4ずっと一緒
勇者パーティに加入してから、数ヶ月が経過した。
いよいよ魔王との決戦。の前に。
魔王城に入るためには、結界を破る必要があった。そのためには、四天王とやらを倒さなくちゃならない。
オレ達勇者パーティは、各地に潜んでいる四天王を倒して、その最後の1人、キングコブラを討伐していた。
「これで、魔王城への道が開けた、かな? いやー長かったねー。でも、とうとう魔王との対面ってわけだ。あたし、正直全然実感わかないや」
「いや、正直なんでここまで着いて来れたのか……。実は僕も英雄様だったり?」
「馬鹿なこと言うなモリア。お前は英雄様なんかじゃねーよ。まあ……英雄でもなんでもねーのに、ここまで着いて来れた時点で、お前がすごい奴ってことは確かだけどな」
「ライラさんがデレました!」
「たまに素直に褒めてやったらこれだ………」
「まあ、ライラちゃんにはミリアちゃんという、心に決めた方がいますからね。私にはそういう人がいないので、ちょっと羨ましいです」
数ヶ月間、皆と過ごして、それなりに関係も発展した。元々はそんなに深い仲になる予定があったわけじゃないんだが、オレは取り繕うのが苦手だからな。すぐに素が出て、内面も知られて、気づけば普通に仲が発展してたわけだ。
ミリアだったら、外面作るの上手だし、勇者パーティと程々に仲良く付き合っていたんだろうなとも思った。どっちが良いかは、正直オレにもよくわかんない。
けど、ミリアがいたら、きっともっと楽しい冒険にはなっていたんだろうな……。
やっぱり、あの時もっと食い下がっておくべきだったか?
まあ、でも、帰ってきた時のミリアのことを思うと……。まあ、そうだな、少しは我慢しよう。
「皆、まだ終わりじゃない。四天王を倒し終わって、ひと段落着いたのは分かるけど、これからが本番だ。気を引き締めていこう」
……ユーリの言う通りだ。
オレ達は四天王を倒し終わっただけ。まだ、魔王を討伐したわけじゃない。
戦勝ムードだったが、ユーリの一言で、皆一様に気を引き締めだす。やはり勇者の一言は強烈だな。
「そうだよ。まだ終わりじゃないんだから、もっと気を引き締めてもらわなきゃ」
「っ! 皆、後ろだ!!」
ユーリの一言で、勇者パーティの面々は皆一様に背後を警戒する。
オレは………どうしても背後から聞こえた声に、聞き覚えがあるような気がして……。でも、そんなはずはない、ありえないと思いながらも。
後ろを振り向いた。
「久しぶり、ライラ。元気にしてた?」
そこにいたのは、オレにとってこの世界で1番大切な。
幼い頃からずっと一緒に過ごしてきた、幼馴染で、親友な。
「ミ、リア……?」
「ずっと、寂しかったよ。1人で、ただ只管魔物狩りに勤しむ日々で……。待っても待っても、ライラは帰って来なくて…」
「ミリア、その姿………なんで、なんでそんな姿で……」
ミリアは、オレの知っている姿じゃなかった。蛇のような体に、蛇のような目、人の物とは思えない、禍々しい魔力。その全てが、オレの知っているミリアを否定していた。
でも、それは……。目の前にいるのは、確かに、ミリアだった。
「ライラが悪いんだよ。ずっとボクはひとりぼっちで、誰にも頼れなくて、寂しくて………。そんな時にボクに声をかけてきたのが、魔族のシロマダラだったんだ。彼、どうやらずっとボクたちに目をつけていたみたいでね。ボクが1人になって、追い詰められているのをいいことに……、彼はボクに近寄ってきた。ボクは彼の言葉にまんまと乗せられて……。今ここにいるのは、そんなボクの成れの果ての姿だよ。だからライラ、責任とってよ」
そう、か。
ミリアと魔物狩りをしている時、何者かに見られているような感覚があった。
あれは、そのシロマダラとかいう魔族のものだったんだろう。
オレとミリアは、ずっと狙われて……。じゃあ、オレがいなくなったせいで、ミリアはその魔族に狙われたんだとしたら、それは……。
「オレの、せい……」
オレがそばにいなかったから。
オレがミリアのことを置いていったから。
だからミリアは、魔族に騙されて……。
「ああ、あああ!!!!」
オレが、ミリアの隣にいたら。
オレがミリアのこと、ちゃんと見てやれていたら、こんなことには……。
