10 選択肢
シーモアは、コーディ・ソザートン上級神官補佐に呼び出されていた。
シーモアも組織内の派閥の事は知っていた。
そして今自分の目の前にいる上級神官補佐が、ロドニー・センシブル特級神官の補佐官をしている事も。
「良く来たな。まあ、座ってくれ」
「はい、ありがとうございます」
シーモアが指示された椅子に座ると、早速上級神官補佐が口を開いた。
「君は、アマハヴァーラ教の信者を増やす事をどう思う?」
信者が増えれば神国の力が増すという事であり、これは歓迎される事だ。
「はい、神の教えを広める事が出来るので大変喜ばしい事だと思います」
シーモアが当然の答えを言うと、上級神官補佐は満足そうに微笑みを浮かべていた。
「ふむ、実は、センシブル特級神官様が神の教えを欲しているカルテアの地に、布教活動をしたいと考えておられるようだ」
カルテア・・・あの地には今まで何人も派遣されたが、1人を除いて皆失敗していた。
その唯一の成功例である大神官様も、カルテアまでの道中の過酷さについて沈黙を貫いていると聞く。
大神殿に務める神官でカルテア行が地獄なのを知らない者はいない。
そして大神殿における命令が上意下達となって、上の意向がそのまま降りて来る事を思い出した。
つまりセンシブル特級神官が補佐官をしている目の前の男に丸投げし、それが私に降りかかって来たという事だろう。
まさか、この私をカルテアに送ろうとしているの?
しまった。私は先ほど大賛成などと口走ってしまったわ。
「えっと、その・・・」
シーモアが慌てて言い訳をしようとすると、上級神官補佐は手のひらを見せてそれを制してきた。
「其方が行きたくないのなら、他の者を推薦すればよい」
選択肢がある事にほっとすると、次にもっと意外な事を言ってきた。
「センシブル様は、カルテア行きに手を上げた者をその時点で昇進させるそうだ。そして道中の支援のため、各神殿で路銀の支援をしてくださるというありがたいお話だ」
「えっ? あ、失礼しました」
そして上級神官補佐から渡された書面には確かに神官をカルテアに送る事と、手を上げた者をその時点で1階級昇進させる事、道中の支援のため各教会で路銀を提供すると書かれてあった。
「自分が行きたくなかったら、他の希望者を見つければよい。必要な手続きは私の方で手配しておく。良いな」
シーモアは、大神殿に勤務している下級神官が誰も手を上げないだろうと分かっていた。
それに1階級昇進って、まるで殉職者に対する待遇じゃないの。
「あの、神官を送るというのと1階級上げる以外条件はありますか?」
「うん、そこに書いてあるとおりだ」
シーモアがそう尋ねると、上級神官補佐は不思議そうな顔をしていた。
自分が貧乏くじを引かないためにもなんとか他の犠牲者を探さなければならないが、他の下級神官でカルテア行きの実態を知らない者はいない。
この窮地を抜け出す何か良い方法はないか必死になって考えていると、1つの天啓が降りてきた。
「あの、念のためお伺いしますが、カルテアに行く者が神官なら誰でも良いのですよね?」
「当たり前じゃないか」
「昇進して神官になったとしても、それは条件に合うという事ですよね?」
「しつこいな。行く者が神官なら命令どおりじゃないか」
「はい、分かりました」
シーモアがそう返事をすると、上級神官補佐はうんうんと上機嫌で頷いた。
「希望者が居れば、センシブル様もお喜びになるだろうな。それでは頼んだぞ。ああ、それから、選んだ者には必ず道中、神殿に立ち寄って路銀を受け取るように言うのだ。神殿も応援していると思えば元気づくだろう」
そして上級神官補佐は満足そうな笑みを浮かべて部屋を出て行った。
シーモアは上級神官補佐のその言葉を聞いて、応援ではなく監視だろうと思っていた。
部屋に戻って来たシーモアは、直ぐに周囲が騒然としている事に気が付いた。
全くここには秩序というものはないの。
シーモアは通路を走っていた見習いを呼び止めた。
「ちょっと、私は廊下を走るなって教えたでしょう。何故そんな事も出来ないの」
「あ、シーモアさん、こ、これは違うのです」
シーモアは上級神官補佐との会談で腹の居所が悪かったので、つい声を荒げてしまった。
「何が違うのです」
