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相談

「ただいまおかえり。アオフリヒさま、おかえりなさいませ。リーヴルもおかえり」

「ぜんぶおまえが言うのか」

「ぼくが言わなきゃ、ほかにだれが言うんですか?」


 独り言のように帰宅報告とその返事を口にすると、アオフリヒ様があきれをにじませた視線を向ける。

 そうは言っても、と言うやつだ。

 日本人の気質なのか、せっかく帰ったのに無言で入るのも何か違う感覚があるし、かと言って『ただいま』だけを言っても虚しいだけである。

 そもそも外にあまり出ないというのもあるけれど、普段からそうだが、自分を出迎える相手がいない。

 帰って来る返事がないのだから、自分がかわりに言うしかないだろう。


「リューゲがそれでいいなら良いが」

「それよりよるごはんですよ、アオフリヒさま。リーヴル、りょうりちょうは『いいよ』って言ってくれた?」

「はい、しっかりと」


 アオフリヒ様の言葉に、これも普通ではなかったか、なんて思いつつ、あからさまに話を変える。

 実際、自分に対して返事がないこと程度、どうだっていいし。

 独身時代の一人暮らしでも似たようなものだった。

 まあ、前世では自分以外からの返事があったらそれはそれで怖かったのに、今では返事のない方がさみしいのだが。

 これで、屋敷のなかにいるとき誰も見かけない、なんて風なら寂しさもなかったんだろうが。


「中途半端に人がいるからなのか……?」

「リューゲ……全員解雇するなんて言い出さないだろうな」

「しませんよ。そんな権限もないですから」


 つい、小さくこぼれた独り言に、アオフリヒ様はそんなことないよなと言いたげな視線を向ける。

 自分が庶民で、家に関する実権を自分が握っているのならまだしも、そんな権限が自分にない上、貴族としての責務があるのは前世も今世も変わらないだろう。

 それに、今はアオフリヒ様やリーヴルがいるのだ、周囲の対応もさほど気にならない。

 さすがに、ご飯が配膳されないなんてことはないしな。


「なら良いんだが」

「アオフリヒ様には僕がそんなことをするように思えるんですか?」

「オレとリューゲの関わりはまだそう深くないだろう。ないとは言い切れない」

「心外です」


 顔立ちはエーヴィヒ王国民でも、心根は立派な日本男児だと言うのに。

 と、心のなかで抗議してみるが、仮にそれを言われてもわからないであろう彼には言う甲斐もない。

 そんな事を考えられているなんて思っても見ないだろう。

 現に、アオフリヒ様はこちらに気を回す様子もなく、考え込むようにして顎に手を添えている。


「そういえば、リーヴル」

「いかが致しましたかな?」

「はくしゃくはきょうも、ともにしょくじをとらないのか?」

「おそらくそのようにされる予定でございましょう。必要ならばお呼びいたしますが」

「いや、いい。きになっただけだ」


 不意に顔を上げ、リーヴルに確認を取る。

 父上が一緒に夕食を取らないのは、アオフリヒ様が来る前後で何も変わらない。

 アオフリヒ様が来たし、食事くらいは一緒に取ると、来た当日には思ったが、そう簡単なことではなかったらしい。

 そもそも、社交界に出たがらない父上が、体の良い断り文句(おしごと)を前にして、わざわざ一緒に食事をとるわけがなかった。

 別にいいけどね。

 兄上が学園に行ってしまってからアオフリヒ様が来るまではひとりさみしく食べてたし。


「ねぇリーヴル、よるごはんまであとどのくらいかな?」


 ココだけの話、料理完成間近のキッチンに行くと、つまみ食いさせてくれたりするのだ。

 もちろん、自分の料理から切り分けているようなので、つまみ食いと言って良いのかは定かではないが。


「今から食卓に向かいますと、少しお待ちいただければすぐに提供できるかと」

「キッチンをみてきてもいいかなぁ?」

「その程度でしたら構いませぬ」

「おじゃまになったりしない?」

「問題ないでしょう」


 リーヴルからお墨付きと昼ご飯を入れていてバスケットをもらい、一直線にキッチンへ向かう。

 アオフリヒ様には悪いが、先に食卓の方へ行っていてもらおう。

 アオフリヒ様の要望は山の方から飛ばしていたため、肉料理なのはわかるけれど、どんなものかまではわからないので楽しみだ。

 肉料理と聞いて出てくるのはどれも日本で食べた庶民感漂う料理で、間違っても西洋風の国の貴族が食べるものではない。

 うまいんだけどな。

 キッチンに到着し、入口から顔を覗かせる。

 ジュウジュウと肉の焼ける音と、いい香りが部屋に広がる。

 キッチンでは料理長含む何人かが忙しなく動いていて、邪魔にならないよう気を付けて移動しながら料理長のそばに向かう。


「リューゲ坊っちゃん! 来たんですね」

