ハプニングは突然に!? 感情爆発ハーブティー事件
麗らかな春の日差しが降り注ぐ、工房『星見草』。ルカは、フィリアンネから譲り受けた古い羊皮紙の束の中から、興味深い記述を見つけ、新しいハーブティーのブレンドを試作していた。
(ええと……『飲む者の心の奥底に眠る真実の感情を呼び覚まし、魂を活性化させる霊薬』……? ずいぶん大仰な書き方だな……)
エルフの古い文字で書かれたそのレシピは、いくつかの珍しいハーブと、月光を浴びた泉の水を使うという、なんとも神秘的なものだった。フィリアンネに尋ねてみると、「ああ、それは確か、古代のエルフが精神修養か何かに用いたブレンドだったかしら……。まあ、現代人にとっては、少し心がリラックスして、素直な気持ちになれる、といった程度の穏やかなものでしょう」と、あまり気にしていない様子だった。
(なるほど、心をリラックスさせて、素直な気持ちに……。それなら、普段なかなか本音を言えない人とか、ストレスを溜め込んでいる人の助けになるかもしれないな)
ルカは、その効能をポジティブに解釈し、レシピに忠実に(手に入る範囲の材料で代用しつつ)ハーブをブレンドし、試作品のお茶を淹れてみた。見た目は普通のハーブティーと変わらないが、どこか微かに、キラキラとしたエネルギーの粒子が立ち上っているような気もする。香りは、甘さと爽やかさが混じり合った、不思議と心地よい香りだ。
「うん、味も悪くないな。少し独特だけど……」
ルカが一人で味見をしていると、工房の扉が開き、賑やかな声が響いた。
「ルカさーん、こんにちは! 今日のお昼用に、新作のサンドイッチ持ってきたよー!」
ミーナが、いつもの明るい笑顔で籠を抱えて入ってきた。
「お、ルカ。ちょっと休憩だ。フィン、お前も来い」
隣の工房から、ゴードンと弟子のフィンも顔を出す。ちょうど昼休憩の時間だったようだ。
「あ、皆さん、ちょうどよかった!」
ルカは、テーブルに並べたハーブティーのカップを見て、思いついた。
「実は、新しいブレンドのハーブティーを試作してみたんです。もしよかったら、味見してもらえませんか?」
「わあ、嬉しい! いただきます!」
ミーナは喜んでカップを受け取る。
「ふん、ハーブティーか。まあ、たまにはいいだろう」
ゴードンも、まんざらでもない様子で腰を下ろす。
「ありがとうございます、ルカさん」
フィンも、遠慮がちにカップを手にした。
ルカは、フィリアンネの言葉を思い出し、「心がリラックスする効果があるみたいですよ」とだけ付け加えて、自分も一緒にハーブティーを飲んだ。味は、やはり少し独特だが、後味はすっきりとしていて悪くない。
「うん、美味しいです! なんだか、体がポカポカするような……?」
ミーナが感想を言う。
「……まあ、普通だな」
ゴードンは相変わらずだ。
「……はい、美味しいです」
フィンも小さく頷く。
(よかった、口に合ったみたいだ)
ルカはほっとした。この時点では、まだ誰も、このハーブティーに秘められた(フィリアンネの記憶違いによる?)恐るべき副作用に気づいてはいなかった……。
***
異変は、それから十分ほど経った頃に、唐突に始まった。
まず、ミーナが、ルカの顔をじーっと見つめたかと思うと、突然、満面の笑顔で叫んだ。
「ルカさんっ! 私、ルカさんのそういう優しいところが、だーーーい好きですっ!! いつも私のこと気遣ってくれて、話を聞いてくれて、本当に嬉しいんですから!」
「えっ!? み、ミーナさん!?」
突然の超ストレートな告白(?)に、ルカは顔を真っ赤にして狼狽える。ミーナの心からは、愛情を示すピンク色の光が、キラキラと火花のように飛び散っているのが見えた。
「もう! フィリアンネさんとばっかり話してないで、たまにはもっと私にも構ってくださいよー! 私だって、ルカさんと色々お話ししたいんですからねっ!」
普段は言わないような、可愛らしいヤキモチまで飛び出した。
「お、おい、ミーナ、どうしたんだ急に……」
ゴードンが、眉をひそめてミーナを見た、その瞬間。
「フィンッ!!」
ゴードンが、突然、雷が落ちたかのような大声でフィンの名前を呼んだ。