「そうだよライラ、後悔してよ。ボクを置いていったこと。それで後悔して、ちゃんと反省して。今度は2度と、ボクのそばを離れないように、反省するんだよ」
「落ち着けライラ! 惑わされるな!」
「違う……これは、オレのせいで……」
「そうだよライラ。ライラのせい。だから、ライラはボクの隣にいなくちゃならないんだ。ほら、今度こそ一緒になろ? ほら、勇者パーティなんて捨てて、こっちにおいでよ」
そう、か。
オレは、ミリアを置いていってしまった。
ミリアのことを、一人ぼっちにしてしまった。
一緒にいるって、言ってたのに。2人で一軒家に住もうって、言ってたのに。
オレはそんなミリアを、裏切ったんだ。
最低だな、オレ。
ああ、クソ。本当に最低だ。オレは……。
「皆、ここはオレに任せて、先に行っててくれ。ミリアとは、ちゃんと話がしたい。だから……」
「ライラ……」
「ユーリ、行こう。ライラさんなら大丈夫だよ。今までもそうだったでしょ?」
「ああ、そうだな……。ライラ、外で待ってる。誰にも、邪魔はさせないようにするよ」
「危なくなったら、すぐに呼ぶようにしてください。私達は、いつでも駆けつけますから」
「あたしとしては、痴話喧嘩ははやめに済ませておくことをおすすめしますよー。…………どうか気をつけて」
ユーリ、モリア、セイラ、マホは、皆オレに一言声をかけて、外へと出ていった。本来なら皆で魔族に対峙した方がいいはずなのに、皆はオレの意思を尊重して、外に出ていってくれた。
「テュラー、頼む、オレはミリアと、ちゃんと話がしたいんだ。だから……」
「…………こうなってしまったのは、全て私の責任です。ですから、貴方の意思は尊重しますよ。…………こんなことを言っても、無駄だとは思っています……。無意味であり、愚策であることも、理解しています。ですが、どうか…………死なないで」
テュラーは、悲しい目をしながら、どこか憂いているような目をしながら、外へと出ていった。
彼女は、時々何か意味深な言い方をすることがあるが、終ぞその真意を図ることはできなかった。
「随分と、仲がいいんだね。ボクはずっと、誰にも相手にされなかったのに。人気者だなぁ、ライラは」
「そんなことない。皆いい奴なだけだよ。ミリアも、一緒に来ていれば、きっと、皆に好かれてた」
「そんなわけない。ボクはそんなに綺麗な人間じゃない。ボクは醜いんだ、勇者パーティにライラが加入したからって、勇者パーティを逆恨みして、憎悪を増幅させて、魔族にまでなって。汚くて、醜くて、意地汚くて……。最低の人間なんだよ、ボクは」
「最低なんかじゃない……。そんなに自分のことを卑下するな……。ミリア、お前は、お前が思ってるほど、醜い人間なんかじゃない」
「ボクのこと、何も知らない癖に! なんでボクが私って一人称を使ってたのか、どうしてボクが勇者パーティを避けていたのか、何も知らない癖に…!」
違う。違うんだ、ミリア。
本当は全部、わかってた。
ミリアが悩んでたことも、全部。
「オレだって、ミリアが隣にいてくれなくなったらって、考えたことは何度もあった。オレは、取り繕うのが苦手だから、演技なんてへたくそだし、外面なんて上手く作れてたかわからない。けど、ミリアはそれが上手だったから。皆から好かれて、いつかオレなんていらなくなるんじゃないかって。だから、ミリアがオレのために、何かしようとしているのを見て……それが嬉しくて、何も言わなかった。オレに見捨てられないように取り繕うミリアを見るのが、好きだった。最低なのはオレの方だ、ミリア」
「な、にを……」
「ミリアが勇者パーティを嫌いなのも気付いてた。オレが最強の冒険者を目指したり、勇者パーティの話をするたび、お前は焦ってたし、オレが手の届かない存在になるんじゃないかって、不安がってた。知ってたんだ、それも全部。でもオレは、あえて知らないふりをして……。ミリアが不安がってくれているのを……楽しんでた。嬉しく思ってた。ミリアが、オレのことを考えてくれてるって、思えるから。なあ、ミリア。オレはさ、最初っからミリア以外必要なかったんだ。オレには、ミリアだけいればよかったんだ。………どうして、こうなっちまったんだろうな」
