1始まりは唐突に
死んだ。異世界に転生した。男から女になった。同じく転生した奴と行動した。以上。
うん。これしか言うことがない。というか、正直今でも実感が湧いてこない。
けど、確かにそれは現実に起こったことで、オレは、長く親しんだ我が愛国、日本から離れ、聞いたこともない異国の地であるここ、ランドエール王国の地で冒険者として生計を立てている。
幸いなことに、オレは1人じゃなかった。生まれた時から孤児だったし、マジでハズレ人生引いたかと思っていたが、孤児じゃなかったらこいつとは出会えなかっただろうなと今でも思う。
「今日ちょっと渋いね。やっぱり、この辺の狩り場はもうそろ冒険者飽和して来てそうな感じがするなぁ」
「穴場がバレたんだろ。あそこ、気付きさえすれば誰でも簡単に使える場所だからな。逆に今までオレ達で独占できてたのが奇跡だよ」
「なぁんでバレるかな〜。それに最近、冒険者増えて来てるよね。はぁ……やっぱ勇者のせいなのかな。世間的には勇者の登場は嬉しいんだろうけど、私達からすれば大迷惑だよね」
今話してるこいつは、ミリア。オレがこの世界に転生して、同じ孤児院にいた女で。オレと同じく前世の記憶持ち。それも男の。
魔法に精通していて、魔法がてんで駄目で剣術しか取り柄のないオレをカバーしてくれる最高の相棒だ。
「勇者、なぁ………。ま、別に良いんじゃないか。魔王が倒されたところで、魔物が消えるわけじゃあるまいし」
勇者の存在に影響されて、冒険者をはじめてみようとする輩は実は結構多い。
冒険者が増えれば、当然ながらオレ達冒険者1人1人の仕事量は減ることになる。
だから、ミリアの言わんとしてることもわからんでもないが……。
「せっかく魔王とかいういかにもな獲物がいるのに、それを勇者達に取られるのは癪じゃない? どうせなら私達で魔王の首を取りにいこーよー」
「あほか。んなことできるくらいの実力があるならとっくに豪遊しまくれるくらいには稼いでるよ」
オレ達の実力は、この辺じゃそこそこ名の知れた冒険者でいれるくらいには備わっているが、そんな冒険者はこの広い世界を探せばいくらでもいるだろう。実力的には中堅以上ってところか。それでも十分ではあるが……。
まあ、少なくとも、勇者に勝つ、なんてのは絶対に無理だろう。たとえオレ達が逆立ちしようと、どれだけ力をつけようと、大層な肩書を持った英雄様にはかないっこない。
「そりゃ今はそうかもしれないけどさ。実力なんて後からついてくるでしょ。実際、最初は私達目も当てられないくらい弱かったし」
「そんな簡単なもんじゃないだろ。現実はそんな甘くない」
「ライラ、最初の頃と比べて随分しけてるね。なんか変に大人ぶってるっていうか」
「大人ぶってるっていうか、現実を知ったっていうか………。とにかく、あの頃とは違うんだよ、オレは」
昔はチート転生キタコレ! なんて息巻いて、ミリアを連れて最強の冒険者になるぞ!! とか大口叩いていたものの……。実際冒険者になってみると、そんなにうまく行くはずもなく……。いつのまにか最強の冒険者なんて夢は潰えて、逆に最初はそんなに乗り気じゃなかったミリアの方がその目標に固執している状態になってしまっていた。
「うわー。何その成長しました感。言っとくけど、ライラ昔からなーんにも変わってないからね? 変に達観した気になってるっぽいけど、なんも成長してないから」
「あーうるさいうるさい。別に達観した気になんてなってねーし。ほら、ちょっと物を知ったというか、世間を知っただけだよ」
「ほら、今の反応、いかにも子供っぽい。ほーんと、昔から変わってないんだからさー」
「……るせー」
ミリアにはオレの何もかもが筒抜けだ。取り繕っても、嘘で自分を塗り固めようとも。ミリアはオレの真意を見抜いてきて、オレの本質を見てくれる。
お互い同じ境遇……元男で、元々別の世界出身だったという秘密を共有し合ってることも相まって。
ミリアの隣はオレにとって他に代替しようのない、かけがえのない居場所になってた。
だから、最強の冒険者なんて肩書は、いらない。
オレには、ミリアさえいてくれれば、それだけで十分だ。
そんなある日。
いつものように冒険者として魔物狩りをこなして、ギルドへ報告していた時のことだった。
「勇者様一行のご来訪だー!!」
とうとうこのランドエール王国の、オレ達の街に。
