているぞ」
事態が悪化した事を理解した男達は直ぐに武器を構えたが、ガイア様があっという間に2人を蹴り飛ばしていた。
そして私を攫った男達が誰も動かなくなったところで、心配そうな顔をしたガイア様が私の顔を覗き込んできた。
「ガイア様申し訳ございませんが、手足の戒めを解いていただけませんか」
「ああ、分かった」
ガイア様が手足のロープを噛むと、戒めは簡単に切れた。
自由になった私は男達から情報を手に入れようと思ったのだが、胸に蹄の跡が付いた男達は全員絶命しているように見えた。
「アリソンが危なかったからな。本気で蹴飛ばしてやったぞ」
得意顔のガイア様を見ながら、普通の馬でも蹴られた衝撃は当たり所が悪ければ寝込む程大きいのだ。
それに今回はガイア様が私の危機に本気で蹴り飛ばしたと言っているので、その衝撃は計り知れないものになっているわよね。
私が情報を引き出せなくてガッカリしていると、ガイア様が不安そうに声をかけてきた。
「どうした? 何か問題でもあったか?」
ガイア様から見たら私達人間なんか、自分の箱庭で勝手に飛び回っている羽虫程度の認識なので、ちょっとプチッとしたという感覚なのだろう。
一応私も神官の端くれなので、ここは冥府に旅だった人達の霊を慰めておきましょう。
動かなくなった男達への祈りを終えてから、ガイア様に向き直った。
「いえ、何でもありません。それよりもここから移動したいのですが」
「おお、それなら私の背中に乗るとよい」
「えっ、ガイア様の背中に乗るのなんて恐れ多い事です」
「これは私の分身だ。気にする必要はない」
ガイア様が私をせっつくように顔をぐいぐいと押し付けて来るので、ここは素直にその提案に乗った方がよさそうだと判断した。
「分かりました。では、よろしくお願いします」
そして監禁されていた部屋から男達が居た部屋に移動すると、そこで何か違和感を覚えた。
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シリルはカーリーを伴って娘を攫った場所に向かっていた。
神殿の下働きをしている男に金を渡しあの娘の行動を探ってもらうと、今日孤児院への慈善活動をするという情報を得たのだ。
丁度良いと思い郊外にたむろしている難民に孤児院に行けば無料の炊き出しにありつけると触れ回り、そして金の為なら何でもする連中に修道院で混乱が生じた隙に娘を攫わせたのだ。
計画通りなら、今頃は連中が攫った娘があの場所に監禁されている筈だった。
そして娘からアンスリウムの重大な秘密を聞き出すため、こうして2人で現場に向かっているのだ。
「ねえシリル、これからする事が拷問なら、私は不要じゃないの?」
雨降草では、余計な情報を外部に漏らさないため任務遂行中はお互い敬称は付けない決まりになっていた。
「ここまできたんだから、最後まで付き合ってくれたっていいだろう。それに拷問をするまでも無く、身の危険を感じてペラペラとしゃべってくれるかもしれないだろう。一緒に我々がずっと追い求めていた真実を知ろうじゃないか」
シリルが意気揚々とそう言ってみたが、カーリーは乗り気ではないようだった。
「小娘の戯言かもしれないわよ」
「それだって、何らしかの手掛かりにはなるさ」
今まで全く手掛かりが無かったのだ、それが少しでも前進するのならそれは成功というものさ。
そして小屋の傍まで来たところで、小屋の方角から衝撃音が響き渡ると、そこから馬が飛び出してきた。
シリルの眼には、その背中にあの娘が乗っているのが見えていた。
「あっ、逃げられる。おい、追いかけるぞ」
シリルが声をかけるとカーリーは、あんぐりと口を開いたまま固まっていた。
「おい、どうしたんだ?」
シリルがカーリーの腕を掴んで揺すると、ようやく我に返ったカーリーが首を横に振った。
「シリル、あの娘を脅すのは止めた方がいいわ」
「急にどうしたんだ?」
「あの娘の魔力が爆発的に跳ね上がったのよ」
えっ、そんな事がありえるのか?
いや、待て、それが本当なら、あの娘は自分の魔力量を偽る事が出来るという事だぞ。
「それでどれ程だったんだ?」
「上級神官のレベルを超えていたわね」
「すると、あの娘はカルテアに行けるだけの能力があるって事か?」
「ええ、その実力はあると思うわよ」
自分の魔力を隠せる娘、ひょっとして神殿側の隠し玉だったのか?
いや、マジック・アイテムで一時的に底上げしたという可能性はないか?
だが、自分を付け狙う敵がいる事を認識されたはずだから、もう攫うという選択肢は難しいだろう。
幸いにもあの娘にはこちらの正体がバレていないのだから、これからは計画を変更して、後を追いかけ情報収集をする方が良さそうだ。