まさか、オレが勇者パーティに加入している間に、魔族にミリアを取られてるなんて思いもしなかった。男が近づかないように、自衛機能付きのナイフも渡しておいた。男に限らず、魔族に命を脅かされた時も反応するナイフだ。
だから、ミリアが誰かに取られることはないって思ってた。
てっきり魔族と対峙すれば、ミリアは殺されるという想定しかしていなかった。そのせいで、ミリアが殺されずに、魔族のものにされてしまう懸念をしていなかった。
それもこれも、全部オレのせいだろう。テュラーに勇者パーティに誘われた時に、もっと食い下がれば良かったんだ。ミリアは有用だって、仮にミリアに危険が及んでも、オレが絶対に守る、万が一のことは起きないようにするって。
でもオレは、途中で諦めてしまった。
それは、ミリアのためなんかじゃない。
オレがいない間に、ミリアはどれだけオレのことを想ってくれるのか。
オレが帰ってきた時に、どれだけ嬉しそうな表情を見せてくれるのか。
それが、気になってしまった。
オレがいないことで寂しい思いをして、帰ってきたオレにいっそう依存するミリアの姿を、想像してしまった。
オレは自分の欲望のために、ミリアを見捨ててしまったんだ。
その結果がコレだ。
ぽっと出の魔族にミリアを取られた。
オレはミリアと幼少期からずっと過ごしてきたのに。誰よりもミリアと話してきたのに。ミリアは、オレの手から離れた。
腹が立つ。
自分自身と、その魔族に。
「そっか、だったらさ……。ボクと一緒に来てよ、ライラ。勇者パーティにボク達の仲は引き裂かれた。けど、まだやり直せる。だから、ライラもこっち側へ来なよ」
ああ、そうだな。それもいいのかもしれない。
もう一度、ミリアと一緒に過ごせる。
それで、満足するべきなのかもしれない。
でも……。
「悪い、ミリア、オレは……そっち側には行けない。行きたくない」
「………そんなに、この世界が大事? ボクよりも、他の奴らのことを優先するんだ? ………ライラをボクの手に戻すには、やっぱり世界を……」
「そうじゃない……。そうじゃないんだ、ミリア」
「じゃあ、なんだって言うのさ」
世界なんて、どうでもいい。
オレにとっての全ては、ミリアだ。オレは、ミリアさえいればそれでいい。
そうだ。だからこそ、オレはそっち側に行けない。
「腹が立つんだ。オレからミリアを奪った魔族に。ミリアは、オレの全てなのに。オレからミリアを奪って、自分色に染め上げた、その魔族が憎くて仕方がない。オレは、ミリアが奪われたままなんて嫌だ。納得がいかない。いくらミリアの隣にいれるとしても、オレは、オレの手でミリアを隣におきたい。魔族なんかに、ミリアを好きにさせたくない」
でも、もうミリアは魔族の色に染められてしまった。
気が狂いそうだ。オレのミリアなのに。
腹が立つ。腹が立ってしょうがない。今すぐミリアをこんな姿にした魔族をズタズタに引き裂いて、2度とこの世に生まれたいと思えないほどに恐怖させて、全宇宙から跡形もなく消し去りたい。
「ライラ……」
「だからミリア」
ああ………。どうしてこんなことに。辛い、苦しい。
もっとミリアの隣にいてやれたら……。後悔が止まらない。
オレの大事な大事なミリアなのに。
オレの隣にずっといてくれたミリアなのに。
魔族なんかに。魔族なんかに。
許せない。
「オレと一緒に、死んでくれ」
「は? な、にを………」
ミリアを魔族になんか渡してやるもんか。
ミリアはオレのものだ。
誰にもわたしはしない。
もう2度と、誰にも。
「ライラ………よ、よしてよ……ボ、ボクはライラと一緒に……」
「ああ、そうだな、これからはずっと、一緒にいよう。ミリア」
オレはミリアに近づく。
魔族になって、強大な魔力を手に入れても、ミリアはミリアだ。オレが怯まずに近づいてくるのを見て、恐怖して、動けないでいる。
萎縮してしまって、やっぱり魔族になっても、可愛らしいやつだななんて、どこかそんな風に感じながらも、オレはミリアに近づいて、その腹部に刀身を向ける。
「ま、待ってよライラ、こんなの……駄目だよ。ボクと一緒に生きよう? 死ぬ必要なんかないんだ。ボクと一緒に、魔族になってしまえばいい。そしたら、ボクたちはずっと一緒に暮らせるんだ。だから……」
