はじまりは、突然に。
これは愛されたことのない青年が、愛を知るお話。
真白 瑛25歳
普通の会社員。趣味も特技もない。
ただただ一日一日を与えられるままに過ごす、そんな面白みもない人間。学生時代も特定の仲のいい人なんていなくて、クラスでも静かにいつも過ごしていた。人と関わることは苦手だった。
高校まではなんとか周りに合わせるように行き、卒業してから周りに知人が一人もない場所に来て、そこで生きるために就職をして働いた。
仕事は好きでも嫌いでもなかった。職場でも特定の仲のいい人はいなかった。話しかけられたら返事をするくらい。本当に自分でも面白みのない人間だと思う。欲しいものも何もなく給料はたまっていくばかり。ずっと一人で生きて、一人で死んでいくのだと思っていた。彼に会うまでは。
瑛は毎日淡々と仕事をこなし、就業時刻になれば早々に退社をする。今日もそんな毎日を辿っていた。
いつものように会社を出て最寄り駅まで徒歩で向かう。僅か15分ほどの道中に変わり映えはなかった。
いつもと同じ時間の電車に乗る、はずだった。
駅のロータリーにさしかかったとき、瑛は地面に何かが落ちているのに気がついた。
どうやらパスケースのようで、中には定期が入っていた。こんな大切なものを落としてしまうなんて、持ち主はさぞ困っていることだろうななんて思った。
黒の革製のパスケースにはキーホルダーがついていた。シンプルさに似合わないゆるい顔のついた
「……おにぎり?」
ゆるい顔をしたおにぎりのキーホルダーがどうにも質のいい皮のパスケースには合わない気がした。
いったい全体どういう人が持ち主なのか、アンバランスさから少々興味が湧いた。けれども少々、である。人の好みなんてそれぞれであるから、詮索はせず駅員にでも届けようと足を踏み出した、その時だった。
「あっ!!」
「え?」
思い切り目があって、あ!なんて声をあげられれば驚くというもの。高身長のスーツを着た男性が、瑛目掛けて駆け寄ってきた。そして瑛の手にあるパスケースを指さして自分の物なんです!と告げた。
「落として探していたところなんです、すみません、ありがとうございます!」
人のいい笑みを浮かべるその人は、今気付いたがあまりにも整った顔立ちをしている。世のほとんどがイケメンだと言いそうな風貌に瑛はなるほどと納得した。
先ほどから女性たちが彼を二度見していくわけである、と。
「本当に助かりました。」
「いえ……見つかってよかったですね。」
それじゃあ失礼します。そう言ってペコっとお辞儀をして瑛は改札口へと向かおうとしたのだがなぜか先ほどの男性に呼び止められた。
「あの、もしよかったらお礼をさせていただけませんか?」
本当に困っていたんです、と苦笑したいい人そうな人に瑛は困った時はお互い様だと思います、と思いついた言葉を抑揚もなく言った。
けれどなんだか無碍にするのも可哀想で、言葉を付け足した。
「……そういえば、そのキーホルダー……かわいらしいですね」
持ち主が想像していた人物像と違いすぎてふっと瑛は柔らかく笑みをこぼした。
「えっ」
「それでは。」
それだけ言って瑛は今度こそ改札をくぐった。
その男性が瑛の後ろ姿を見て呆けていたことなど知らず。
もう、会うことはないと思っていた。
けれど数日後、偶然二人は遭遇した。
会社の前で。
定期に記されていた区間は最寄り駅だったのできっとこの街で働いている人だろうなとは思ったけれど、まさかお隣のビルで働いている人間だとは思わなかった。昼食を買いに行こうとビルを出たところで遭遇し、お互いにあっと声をあげた。
あんな整った顔立ちを忘れられるわけはなかった。
「この間の方ですよね?」
「あ、どうも。」
こういう時はどんな反応をしていいかわからなかったのでとりあえず短く頷いておいた。
失礼しますとこの場を退く言葉を瑛が告げるよりも先に、相手が口を開く方が早かった。
「あの、もしよかったらこの間のお礼に昼食を奢らせていただけませんか?おすすめのカフェが近くにあるのですが」
無理にとは言わないのですが……残念そうにそう言ったいい人に少しだけ罪悪感が湧いてつい瑛は頷いていた。
いつもだったら断るだろう誘いに乗ってしまったのはこの人の雰囲気があまりにも優しいものだったからかもしれない。
「……昼休憩が終わるまででしたら。」
「本当ですか?では早速ご案内しますね。」
物腰の柔らかい雰囲気に、不思議と緊張はしなかった。
書き上げ次第続きをあげていこうと思っています。
読んでいただけて嬉しいです。