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登山

「それでは参りましょうか、リューゲ坊、第二王子殿下」

「うんっ」

「ああ」


 料理長が作ってくれた三人分のバスケットを片手に、リーヴルは微笑む。

 こういうとき、空間魔法やら収納魔法やら、そういう便利魔術があればよかったのだが、この世界にそんな便利なものはない。

 強いて言うなら、空の神(シエル)とかいう人の属性に当たるのだろうが、今できる程度なら真空室が限度だろうけど、それも難しいかな。

 そもそも、風の概念はあっても、空気の概念はないみたいだし。

 過去の遺物に転移門がある時点で、その門が作られた時代には収納魔法とか空間魔法があったんだろうけど。


「山は遠くありませぬ。なので徒歩で向かおうと思っておりますが、よろしいですかな?」

「オレはかまわん」

「リーヴルにまかせるよ」


 リーヴルの質問へ、アオフリヒ様と共に肯定の意を示す。

 街――田舎だから村か――を出歩くのも久しぶりだし、たまには貴族らしくない歩き方をしてもバチは当たらないだろう。

 貴族らしさを心がけると肩が凝るし、何よりめんどくさい。

 つーか、父上はどうせ自分のことはそのうち廃嫡するつもりだろうし、気にしなくていい気もするけど。

 つっても、リーヴルはそんなことないって言うんだろうな。

 将来どうなるかなんて、この世界だと余計にわからないからな。


 これから行く村は伯爵家の直轄地とは思えないほど、人口が少ない。

 ノルデン伯爵家の領地といえば、国を四分割したうちの王都を除いた北側全体だが、そのうちの大部分は他の貴族に管理を任せている。

 それでも、ノルデン伯爵家は北族に対する防衛も兼ねているから、一番北は他の貴族にも任せられない。

 王都から遠く離れてしまうのも、まあ仕方がない。

 おかげで例の山――正式名称をヴァルク山というのだが、それに登りに行くのも大変ではない。

 ヴァルク山は西側のヴェスト伯爵領、ノルデン伯爵領、北族地域の三地域に跨って分布している。

 通常なら山越えなんてしなくても、直接王都に向かうか、東側のオスト伯爵領に出れば問題なさそうに見えるが、平民がわざと冬に山越えをするだけの理由がそこにある。


 ノルデン伯爵家はかなり特殊な地域性をしている。

 〝ノルデン領といえば山岳地帯〟と呼ばれるほど、山が多い。

 二つほど山脈が東西に伸びている上、標高の高い山がそこここに点在している。

 直接ヴェスト伯爵領かオスト伯爵に出るのが一番楽だと思えるほどだ。

 オスト伯爵領はまた別のトラブルがある。

 東側だからなのか、日本のような温泉文化がある。

 つまるところ、火山と地震が多い。

 山自体はそう多いわけではないんだが、そのほぼ全てが活火山で、つまり被害に遭う可能性がかなり高い。

 そんなところに行きたくはないだろう。


 だが、東側には海がある。

 海産物も豊富だと言うし、元日本人としてはそのうち行ってみたいものだが、貴族である限りは難しいだろう。

 東側に行くのはやめておけとやんわり止められるに違いない。


 ちなみに、自分が適性検査をしに行く際使った転移門は貴族にしか利用を許可されていない。

 それは、転移門の根幹ともいえる高純度の魔結晶が消耗品であるのが理由である。

 魔力が結晶化したものが魔石だが、自然に生成されたものは特に鉱石などの不純物が混じっていることが多い。その分品質は落ちるし、消耗も早い。

 用途にもよるだろうけど、大抵は純度が高いほど消耗は少なくなり、長く使えるのだ。

 人工魔結晶が一番高いのもこれが理由である。


「そう言えば、リューゲの兄ぎみは山をとおると聞いたが、なぜそんなことを?」

「本心は分かりかねますが、ミルト坊は我らのような平民にも分け隔てなく接しておられます。おそらく、平民と共にあの道を歩むのはミルト坊のささやかな楽しみなのでございましょう」