「ああ、それができたら、楽だろうな。けど、悪い。無理だ。オレのメンタルが持たない。ミリアが誰かに魔族にされた、オレじゃなくて、他の奴に。その事実だけで、気が狂いそうで仕方がないんだ。だから」
オレはミリアをそっと抱きしめる。
そして、ミリアの背中に向けて、刀身を突き立て……。
「一緒に死んでくれ」
ミリアの体を、抱きしめているオレの体と一緒に、貫いた。
「あ、ライ、ラ……」
「なあ、ミリア。もし、来世で生まれ変わったら、今度こそずっと一緒にいよう。どんな力をもらっても、絶対にミリアのそばから離れない。オレとミリアを引き裂くものは、全部潰してしまおう。だから、だから……」
「ばか、だなぁ……。こんなことしなくても、ボクはもう、ライラの隣から離れないのに……。ボクは、ボクを魔族にしてくれたシロマダラなんて、どうだって良いのに。本当に、馬鹿だよ」
「ああ、ごめん。でも耐えられないんだ。これは、オレのわがままなんだ。付き合わせて、悪かった」
「いい、よ。ボクもライラと一緒に、ここで……死んであげるよ。それに…………ボクも魔族に嫉妬してるライラが見れて少し嬉しい気持ち、なんだ。だから……ボクの今の気持ちに免じて、君の愚行を……許すよ」
オレとミリアの血液が、ドロドロに混ざり合っていく。
熱いのは、血のせいか、それとも、ミリアと一緒に死ねることに、興奮を覚えているからか。
正常な思考能力を失ってしまった今となっては、判断がつかない。
でも、それでも。
「ああ、やっと一緒になれた」
オレとミリアは、深い深い闇の中に沈んでいく。
もう、かつてのようには戻れない。
それでもいい。
これから消えゆく命だろうと。
これから破滅していくしかないのだとしても。
ミリアと一緒なら、何も怖くない。
堕ちるところまで、堕ちていく。
ミリアと一緒に、どこまでも。
永遠に。
以下蛇足
勇者パーティ一行は、屋外で不審な動きをしていた、シロマダラのような見た目をした魔族を捕獲し、討伐していた。
一行はライラ、そしてミリアが出ないことに不安を覚えていたが、やがてパーティの内の1人、預言者であるテュラーが、声を上げた。
「……ライラさんはもう、手遅れです。このまま、ここで置いていきましょう。きっとそれが……彼女達の望みでしょうから」
「テュラー、何を言って………」
「最初から、結末は決まっていたんです。こうなることはもう。いえ、正確には、私がそう決めてしまった、と言うのが正しいでしょうか」
テュラーは、悲しそうな表情を見せながら、淡々と告げていく。
「私の予言は、預言ではありません。私は預言者を名乗っていますが、神の言葉なんて、一度も聞いたことがありません。私にできるのは、未来で起こることを夢で体験し、それを予言とすること。予言出来るのは、1日1回、夜、眠りにつくときだけです。私は、なんとかライラさんとミリアさんが、良い結末を迎えることができる未来を掴もうと、予言を繰り返してきました。ですが、叶わなかった」
彼女はずっと、旅路の中で浮かない顔をしていた。それは、予言である程度この結末を知ってしまっていたからなのだろう。
「私が予言を始めた時点で、彼女達は魔族に目をつけられていました。どれだけ未来をみても、彼女達のどちらか、あるいはその両方が破滅する未来しかみえなかった。だから、その中で、彼女達にとって1番良い結末になる、この展開を選択するしか、私にできることはありませんでした」
どれだけの未来をみてきただろうか。もう、数を数えることすら、覚えていないだろう。辛い未来もあったはずだ。勇者パーティが全滅する未来も、あっただろう。
それでも彼女は、最後まで未来をみるのを諦めなかった。最後まで、どうにか最善の結末をと、何度も何度も繰り返し夢の世界で未来をみて、探し続けていたのだ。
「魔王討伐において重要になるのは、勇者です。勇者様さえいれば、魔王討伐に支障はありません。ですから、これからも私達は、進み続けましょう。ライラさんやミリアさん、2人の死を、無駄にしないためにも」
かくして勇者パーティは仲間の死を乗り越え、魔族最後の砦、魔王城へと向かう。
仲間の死を乗り越えた勇者パーティの絆はより強固なものとなり。
魔王討伐が果たされるのも、時間の問題となるだろう。
「どうか、お二人に安らかな死を」