吸血鬼の誓い、揺れる想い
夜の帳が森を包む。焚き火の灯りがぱちぱちと音を立て、ナラの寝息がすぐ隣で穏やかに聞こえていた。
「はぁ……今日も濃い一日だったな……」
陽向は焚き火の前で一人、ぼんやりと空を見上げる。満天の星。ここが異世界だってことを、こういうときに実感する。
「……匂いが気に入らないって、どういう意味だったんだろ」
思い出すのは、昼間出会ったヴァルシア・ナイトスカ。吸血鬼族のクールビューティー。謎めいた笑みと意味深な言葉に、陽向の脳内は未だ混乱中である。
そのときだった。
「まったく、男の子はどうしてこうも無防備なのかしらね」
「――!?」
森の闇から、すうっと一筋の影が現れる。陽向が振り返ると、そこには夜風になびく漆黒のドレス。そして赤い瞳が月光にきらめいていた。
「ヴァルシア……!な、なんでここに!?」
「ちょっと様子を見に来ただけですわ。気になってしまって。貴方のことが」
「うわ、ストレート!?」
「ふふ、こういうのは、狩りと一緒。静かに近づき、仕留める――でも、急に牙を剥いたら逃げられてしまうもの」
「いや、そういうこと言われると逃げたくなるって!?」
陽向はそろりと後ずさる。だがヴァルシアは一歩も動かず、ただ視線を陽向に注ぐ。
「……あなた、強いわね」
「え?」
「肉体的な意味じゃなくて。心の話。どこか、芯がある。だから……つい、触れてみたくなる」
その言葉に、陽向は思わず目をそらす。
「……強いって言われるようなこと、してないけどな。俺、必死にやってるだけだよ。みんながいてくれて、何とか立ってられるだけで」
すると、ヴァルシアは小さく笑った。
「そういうところが、嫌いになれないのよ」
「…………えっ?」
「――試しても、いいかしら?」
「な、なにを……?」
「あなたの血」
「ひ、ひいっ!?」
陽向は反射的に焚き火の向こうへ転がるように逃げる。だが、ヴァルシアは笑いながら肩をすくめる。
「冗談よ。いきなり噛みついたら、本当に嫌われるもの」
「ちょっとでもマジだったら怖すぎるんだけど!?」
ヴァルシアは火を挟んで陽向の前に座り、夜空を見上げる。
「……私たち吸血鬼族にとって、血は契約の証でもあるの」
「契約……?」
「信頼の証。絆。……あるいは、運命。血を分け合うことは、心を重ねることでもあるの」
その声は、どこか寂しげで、切なさを帯びていた。
「昔……一度だけ、心を許した人がいた。でも、裏切られたわ。愛なんて、儚くて脆いものだと知ったの」
陽向はそっと視線を彼女に向ける。
「じゃあ、なんでまたこのバトルロワイヤルに参加したんだ?」
「……さあ。もしかしたら……本当の愛を信じてみたかったのかもしれないわね」
しばらく、沈黙が流れた。
焚き火の炎だけが、ふたりを照らしていた。
「なあ、ヴァルシア。俺、正直、まだ恋ってよくわからない。けどさ、誰かをちゃんと知りたいって思うことは、きっと間違いじゃないよな」
「……本当に、あなたは不思議な人。そういうこと、迷いなく言えるなんて」
「迷ってるよ。でも、言わなきゃ伝わらないだろ?」
ヴァルシアはふっと微笑む。そして立ち上がり、静かに言った。
「……夜が明けるわ。また明日、ね。陽向」
「お、おう……って、俺の名前、初めて呼んだ……!」
その背中は闇に溶けるように消えていった。
「ふわぁ〜……あれ?陽向〜?おはよ〜」
ナラが伸びをしながら目を覚ますと、陽向は木に寄りかかってうたた寝していた。
「おーい、陽向?なんか顔、赤いけど?」
「い、いや、なんでもない!昨日はな、ちょっと、夜風が強かっただけで……!」
(ちょっとどころか、吸血鬼の姫様に心臓持ってかれかけたけどな!!)
そんな内心を隠して、陽向はなんとか笑顔を作る。
「今日もがんばるぞー!」
「うんっ!今日は私も恋愛ポイントいっぱい稼ぐからね!」
「そういうの、声に出さなくていいから!」
――そして、波乱の朝が始まった。