 本心も何も、兄上は父上と違って博愛主義者だし、それが全てだと思うけど。

 道中、アオフリヒ様に返したリーヴルの回答に、心のなかで首を傾げる。

 確かに、兄上も貴族だから腹の中は隠す方だろうけど、さすがに家の中にいる間の気質まで取り繕う必要なんてないし。


「ほう? ならばかれがはくしゃくになった時がたのしみだな」


 片眉を上げ、心なしが弾んでいるように聞こえる声でアオフリヒ様はそんな事を言う。

 兄上が伯爵の座につけば、確かに領地は良くなるだろうけど、だからってそんな楽しみにすることなんだろうか。

 にこりと口角を上げたリーヴルは、話を切り替えるためにパン、と手を打った。

 気づけばヴァルク山に到着していたようで、リーヴルはその山に関して説明を行う。

 今の時期は夏だから一部立ち入れない区域が存在することや、北族らしき怪しい人影を見たらすぐに言うこと、リーヴルの目の届く範囲にいることなどと言われた。

 俺の中身は大人だし、いくら子どもでも、わざわざ言われなくてもわかってるのに。


「分かりましたかな?」

「はぁーい」

「りょうかいした。では入るか」


 彼の一言で、ヴァルク山に足を踏み入れる。


 整備された山道に沿って歩いてみるが、特に不審な点は見当たらない。

 さすがに今は雪も積もっていないし、案外木も青々と茂っている。

 麓の植生は落葉広葉樹、上に行くと常緑針葉樹ってところか。


 針葉樹の方がまっすぐで木も柔らかいから、こっちを伐採している……はず。

 前世でもツンドラで有名なロシアやカナダ、後はスウェーデンが家具をよく売っている印象が強いしな。

 今回見つからなかったら、林業をしてくれている人に変なものを見なかったか訊くのもアリか。


「お前のところの司書(リーヴル)、かなり有能だな?」

「元執事長だそうです。一番有能で、一番信用できます」


 後ろを歩くリーヴルに聞こえないよう、少し声をひそめて話すアオフリヒ様に、彼の略歴と自分の印象を告げる。

 確かに有能だ。そのうえ、不用意にこちらのことを探ってこない。

 俺みたいな出涸らしにも顔色一つ変えずに対応する。

 屋敷のことなら何でも知っていて、尋ねれば何でも答えが返ってくるとくれば、それ以上言葉を尽くさなくともその有能さがわかる。


「それはそうと、アオフリヒ様、微細なものではありますが、そこからあちらへ向かって魔力が不自然に流れていますが、確認しますか?」


 目の前を横断するように流れる魔力の流れを指し示しながら伝えると、アオフリヒ様は立ち止まって考え込む。

 まだ中腹にも差し掛かっていない今、黒龍のことを心配する必要はないだろう。

 だが、明らかに不自然な魔力の流れが見える。

 微細なものだから魔力自体が見える人ならおそらく気づけないであろうそれ。

 魔術視って思ったより便利だな。

 なんの魔術なのか判別がつかないから、実際に使われてるところを見てみるしかないんだけど。

 うっすら赤色になっているから、攻撃系の魔術なんだろうが、そのことしかわかんねぇな。


「何か不都合がありましたかな?」

「ああいや、ふかいりゆうはないんだが、ここから上にまっすぐ行ったら何があるのかとおもってな」

「それならば、作業者用の山小屋がございます」


 少し考え込んでから思い出したような反応を見せるリーヴルに、アオフリヒ様がそうかと短く返事を返す。

 確かに、作業者用というからには倉庫のような役割も果たしているだろうし、ごちゃごちゃした中に何かしらの魔道具が入っていてもおかしくはない。

 もし化するとその中に、雪崩を引き起こすような魔道具も紛れているかもしれないというわけだ。


「やまごやか……。そこまで行ってみたいのだが、かまわないか?」