「ひゃいっ!?」
フィンは、文字通り飛び上がって驚く。
「お前のその真面目で、不器用なところは、師匠としてちゃんと認めてるんだ! だから、もっと自信を持て! 堂々としてろ! お前ならできる!」
ゴードンは、普段の寡黙さが嘘のように、熱血指導教官のような勢いでフィンに檄を飛ばし始めた。彼の心の鉄の染みの奥から、不器用ながらも弟子を想う強い愛情(琥珀色)が、マグマのように噴き出している。
「それからルカァ! お前はもっと飯を食わんか! いつもひょろひょろして! 見ていて心配になるんだ! もっと肉を食え! 野菜もだ! いいな!?」
矛先はルカにも向き、完全に過保護な親父モードになっている。
「は、はいぃっ!」
ルカは、ゴードンのあまりの豹変ぶりに、ただただ頷くしかなかった。
そして、師匠からの熱い(?)檄を受けたフィンも、様子がおかしくなった。
「師匠! ありがとうございます! 僕、やります! いつか必ず、師匠を超える、この国一番の家具職人になってみせますから! 見ててください!」
彼は、目を潤ませながら、普段からは想像もつかないような大志を、拳を握りしめて叫んでいる。
「そしてミーナさん! あなたの焼くパンは、本当に素晴らしい! まるで太陽みたいに温かくて、優しくて……僕、あなたのパン、世界一だって思ってます!!」
突然、ミーナへの熱烈な賛辞まで始まった。彼の心は、自信の緑と情熱のオレンジ色が、信号機のように激しく点滅している。
(こ、これは……まさか……あのハーブティーのせい……!?)
ルカは、ようやく事態を把握し、血の気が引くのを感じた。フィリアンネの言っていた「心をリラックスさせ、素直な気持ちにさせる」というのは、どうやら大幅に控えめな表現だったらしい。これは、感情のブレーキを破壊し、本音と建前の境界線を完全に取り払ってしまう、とんでもない代物だったのだ!
「み、皆さん、落ち着いて……!」
ルカが慌てて止めようとするが、感情が爆発してしまった三人を止める術はない。
「そうだ! この感動を、街の皆にも伝えなければ!」
「うおおお! 俺の魂の叫びを聞けー!」
「世界一のパンの素晴らしさを、僕が証明します!」
三人は、何やらよく分からない使命感に燃え、ルカの制止を振り切って、工房を飛び出してしまった!
「あーーーっ! 行っちゃった! どうしよう……!」
ルカは頭を抱えた。あの三人が、あのテンションで路地裏に解き放たれたら、一体どんなカオスが待ち受けているというのか……。
***
ルカの悪い予感は、的中した。
路地裏では、突如として始まった「本音だだ漏れフェスティバル」に、住民たちは困惑と爆笑の渦に巻き込まれていた。
「おーい! 肉屋のオヤジ! お前のところのソーセージ、まあまあ美味いじゃねぇか! もっと自信持って売れや!」
ゴードンが、普段は「脂っこい」と文句をつけている肉屋の店主に、なぜか上から目線でエールを送っている。
「まあ! 奥様! その帽子、とってもお似合いですわ! まるで春の女神様みたい! どこでお求めになったの!?」
ミーナが、井戸端会議中のマダムたちに、異様なテンションで絡んでいる。
「エルマンの爺さん! あなたの時計にかける情熱と精密な技術! まさに職人の鑑です! 僕も、あなたのような素晴らしい職人を目指します!」
フィンが、たまたま通りかかったエルマン老人の手を握り、熱く語っている。
他にも、「あんたのところの娘さん、綺麗になったなあ!」とか、「最近、ちょっと太ったんじゃないか?」とか、普段は口に出さないような(そして、言うべきではないような)本音が、あちこちで飛び交い、路地裏は前代未聞の混乱状態に陥っていた。
ルカは、住民たちの心に渦巻く、困惑(?マークの染み)、驚き(!マークの染み)、そして若干の面白がり(虹色のキラキラした染み)を【ハート・スコープ】で感じ取りながら、ただただ頭を抱えて走り回り、三人を止めようと試みるが、感情リミッターが外れた彼らを止めるのは不可能だった。
(誰か……誰か助けて……フィリアンネーーーっ!!)