「きちゃった。これおひるの。きょうのよるごはんはなぁに?」

「ありがとうございます。今日のメインは豚肉のステーキにしてあります。なんでも、第二王子殿下のご所望だとか」

「そう。きょうはやまのぼって、つかれたから、おにく食べたいねって」

「そうだったんですか。それで、坊っちゃんは今日も味見(アレ)しに来たんですかい?」

「うん、つまみ食い(あれ)しにきたの」


 こちらに気づいたらしい料理長と話しながら、バスケットを渡す。

 渡すタイミングは今じゃなかったように思うが、今の身長だと空いた所に置こうとしたら他のものを倒して散々なことになる未来しか見えない。

 ニカッと人好きのする笑顔を浮かべながら訊かれた料理長の質問に、何かを企んでいそうな笑顔で返す。

 料理長からはいたずらっ子のような笑顔としか思われてないんだろうけど。


「はい、どうぞ」

「ん! あつ、おいしい!」


 料理長が一口サイズに切ってくれた、焼けたての肉をそのまま口の中へと放り込む。

 少し冷ますべきだったかも、と後悔しつつも、なんとかその肉を咀嚼する。

 噛むごとに肉に閉じ込められていたらしい肉汁があふれる。

 いわゆる、頬が落ちそうになるというやつだ。

 まあ、貴族お抱えらしい料理の腕を持っているので、毎食このご飯なのだが。

 つまり、わかりきっていることなので、何回言っても無駄ということ。


「そりゃ良かったです」

「こんなおいしいごはんがたべれないあにうえはかわいそうだなぁ」

「あっはっは、坊っちゃんは人を褒めるのが上手ですねぇ」


 本心からの言葉なんだが。

 そうは思っていないのか、料理長は快活に笑い飛ばす。

 まあ、人を褒めるのが上手だと言われて悪い気はしない。

 自他ともに認めるチョロい人間だったりするのだ、自分は。

 それはそれとして。


「おひるごはんもおいしかったよ」

「簡単なサンドイッチでしたけど、それでも喜んでくれてよかったです」

「あ、ごはん、そろそろできるよね? しょくたくにいってるね」

「はい。そう待たせずにお出しできると思います」

「たのしみにしてるね!」


 ばいばい、と手を降ってキッチンを出る。

 ステーキなら牛肉のほうがいいなぁ、とは思うが、どうやら牛肉を食べる習慣はあまりないらしい。

 この世界だからなのか、この文明だからなのかはわからないが、肉といえば豚肉だそうだ。

 そのうち生ハムの原木とか見てみたいものである。

 前世も含めて、一回も原木を生で見たことがないし。

 途中でリーヴルとすれ違いつつも、ようやく食堂へ到着した。


「お待たせしました。あと少しらしいです」

「そうか。リーヴルは書庫に戻ったぞ」

「リーヴルとは先ほどすれ違いました。メイドは近くにいないと思います。今ここにはいませんし、もう来ないかと」

「じゃあ、今後の行動についてでも話さないか?」


 隣に座れと言わんばかりに、机叩くアオフリヒ様。

 逆らう必要もないため、ガタン、と音をたてて椅子を引き、その席に座った。

 一応部屋は見回すが、やはり人はいないらしい。

 どこまで自分を侮ったら気が済むんだか。

 いないで困るものでもないが、よく考えてみると、この時間帯に担当する侍従はサボっていることになるのか。


「第二王子殿下、リューゲ坊ちゃん。本日のお料理でございます」


 ガラガラと食べ物を乗せたカートを鳴らし、料理長が直々に食べ物を持ってくる。

 コース順ではなく、どうやら複数の料理をまとめて持ってきているらしく、一台のカートに複数の皿が乗っている。

 普段ならそれでいいと伝えているからだが、アオフリヒ様がいる最近ではその様子もなかった。

 おそらく、今日まとめて持ってきたのはリーヴルの采配だろう。


「申し訳ありませんが、本日は一部を除き、すべて同時に持って越させていただきました。本日の前菜は――」

「じかんがないのなら、もうもどってかまわん」


 せめて料理の説明をと口を開いた料理長に、アオフリヒ様が言葉を被せる。

 アオフリヒ様が遮ったのは、おそらくできるだけ早く人を遠ざけたかったのだろう。

 料理長からしても、これから片付けたりなんだりをしなければならないことを考えると、双方にとって悪いことではないはずだ。

 でも確か、料理長は料理の説明を嬉々としてしたいタイプかもしれないから、色々終わったらあとで話を聞きに行ってあげよう。

 将来どうなるにしても、現時点で自分の味方になってくれている人を手放したくはないからな。


「ではせめて、料理名だけはご紹介させていただきます。スープとして根菜類とフランクフルトソーセージのコンソメタイプとバゲット、肉料理(ヴィアンド)として豚のステーキをご用意させていただきました。1時間後にソルベとしてヨーグルトを、それから紅茶をご用意させていただきます」