「今度はアリソンが行方不明になってしまって」
またあの問題児か。
あの問題児が悪目立ちする度に、私の評価が下がって行くような気がして戦慄を覚えた。
だが、その問題も直ぐに解消するのだ。
シーモアは、問題児を放逐した後の自分の将来が明るい事に、とても晴れやかな気分になっていた。
ふふふ、私って天才。
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そして私は再び下級神官見習いの指導役であるシーモアさんに表向きは多目的室と呼ばれる罰部屋に再び呼び出されていた。
「アリソン、下級神官見習いとして採用してから貴女の勤務態度がどれだけ酷いか分かっているの?」
私はそう質問されて、背中に冷たい汗が流れ落ちた。
流石に今回は朝から掃除をすっぽかしたから、シーモアさんの怒りは最高潮に達していた。
「消灯後の出歩き、朝のお勤めのサボリ、サボリと言えば日常的にサボっているわよね」
それは神獣様のお世話をするためで仕方が無いのです、とは口が裂けても言えなかった。
「すみません」
アリソンは素直に謝ったが、シーモアさんは厳しい顔を崩そうとはしなかった。
「もう限界よ。アリソン、下級神官見習いが罪を犯した時の罰が何か知っているわね?」
座学で教わった内容は、巡礼、断食、慈善活動のいずれかであり、それを回避したい場合は多額の寄付をすることで免除されるというものだった。
だが、それはあくまでも神官の話であって、下級神官見習いには適用されなかったはず。
「えっと、分かりません」
シーモアさんの顔は、途端に厳しいものに変わった。
「解雇よ」
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
アリソンがアマハヴァーラ教の下級神官見習いになったのは、神獣様の神力だまりがこの大神殿の中にあるためだ。
お祖母ちゃんは、前の大神官様から特別に大神殿への出入りを許可されていたので、神力だまりのある倉庫に入る事が出来たが、アリソンはそうではないので、神獣様のお世話をするには下級神官見習いという身分がどうしても必要だった。
拙い、このままではガイア様のお世話ができなくなってしまう。
「あの、それ以外の罰は無いのでしょうか?」
駄目元でそう聞いてみると、何故かシーモアさんの顔に笑みが広がっていた。
おかしい、シーモアさんが私にあんな嬉しそうな顔をするなんて、何か企んでいるとしか考えられなかった。
「そう、本当は下級神官見習いに解雇以外の選択肢を与えてはいけないのだけれど、私は心が広い。だから貴女に特別な罰を与えてあげましょう」
アリソンがじっとシーモアさんの次の言葉を待っていると、意外な事を言われた。
「ではカルテアへの巡行としましょう」
私は首をひねった。
下級神官見習いはまだ神官ではないので、巡行の対象ではないし、受け入れ側も困ってしまうだろう。
そんな初歩的な事も分からないシーモアさんではないはずだ。
「えっと、私は只の見習いですが?」
アリソンはそう言うと、シーモアさんは何故か蜘蛛の巣に捕らえられた獲物を見るような目で私をみているような気がした。
「ふふふふ、大丈夫よ。カルテアに巡行に行くのなら、特別に貴女を下級神官にしてあげるわ。どう、素晴らしいでしょう?」
私がそう言うと、途端にシーモアさんの顔に満面の笑みが広がっていった。
シーモアさんにそんな権限があるのかどうか分からないが、選択肢がその2つしかないのなら、巡行しか選べない。
だけど、カルテアって1日で帰って来れる場所ではないわよね?
「あの、3つ目の選択肢は無いのでしょうか?」
アリソンが思わずそう言うと、途端にシーモアさんの目が吊り上がった。
「いい加減にしなさい。本来なら問答無用で解雇するところを、カルテアまで布教に行く事で不問にしてあげようと言っているのよ。口答えをするというのなら即刻解雇してやるわ」
ひえぇぇぇ~。
こ、これはもうカルテアとかいう場所に行って、一刻も早く帰ってくるしか方法がなさそうね。
「あ、あの、お祖母ちゃんに一言相談してもいいでしょうか?」
「ま、まあ、生活の事もあるし、それは大事な事ね。いいわ。1日休暇を上げるから話をしてきなさい」
「ありがとうございます」




