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路地裏の「心の染み抜き屋さん」 ~追放された俺と、エルフの師匠が遺した秘密~  作者: もりも理幽
第八章:工房「星見草」と迷子の陽だまり ~エルフの膝の上で見る夢~
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膝の上の温もりと、紡がれる物語

 あの廃墟での一件は、リラの心に大きな変化をもたらした。暗闇の中で、絶望的な恐怖と孤独に襲われた時、自分を必死に探し、危険を顧みずに助け出してくれたフィリアンネ、ルカ、ミーナ、ゴードン、そしてフィン。彼らの存在は、「自分は一人ではない」「守ってくれる人がいる」という、生まれて初めて感じるような確かな実感となって、リラの心の奥深くに刻まれたのだ。


 工房『星見草』に連れ帰られ、温かいスープで体を温め、フィリアンネが優しく傷の手当てをしてくれた後も、リラはフィリアンネのそばから一時も離れようとしなかった。まるで、幼い雛鳥が母親に寄り添うように、彼女のローブの裾をぎゅっと握りしめ、その存在を確かめているかのようだ。


 ルカが【ハート・スコープ】で見ると、リラの心を覆っていた厚く硬い氷の壁は、あの事件を境に、ガラガラと音を立てて崩れ落ちていた。もちろん、過去の傷が完全に消えたわけではない。灰紫色の染みはまだ残っている。けれど、その上を覆うように、フィリアンネへの絶対的な信頼を示す温かいピンク色の光と、助けられたことへの安堵を示す柔らかな緑色の光が、優しく輝き始めていた。そして、その中心には、未来への小さな希望の蕾のような、淡い黄色の光が、確かに芽生えていたのだ。


 その夜、リラは工房の小さなソファで眠ることになった。フィリアンネが、彼女が安心できるようにと、エルフの古い子守唄を静かに口ずさんでいる。穏やかな旋律と、すぐそばにいるフィリアンネの気配に包まれて、リラは久しぶりに、悪夢を見ることなく、深く安らかな眠りにつくことができた。


 翌朝、目を覚ましたリラは、まだ少し眠そうに目をこすりながら、リビングでハーブティーを飲んでいたフィリアンネの元へ、自分から歩み寄った。そして、小さな声で、しかしはっきりと、言ったのだ。

「……ありがとう……フィリアンネせんせい」


 それは、感謝の気持ちを込めた、彼女自身の言葉だった。


 フィリアンネは、驚きと、込み上げる深い感動で、一瞬言葉を失った。そして、リラの前にそっと膝をつき、彼女の小さな体を優しく抱きしめた。

「……どういたしまして、リラ。よく頑張りましたね」

 フィリアンネの声もまた、温かい感情で微かに震えていた。


 ***


 それからの日々、リラは驚くほどの速さで心を開いていった。まだ人見知りをすることはあるけれど、ルカやミーナ、ゴードン、フィンにも、少しずつ笑顔を見せるようになり、たどたどしいながらも言葉を交わすようになった。路地裏の子供たちとも、最初は遠巻きに見ていたが、フィリアンネやミーナが間に入る形で、一緒に遊べるようになっていった。


 そして、彼女にとって一番の存在は、やはりフィリアンネだった。リラは、まるでフィリアンネの小さな影のように、いつも彼女の後をついて回った。庭でハーブの手伝いをしたり、工房でフィリアンネが本を読む隣で絵を描いたり、そして、疲れると当たり前のように、フィリアンネの膝の上でうたた寝をしたり。


 フィリアンネもまた、そんなリラを、深い愛情を持って受け入れていた。彼女は、リラに文字の読み書きや、簡単なハーブの知識、そしてエルフの森の物語や歌を、根気よく、そして楽しそうに教えた。それは、ルカに癒やしの術を教えた時とはまた違う、より日常的で、温かい「教育」の風景だった。


 ある晴れた日の午後。庭のベンチで、フィリアンネがリラの髪を優しく結ってあげていた時のことだ。

「フィリアンネせんせい……どうして、そんなに優しいの?」

 リラが、ふと、不思議そうに尋ねた。


 フィリアンネは、リラの髪を梳く手を止め、少しだけ遠い目をして、静かに答えた。

「……昔、私にも、とても大切な人がいました。その人を、私は守ることができなかった……。だから、もう二度と、目の前で誰かが傷つくのを見過ごしたくないのかもしれませんね」

 それは、彼女自身の「大いなる喪失」の痛みに触れる言葉だった。しかし、その声には、以前のような深い絶望ではなく、悲しみを乗り越えた先にある、静かな決意のようなものが感じられた。


「そして……リラ。あなたを見ていると、私の心も、温かくなるのです。あなたが笑うと、私の心にも花が咲くような気持ちになる。……あなたは、私にとっても、大切な光なのですよ」

 フィリアンネは、リラを優しく抱きしめた。リラもまた、小さな腕で、フィリアンネの首にしっかりと抱きついた。


 ルカは、工房の窓からその光景を眺めながら、胸が熱くなるのを感じていた。リラという存在が、フィリアンネ自身の凍てついていた心を溶かし、彼女の中に眠っていた母性や、未来への希望を呼び覚ましてくれたのだ。孤独だった二つの魂が、出会い、互いを必要とし、そして共に癒やされていく。それは、ルカの「心の染み抜き」とは違う形だけれど、紛れもない、美しい「癒やし」の奇跡だった。


 フィリアンネの心にも、ライエルを失った深い悲しみの藍色の染みは、まだ残っているだろう。けれど、その上に、リラへの慈しみを示す温かいピンク色や、育む喜びを示す柔らかな緑色の光が、幾重にも重なり合い、複雑で、しかし美しい「心の模様」を描き出しているのが、ルカには見えた。


(よかった……本当によかった……)


 ルカは、心からの安堵と共に、この温かい光景を、大切に記憶に刻み込んだ。

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