「わかった」

「ありがと」


 アオフリヒ様と自分の目の舞に三つの皿を置きながら、料理長は一品ずつ紹介していく。

 コンソメスープと言うより、ポトフに近いのか、ジャガイモや人参が大きめに入っている。

 豚肉ステーキはさっき食べたとおりだけど、美味しかった。

 生姜焼きとか教えたらすごく美味しく作ってくれるだろうなと思うほどだ。

 料理を配膳し終えた料理長は、一礼して食堂を出ていった。


「それで、今後について話すのは構いませんが、例の件について、どこまで関わるつもりなんですか?」

「どこまで、か。それは考えていなかったが、残りはどこまで伯爵に任せられそうだ?」

「そうですね、今日リーヴルが父上に報告したとして、父上が行動を起こすまでに時間がかかるでしょうし、起こしてからも解決までにはさらに時間がかかります」


 魔術陣を消すための人、安全確認、それから実行犯を特定して、狙いを問いたださないといけない。

 父上がその話をすんなり聞き入れるとは思えない。

 リーヴルの口から告げられれば、多少マシとはいえ、だ。

 本当にそんなものを見つけたのか、たかが子供が? なんて言い始めるかもしれない。


「ですが、リーヴルの意見なら、彼は元執事長ですから聞き入れるとは思います。それでも行動を早めたいのなら、多少のお膳立ては必要かもしれません」

「ふむ、では、伯爵が想定より動かなかった場合、リューゲはどうするべきだと思う?」


 具体的な策でなくても構わん、とアオフリヒ様がひと言添える。

 とはいえ、自分には何かを人質に取って動かす方法しか思いつかないし、無関係な人を人質に取ったところで意味はない。

 四年後に雪崩が起こるし、それで兄上が死ぬかも、なんて話は聞き入れられるはずがないし。


「見当もつきませんね」

「お前がか?」


 嘘だろう、と言いたげな視線をこちらへ送る。

 思いつかないことは本当だし、そういう策略を張り巡らせるのはアオフリヒ様のほうが得意なのではないだろうか?

 少なくとも、ゲームの第二王子はそういう、底意地の悪いやつな印象だったし。

 自分がこういう場面で力になれるとは到底思えないんだが。

 適当な嘘をついて見破られた経験が自分にはあるし、アオフリヒ様は見破った経験がある。

 逆を返せば、アオフリヒ様が策を練れば、大体の人はハメれるのではないだろうか。


「四年後に雪崩が起こるので早めに解決してください、なんて言っても『出涸らし』の戯言なんて言われておしまいです」

「オレが言ってもか?」

「第二王子殿下は被害妄想が激しいらしいと言われるだけでしょう」


 父上にとって自身の信頼が皆無に等しいのはもちろん、アオフリヒ様もその頭脳は現場で発揮されてみないと分からないから、端から見ればただの五歳でしかない。

 理論立てて申告しなければ、子どもの話など耳も貸さないだろう。

 やはり、リーヴルが説得してくれることを祈るしかないか。

 さすがの父上も、そこまで耄碌していないと思いたい。

 領地に関係すること、それも放置すれば損してしまう未来があるとなればなおさら、行動は早くなるはずだ。


「父上の気質を逆手に取れば、と思ったのですが」

「伯爵の気質か……。確かに、一番可能性があるのはその線だな」


 食事の手を留めたアオフリヒ様は、周囲のことをすべて忘れ、深く考え始めた。

 気質と言っても、自分は父上のことを案外よく知らない。

 父上の優先順位は上から領地、自分、兄上、領民、そして屋敷の侍従の順だろう。

 父上が優先するもののなかに自分が存在していなさそうなのは、侍従と自分の対応の差から察することができる。

 つまり、よくある〝愛する子どもの願いだから叶えてやろう〟は使えないわけだ。


 リーヴルに説得してもらうのが一番の近道かな。


 アオフリヒ様のように考えてはみたが、自分の頭脳ではいい案は出ず、諦めて料理を堪能することにした。

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