ルカが心の中で絶叫した、まさにその時。
「あらあら、これは……随分と賑やかですこと」
噂をすれば影、というべきか。用事を終えたフィリアンネが、優雅に(しかし、どこか状況を楽しんでいるような表情で)路地裏に現れた。
「フィリアンネ! 大変なんです! 僕が作ったハーブティーが、その……!」
ルカが涙目で事情を説明すると、フィリアンネは「ああ、あの『魂の活性化』のブレンドですね」と、こともなげに言った。
「少し、配合を間違えたか、私の記憶が曖昧だったようですわ。まさか、現代人にここまで強く作用するとは……うっかり、ですね♪」
彼女は、ぺろりと舌を出して微笑んだ。
(うっかり、で済まないですよぉぉぉ!!)
ルカは心の中で再び叫んだ。
しかし、そこは流石のフィリアンネ。彼女はすぐに懐から別の小瓶を取り出した。中には、土のような、少し苦味のある香りのする粉末が入っている。
「まあ、仕方ありませんわね。これは『鎮静の根』の粉末です。少し香りが強いですが、高ぶりすぎた感情を穏やかにする効果があります」
フィリアンネは、その粉末を小さな香炉で焚き始めた。独特の、しかし決して不快ではない、大地を思わせるような落ち着いた香りが、路地裏にゆっくりと広がっていく。
すると、あれほどハイテンションだったミーナ、ゴードン、フィンの三人の動きが、徐々に鈍くなっていった。彼らの心から溢れ出ていた過剰な色の光も、次第に落ち着きを取り戻していく。
そして、数分後。
三人は、まるで長い夢から覚めたかのように、ぽかんとした表情で立ち尽くしていた。
「……あれ? 私、何を……?」
「……さっきまで、なんだか妙に熱くなっていたような……」
「……僕、何か失礼なことを口走っていませんでしたか……?」
やがて、自分たちが何をしていたのかを思い出したのだろう。三人の顔が、みるみるうちに真っ赤に染まっていく。特にゴードンは、普段の威厳はどこへやら、耳まで赤くなり、俯いて地面の石畳の数を数え始めた。路地裏の住民たちも、何事もなかったかのように(しかし、明らかにニヤニヤしながら)それぞれの持ち場へと戻っていく。
***
翌日。工房『星見草』には、若干、気まずい空気が流れていた。
「……ルカさん、昨日は、その……大変、失礼いたしました……」
ミーナが、小さな声で謝ってくる。
「……いや、僕の方こそ、変なものを飲ませてしまって……本当にごめん」
ルカも頭を下げる。
ゴードンとフィンは、朝から工房に籠もりっきりで、顔を合わせようとしない。まあ、無理もないだろう。
ルカは、今回の件を深く、深く反省した。そして、フィリアンネに向かって、懇願するように言った。
「フィリアンネ……お願いですから、ハーブのレシピの効能は、ちゃんと正確に教えてください……。あと、『うっかり』は、ほどほどにしてください……」
フィリアンネは、優雅にお茶をすすりながら、悪びれる様子もなく微笑んだ。
「ふふ、ごめんなさいね、ルカ。でも、たまには、ああして皆さんの隠れた一面が見られるのも、面白いではありませんか?」
(面白いで済まされたら、たまったもんじゃないですよ……)
ルカは、心の中で盛大にため息をついた。
この「感情爆発ハーブティー事件」は、その後しばらく、路地裏の語り草となった。しかし、不思議なことに、この一件をきっかけに、路地裏の雰囲気は、以前よりも少しだけ、風通しが良くなったような気もした。普段は言えない本音や感謝の言葉が(意図せず)飛び交ったことで、かえって互いの理解が深まった部分もあったのかもしれない。
ミーナとルカの関係も、あのストレートすぎる告白(?)のおかげで、恥ずかしさを乗り越えた先にある、新たな親密さへと進んだような……気がしないでもない。
まあ、何はともあれ、工房『星見草』のハーブティーは、用法・用量を守って、効能をよく確認してから飲むべきだ、という教訓だけは、ルカの心に深く刻まれたのだった。