「構いませぬが、殿下の楽しめるような事はありませぬ」

「もんだいない。オレがいきたいからいくだけだ」


 案ずるなと言いたげに胸を張るアオフリヒ様の後を追うようにして、魔道具の設置されていそうな山小屋へと足を向けた。


 山道を登ること数時間。

 すっかり息を切らしてしまった自分たちを横目に、リーヴルは涼やかな表情で周囲の確認をする。

 下にあるとはもちろん思ってなかったが、それでも疲れるほどだとも思っていなかった。

 やはり五歳の体で登山をするのは馬鹿のすることだっただろうか。


 夏とはいえ、元から他地域より冷涼な気候なことに加えて木陰もあり、避暑地としては完璧な場所なはずなのだが、ここにあるのは山小屋が一つ設置されているだけである。

 実際、ここを避暑地として活用しようとしているわけではないので当然と言えば当然なのだが。

 山小屋はログハウスのように丸太を重ねて作られたものだが、物置小屋として設置されているだけというのがわかりやすいほどに手入れがされていない。

 麓の方で見かけた赤い魔力の流れは確かに小屋の中へ吸い込まれている。


「お昼にいたしましょうか?」

「ああ、そうだな。たしかにじかんもちょうどよさそうだ」


 リーヴルの提案に、太陽の位置から時間を大まかに把握したらしいアオフリヒ様は、その提案を受け入れる。

 そう言えばリーヴルって、三人分のお昼とレジャーシート代わりの布を持って歩いてたんだよな……?

 リーヴルだけ明らかに体力が桁違いな気がするんだが、気のせい……だよな?

 これが一般的な大人の体力なんだよな……?

 前世の自分もこのくらいあったよな……?


「準備いたしますので、少々お待ちくださいませ」


 少々、とは言いつつも、あっという間に準備を終えたリーヴルは、にこりと笑顔を浮かべて座るように促す。

 少し待ってくれと言って本当に少しだけなことってあるんだ。しかも敷いた布にシワ一つないし。


「はやくない?」

「素早くかつ丁寧に仕事を終えるのも、執事に求められる技能の一つでございますから。あやつも、もう少し熱心になってくれると良いのですが」

「ふぅん……? まあいいや、リーヴルもいっしょにに食べよ」


 彼のボヤキには聞かなかったフリをしつつ、近くに座れと布を軽く叩く。

 小屋で床に座るような人が、執事も一緒に座ることを許さないはずがないし、問題ないだろう。

 ああでも、念のために確認を取っておいたほうがいいか。


「アオフリヒさま、リーヴルもいっしょに食べていいですか?」

「かまわんが、いちおう理由をきこうか」

「だって、ごはんはいっしょに食べたほうがおいしいですから」


 それに、一緒に食べたほうが時間の短縮にもなるしな、なんて頭の中で理由を付け足しつつ、それらしいことを言ってみる。

 一緒に食べたほうが美味しいというのが事実かは置いておくにしても、一般的にはそう言わているし、おかしなことではないはず。


「そういうことならよけいに、断る義理もないな。リーヴル、座るといい。どうせオレたち以外に人がいないのだから、礼儀も気にしなくていい」

「お二人のご厚意に感謝いたします」


 目を見開いたアオフリヒ様は、小さく笑みを浮かべて許可を出す。

 いつもの愉快そうな笑みとは違い、どちらかというと穏やかそうな。

 そんな表情ができるなら、普段からすればいいのにと思う。

 まあ、今の本題はそこじゃないし何でもいいけど。


「おひるごはん食べおわったらやまごやに入ってみますか?」

「すこし中に入ってみるか。おもしろいものが出てくるかもしれないからな」


 こちらの意図を察したのか、アオフリヒ様は愉快そうに頷いた。

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