勇者一行がやってきた。
「随分とうるさくなったねー。別に勇者様が来たからって、私達に何かあるわけでもないのに」
「そりゃ世界の英雄様が来たんだ。言うなればプロのサッカー選手とかがやってくるのと同じ感覚なんじゃねーの」
「あーいうのって、興味ない分野の人が来てもあんまりテンション上がらないよね」
「そうか? オレは結構好きだけどな。有名人が来たってだけでテンション上がる方だぜ」
あんまり興味ない分野でも、名前くらいは知ってたりするし、これでもワールドカップやらオリンピックは見ていた部類の人間ではあるからな。興奮しないわけではない。
って言っても、勇者様なんて具体的にどう活躍しているのか、テレビなんてないこの世界では拝むこともできないし、前世のプロ選手達と比べればそこまでテンションの上がるようなことではない気もしなくはない。
「あーそっか。確かにライラってそーいうの好きそうだよねー。ミーハーっていうか」
「別にいいだろ。好きなもんは好きなんだよ」
「………でも、勇者一行にはそんなにテンション上がらないみたいだけど?」
「………そうだな。どこまで行っても、他人事でしかないし。オレには関係ないからな。興味を持とうにも、正直勇者のことなんて全然なーんにも、これっぽっちも分かんないし。そんなことより、今は皆勇者様に夢中と来た。これって、絶好の稼ぎ時だと思わねぇ?」
周囲を見渡せばわかるが、競合してるライバルも、勇者様の登場で魔物狩りを中断していたりする(世間の勇者への関心はそれほどまでに高いのだ)。つまり、今日の魔物狩りは、オレとミリアの独壇場になる可能性が高い。
今日の分の魔物狩りは、もう十分ではある。が、稼げる時に稼ぐのが賢い冒険者の生き方である。
「……。いいね。乗った」
「うしっ。粗方狩り終わったかな」
「だね〜。いやあ、それにしても今日は豊作だねぇ。明日サボっちゃってもいいくらい」
あー、確かにそれは魅力的な提案ではあるな……。けど。
「ダーメだ。ちゃんと貯金しとかないと。夢の一軒家二人暮らしには、まだまだ足りないんだからな」
オレとミリアは、もはや一心同体と言ってもいい。生まれてから、今日に来るまで、ずっと一緒に生きてきた。それに、お互いに元男だったこともあってか、この世界で良い男性と出会って結婚する、なんて発想はなく、そうなれば自然と、オレとミリア、2人で一緒の家に住んで暮らしていくのが良いだろうという発想になったのだ。
ただ、この世界だってそんなに甘いわけじゃない。当然、2人暮らしをしようにも生活費用は必要になってくるし、家を買うのにだって金は必要だ。
だからこそ、冒険者っていう、運が良ければ一攫千金も狙えるような職に就きながら、コツコツと依頼をこなして貯金しているのだ。
「そっか。貯金は大事だもんねー。ライラ、私とずっと一緒にいたいもんね〜」
「な、なんだ急に。別に一軒家でミリアと過ごすためだけじゃないからな。万が一、大怪我とかした時に治療費とか出せないと困るし、冒険者なんて不安定な職なんだから、将来稼げなくなった時のことを考えてだな…」
ミリアとずっと一緒にいたいということ自体に異論はないが、それを面と向かって指摘されるのは流石に恥ずかしい。
ただ、ミリアの方もオレと一緒に暮らすことを考えてはくれているみたいだから、オレの一方通行な思いじゃないってわかってるし、まあ、このくらいなら許容できる。
「にしてもどうする? ギルドは勇者がいて騒がしいだろうし、報告後回しにしてどっか寄り道でもしない?」
「魔獣の毛皮とか、持ってたら荷物になるし、ギルドに報告するのを優先した方が良くないか?」
「いや、だって報告して報酬もらった後に寄り道しちゃったら豪遊しちゃわない? ほら、私と一緒に夢の一軒家二人暮らししたいんでしょ? だったらさぁ……」
確かに、ミリアの言うことも一理あるな……。まあ、実際勇者のご来訪で騒がしくなってるギルドに入るのも面倒だし、寄り道してほとぼりが覚めるまで待つのが賢い選択なのかもしれない。
「じゃあギルドに行く前に、ちょっくら寄り道するか」
「よし! おっけー! じゃあ行こっか」
「ああ、そうだな」
ん?
「なあ、今誰かオレ達のこと…」
「何言ってるの? ここにいるのは私達だけだよ。ほら、早く行こ?」
気のせいか?
