15 国境の町
「神殿側の秘匿事項を部外者に漏らす事はできません」
私の言葉に男が固まり、女は顔を背けて肩が震えていた。
だが、男は直ぐに立ち直ると、またなれなれしく話しかけてきた。
「神官様、いや、今は公務中じゃないからアリソンちゃんでいいかな」
「いえ、神官と呼んで下さい」
「これは失礼、アンスリウムはとても恵まれているよね。どうして他の地方は人が住むには過酷なんだと思う?」
他の地方の神獣様は力を失っているらしいけど、それはどうしてなんだろう?
「さあ、分かりません」
「以前、他の神官様に尋ねたら、アマハヴァーラ神への信仰が薄いからだと言われたんだけど、君は違うんだね」
男の顔を見ると、そこには猜疑の色があった。
「神官様は他の地方が良くなるには、どうしたらいいと思う?」
ああ、そうか。この男はリドル一族の里を焼いたカラスの一味だ。
きっと私の事をリドル一族と疑っているのだろう。
そうなると、益々正体を知られる訳にはいかないわね。
「神を信じていれば、いずれ神の奇跡が現れるでしょう」
教科書通りの回答で落胆した顔になったのは、やっぱり私の事をリドル一族と疑っていたという事よね。
ボロを出さないように注意しないと。
「お客さん方、ナッシュの町に到着したよ」
私はこれからの事を考えて馬車の中くらいはのんびり体力を温存しようと考えていたのに、あの男のせいで全く休めなかったばかりか、ボロを出さないように集中していたので逆に疲労が溜まっていた。
「神官様、これから食事でもどうです?」
全く、この男のせいでこちらは疲労困憊だというのに、このさわやかな顔を見ていると思わず顔面にパンチをお見舞したくなりますね。
「いえ、私は直ぐに神殿に行かなければなりません。どうぞお2人で食事をなさってくださいませ」
「え、そうなの」
私は名残惜しそうな顔をしている2人を置いて、神殿がある方角に歩き出した。
ナッシュの町にある神殿は、アンスリウムの大神殿と比べるとかなり控えめな建物に見えた。
門をくぐると、敷地内を掃除している下級神官見習いが顔を上げた。
そして、私が下級神官の神官服を着ているのを見て飛んできた。
「神官様、何か御用でしょうか?」
「はい、私は大神殿からやってきました。こちらの責任者の方に会わせてもらえますか?」
案内された部屋で待っていると、年配の上級神官補佐の神官服を着た男がやってきた。
「パッテンだ。私もセンシブル派だ」
センシブルというと、ロドニー・センシブル特級神官の事で間違いなさそうね。
「私はアリソンです。メラニー・シーモアさんに命じられて来ました。こちらで旅に必要な路銀を頂けると言われております」
「ああ、聞いている。旅の情報と交換で情報料として払う事になっている」
ああ、そういう扱いなのね。
「だが、ここはまだアンスリウムだ。必要な情報は無いので、君には神殿の用事を1つ頼みたい」
「はい、分かりました」
パッテンから命じられた用事は、孤児院への慈善活動だった。
神殿としても会計処理をするにはそれなりの理由が必要ということで、慈善活動への参加費という名目で支出するんだとか。
パッテン上級神官補佐に紹介されたのは、慈善活動の責任者マギル下級神官だった。
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シリルは離れて行くアリソンを見つめていると、隣に立つカーリーが話しかけてきた。
「秘密を聞き出せなかったわね」
「ああ、ガードが堅かったな。だが、この先はもう迷いの森だ。あの娘が死ぬ前に捕まえて拷問してでも聞き出すしかないな」
「でも、街中で攫うのは難しいですよ」
「ああ、それならちゃんと策がある」
アンスリウムとユッカの国境には入ったが最後道に迷い遭難するという、うっそうとした森が待ち構えているのだ。
あんな森に入ったら、ほぼ間違いなく命を落とすだろう。
どうせ落とす命なら、拷問で死んだとしても同じ事だろう。
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翌朝、指定された部屋に向かうと、そこには既にマギル下級神官それとお手伝いの見習い2名が待っていた。
「アリソンさん、そろそろ神殿と契約している商人が平パンとポテトサラダを持ってきます。私達はその馬車と一緒に孤児院に行って、平パンの上にサラダを盛って配ります」
ああ成程、それなら皿を用意する必要も無いということね。
マギル下級神官の話では慈善活動の一環として、町にある孤児院に食事を提供しているんだとか。
商人がやってくるまで手持無沙汰だった私は、見習い達と一緒に神殿内の掃除を手伝っていた。
見習い達は下級神官服を着た私が手伝っている事に戸惑っていたが、それでも階級が上の者に物を言えないようで一緒に掃除をしていた。
私を呼びに来たマギルさんも目を丸くしていた。
「アリソン下級神官、それは見習いの仕事です」
「ええ、分かっておりますが、暇だったので」
「そうですか。商人が来ましたのでこちらに来てください」
マギルの後をついて神殿の外に出ると、そこには契約商人と食事を載せた馬車が待っていた。
「マギル神官様、お待たせしました」
「いえ、問題ありませんよ」
そう言ってマギルさんが手に持った書類を差し出すと、商人はペコリと頭をさげて受け取っていた。
「毎度あり。何時もの通り御者と馬車を置いていきますんで、またよろしくお願いします」
そう言って馬車を置いて商人が帰って行くと、私達は馬車と一緒に町はずれにあるという孤児院に向かった。
神殿を出た私達の姿は町の人達にもいつもの光景なのか、行き交う人達は笑顔で挨拶してくれた。
「神官様、いつもご苦労さまです」
「ええ、ありがとう」
孤児院がある郊外までやって来ると行き交う人々の姿も変わり、皆ボロをまとい覇気のない表情をしていたので、自然と私達の顔からも笑顔が消えていた。
そして目的地の孤児院も敷地は荒れ建物も大分くたびれて、集まって来た子供達もボロボロの服を纏い顔色も悪かった。
驚いた私がマギルさんを見ると、何事も無かったかのように配給の準備を始めていた。
どうやらこれが普通らしいわね。
配布する準備が整うと、早速子供達に食事を配って行った。
「はい、どうぞ」
私がサラダを載せた固パンを渡すと、子供達は皆笑顔で受け取ってくれた。
「おねえちゃん、ありがとう」
そして列に並ぶ子供達に食事を配っていると、入口あたりで騒ぎが起こったようだ。
それにはマギルさんも予想外だったようで、驚いた顔で手も止まっていた。
「マギルさん、何かあったのでしょうか?」
「さあ、分からないわ」
私達が様子を窺っていると、孤児院の入口から大勢の人達が雪崩れ込んできた。
人々の身なりは酷く、眼は血走っていた。
その姿を見たマギルさんが後ずさった。
「な、難民よ」
ここら辺で難民といえば、きっとユッカ地方から逃れてきた人々の事だろうか。
マギルさんの姿を見ればこの事態が予想外だと言うのは直ぐに分かったが、彼らはまっすぐこちらを目指していた。
恐怖を感じた私は、この事態に驚いて呆然としている子供達に声をかけた。
「みんな、急いで建物の中に逃げて」
その声にマギルさんも反応して、2人に見習い達と共に子供達を建物の中に避難させていった。
暴徒と化した人々は、子供達に用意したパンやサラダに殺到し私達は跳ね飛ばされた。
もみくちゃにされながらも、何とか暴徒達から逃れようと藻掻いていると手が伸びてきた。
手首や体を掴まれ、口を塞がれると甘い香りが広がった。
すると私の意識は途切れていた。




