転生キャンセル界隈
風呂キャンのように、異世界転生を面倒に感じる人もいる。これは、そんなお話です。
少しでも笑っていただけたら、嬉しいです。
(ん、どこだ…… ここは? )
真っ白くだだっ広い空間に1人の少年が倒れていた。
(あぁ…… そう言えば、俺は自殺したんだ……。じゃあ、ここは天国? いや、自殺した人間は天国に行けないと聞いたことがある。じゃあ、地獄か? まあ、いいや……。死んだんだし……)
その少年は、そんなことを考えながら、再び目を閉じた。
すると、そこへ白く長い髭を蓄えた、いかにも神様といった風貌の老人が現れた。
「ほぉっほぉっほぉ~ お主、ここがどこか、気になっているようじゃな? 」
「……」
「ここは天国でも地獄でもない……。お主がいた世界と異世界の狭間にある場所じゃ」
「……」
「そして、ワシはこの狭間の世界を司る番人じゃ…… って、聞いてる? 」
少年は、番人の言葉を全く聞いている様子がなかった。
「え、無視? ねぇねぇ、ちょっと聞いてよ~。ワシの声、聞こえてるよね? 」
それでも、少年は何も言わず目をつぶり続けていた。
「な、なんなん? 初めてなんだけど……こんなの。どうする……? とりあえず、マニュアルを見てみるか……」
番人はそう言うと、『異世界転生マニュアル』と表紙に書かれた本を取り出した。
「え~と、目次、目次……。ていうか、何の項目で探せば良いんじゃ? ん、これか……『転生者に無視されたときのQ&A』」
番人は「異世界転生マニュアル」のページをペラペラめくっていった。
「ん、ここか。 え~と、何々……」
『どんなときでも平常心で対応しましょう。』
(うん、そうじゃな、平常心、平常心……。)
『後は、諦めない気持ちが大切です』
(うん、番人……諦めない!)
『それでは、頑張って~笑』
「な、なんじゃ、そりゃ!!」
番人はマニュアルを床に叩きつけた。
「なんで、精神論しか書いてないんじゃ!! しかも、全然Q&Aになってないし!」
番人は何度もマニュアルを踏みつけた。
すると
「うるさいなぁ~」
少年がそう言って起き上がった。
(え? 起きた……。まさか、マニュアルにこんな効果があろうとは…… ワシ、驚きじゃ! )
「えへん、お主、ここがどこかお分かりかな? 」
「いや……別に、どこであろうが興味ないんだけど…… あんた、何? 俺、死んだんだから、早く楽にさせてくんない!?」
「番人、ぴえん……」
「いや、俺の方が『ぴえん』だよ! 『ぴえんの向こう側』だよ!」
「え、何それ? 『ぴえんの向こう側』って、どういう意味じゃ?」
「どーでもいいだろ! すんげぇ悲しい感じだよ」
「ほうほう……」
「で、あんた……何の用? 早く言ってくんない?」
「お主は死んだんじゃ。だから、これから異世界に転生して、新たな人生を歩み出すのじゃ」
「はぁ~」
少年は深いため息をついた。
「なんで? 折角、死んだのに、また人生をやり直さなきゃいけないの? めんどくさっ…… 俺、自殺したんだよ! 分かってる、じいさん!?」
(えぇ~? ここって、ワクワクするところじゃないの? なんで、キレてるの…… そ、そうじゃ! こんな時は『異世界転生マニュアル』じゃ)
番人は「異世界転生マニュアル」を拾い上げ、ペラペラとページをめくった。
(ほうほう、なるほど…… これは良いセリフじゃ)
番人は、該当のページを見つけ、そこに書いてあったセリフを読み上げた。
「てめえの命は、なくなりました。新しい命をどう使おうと私の勝手なわけだすじゃ」
「いや、そんな地球外生命体と戦う、デスゲームの始まりみたいなセリフを言われても、やる気にならないだろ!」
少年がそう言うと、番人はしゅんとした。
「しゅん……」
「いや、だから……早く天国なり地獄なりに送ってくれよ!」
「わ、分かった…… 分かったのじゃ。一旦、落ち着くのじゃ。じゃあ、こういうのは、どうじゃ。お主が異世界に転生するなら、レベルが爆速で上がるチートスキルを授ける」
「いやいや、レベルって……。爆速で上がっても努力しなきゃいけないじゃん。コツコツやるのは、無理!」
「じゃあ、最初は不遇だと思われたスキルが、使い方によっては最強になる」
「それも無理! 最初が不遇なんでしょ。そんなのめんどくさいじゃん! 」
「じゃあさ……こんなのは、どうじゃ? 元の世界での知識を活用したら、異世界で無双できる」
「それもダメ! 俺、元の世界での知識なんて、全く無いもん」
「またまた~、嘘じゃ~ 何かしらあるでしょ? 料理が得意とか、理系科目が得意とか……」
「いや、マジで……何も出来ん。ちょっと、悲しくなるから止めてくれる。死んだ後まで傷をえぐらないで……」
「じゃあ、悪役令嬢……」
「却下」
「早い……『却下』が早い……。なんでじゃ!? 『悪役令嬢』は、流行ってるんじゃぞ。しかも『TS』じゃぞ? 」
「いや、悪役令嬢って断罪されるじゃん? どうやって回避しようって、考えるのがめんどくさい」
「そうか…… 番人、八方塞がりじゃ……。ぴえんの向こう側じゃ」
「早速、使うなよ……。そもそも、なんでじいさんなの? 普通、こういう時って女神様なんじゃないの?」
「い、痛たたた…… 痛いところを突くのじゃ。実は……産休中なんじゃ」
「さ、産休? 女神にも産休あるの?」
「そりゃ、あるじゃろ……。神だからといって、産休が無いのは不公平じゃからな……。おっと、そんな話をしている間に、そろそろ時間じゃ。次の転生者が来る頃じゃ」
番人はそう言うと、右手を振りかざした。
すると、扉が現れた。
「とりあえず、この中に入っていてくれ。待合室のようなものじゃ。転生先は、後からじっくり話そう」
番人がそう言うと、少年は扉を開けた。
すると、中には10人くらいの人がいた。
「お主と同じように、異世界転生を嫌がった者達じゃ。女神が産休中だから、ワシが2倍頑張っているのじゃ……ぴえん」
少年は待合室の中に入り、扉を閉めた。
(いや~ 仲間がいるって安心するな~)
少年は、そう思った。
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