誰かに見られていたような気がしたが……。
……まあ、ミリアが言うんだったら、大丈夫だろう。
ギルドに報告していない関係上、手持ちの資金もそこまで多くなかったため、オレ達の寄り道は、本当にただぶらぶらと街中を歩いただけに終わった。
まあ、ただ歩くだけと言っても、隣にはミリアがいるし、割と楽しい時間にはなったが。
「ま、結論としては、海賊キングの最終回は今まで味方だと思っていた猫王がラスボスとして立ちはだかり、主人公のメンタルもやられたりするものの、仲間達の叱咤激励によって立ち上がった主人公が、伏線にあった友情の剣を手にして猫王を討伐した後に、猫王を本当の意味で仲間に加えて、猫王に王位の座をいただいて王、すなわちキングとなる。これでいいよね?」
「まあ、たまに見る考察にはそういうのもあったけどだな……。個人的にオレは猫王は裏切りなんてしてないと思ってて……。ありゃ裏で皆のために暗躍してたんじゃないかって思うんだ。だから本当の黒幕は猫王じゃなくて……」
前世の漫画の話をできるのなんて、ミリアくらいだし。
元の故郷、日本の話をすれば、ミリアとの話題は尽きることはない。
失ってから初めて知るものもたくさんあったしな。何でもない日常の一部でしかなかったものすら、今のミリアとの会話のネタになる。
「っと。そろそろギルドも空いてきたんじゃないかな? 今日の夕方頃には勇者御一行は宿屋に移動って話だったし」
「そっか。そうだな。流石に毛皮を持ち歩き続けるのにも疲れたし、そろそろギルドに寄ってみるか」
今日は久しぶりに大量だったからな。持ち歩くのにもそこそこ体力を使わなきゃならんかった。まあ、だらだら過ごして、体力落としちまうよりかは全然良いんだけどな。
「お邪魔しまーす。魔物狩りの成果報告に……」
ミリアが元気よくギルドの建物内に入り、受付のところまで駆けつけて話しかけようとしたところ、ギルド内はやけに静まり返っていて、いつもとは違う空気が流れていた。そのせいか、ミリアも途中で話すのをやめてしまった。
そして、本来なら普段たくさんの冒険者が依頼を受けとるギルド内には、どうやら今現在は1つのパーティしかいないらしい。
厳密に言えば、オレとミリアのパーティと、元からギルド内に滞在していたそのパーティの2つ、だろうか。
やけに見覚えのある面子だななんて思ったが、それもそのはず、ギルド内に滞在していたパーティは、今世間で注目中の、勇者パーティそのものだったからだ。
「やはり、念の為に予言をしておいて正解でしたね。ビンゴです」
水晶玉を手に持ち、いかにも占い師ですと主張しているかのようなローブを羽織った、気品があり、それでいて底の見えない女性が言う。
彼女は……。
「申し遅れました。私の名前はテュラー。勇者パーティの預言者、道標役を担うものです。本日は勇者パーティの英雄の1人、剣聖様をお迎えに、この街のギルドに参った次第でございます。ギルド内の人払いは済ませておきましたので、ここに来るのは剣聖様お一人だろうと読んでいました」
何故かオレに向かって挨拶をしてくる勇者パーティのテュラーさん。どうやら、剣聖様とやらを迎えにくるためにこの街へとやってきていたらしい。ギルド内の人払いは済ませていた………ギルド内に他の冒険者が誰もいないのは………。その剣聖様を呼ぶために、皆追い払ったからでは? だとしたら、そんなところにオレとミリアがずけずけと入り込むのは失礼なことだったかもしれない。
「あ、すみません。今入っちゃいけないって知らなくて……。失礼しました。ミリア、また後にしよう」
「その必要はありませんよ。私達は既にもう、剣聖様との邂逅を果たしていますから」
あ、そうなのか。つまり、もう既に剣聖とやらと合流していて、事が済んだ後だったと。
まあ、確かにもし勇者パーティの待ち合わせを邪魔してたんなら、ギルドの職員さん達も言ってくれるだろうしな。
「あ、そうなんですか。てっきり剣聖様との邂逅を邪魔したのかと。わざわざ事情を教えてくださりありがとうございました。それじゃ、私達はこの辺で。よし、ミリア、あんまり長居して勇者パーティの皆様方に迷惑をかけるわけにもいかないし、さっさと報告を済ませて………ミリア?」
「…………………」
何でミリアは黙ってるんだ?
この状況に、何か思うことでもあるんだろうか……?
何か、ミリアは知っている…?
剣聖、剣聖様との邂逅は果たした………。
でも、勇者パーティのメンツを見るに、剣聖とかいう肩書を持っていそうなやつ……というか、持っている奴はいない。勇者パーティは有名だし、全員の顔は知ってる。その上で、その中に剣聖がいないことも知っているからだ。
つまり、剣聖は………。
「ミリア?」
「状況が飲み込めていないようですので、こちらから補足を。私達が探していた剣聖は、この町で有名な二人組の冒険者、その片割れ………」
でも、ミリアは魔法しか扱えないはず………。剣の扱いはてんでダメで、剣聖なんて器とは思えなかった。だったら………。
「剣聖ライラ様。貴方のことですよ」
「オレが……剣聖?」
どこか憂いているような目をしながら、預言者テュラーはオレの運命を告げた。