発見
アオフリヒ様が屋敷に来てからの数日、ほぼ丸一日、通い詰めるようにリーヴルの待つ書庫へと足を伸ばす。
幸いにも、降水量や伐採量、災害が記録された書類が集まっているところはすぐに見つかったのだが、程よく求めているような結果を経た時期は見当たらない。
短くとも伐採量を増やしてから十年といったところ。
今回欲しいのは四年以上短いものだ。
そう前から別荘用の木材を集めている訳ではないにしても、相当多量の木材を出荷しているのか、それとも本当に土砂災害ではなくてただの雪崩だったのか。
雪崩が起こるパターンは主に二つ。
一つは、表面の雪のみが落ちるパターン。これを表層雪崩という。
積もった雪には、あとから降った雪によって押し固められた古い部分と、比較的最近降ったものでまだふかふかの表面にある新しい雪の二つだ。
この新しい方だけが落ちるのを表層雪崩という⋯⋯だったっけな。
もう一つは、すべての雪が落ちるパターン。これが全層雪崩。
文字通り、古いのも新しいのも全部が滑り落ちる。
たいてい雪が溶け始める時期――つまり、融雪期となる春先に多い。
以前兄上が話していた情報では、帰りは黒竜の目覚めの時期と重なる。
お金を落としていくという貴族の責務を果たすためにも、安全のためにも別ルートで学園へ戻ることがわかっている今、この出来事はおそらく長期休暇の初めの方だろうという推測が立つ。
そう考えると、雪崩が起こったのだとすれば、おそらくありうるのは表層雪崩。
となれば、土砂災害対策とすべきことは変わらないだろう。
表層雪崩が起こる条件は一定の温度以下の日が長く続くこと。それから、吹雪や強風。強風は、しっかりと地面に根を張った樹木なら十分耐え凌ぐことが可能だろう。
ただ、それを期待するならできるだけ早く対策を取ってもらわないと困る。
土砂と雪崩の区別がついていないのであろうこの世界でなら、出す証拠も同じでいいはずだ。
さすがに、馬鹿にし過ぎか⋯⋯?
いや、記録を見る限りはそう分けているようにも見えない。どれも『山崩れ』としか書いていない。
おそらく、中には自身による土石流なんかも入っているだろう。
山が活火山なのであれば、火砕流も含まれているかもな。
「――ゲ、おい、リューゲ!」
ゆさゆさと体を揺さぶられて、ようやく我に返る。
肩を掴んでいたアオフリヒ様は、呆れた様子でため息を一つこぼしてみせた。どうやら進捗を共有したいら良いのか、もう片方の手には書類の束が握られていた。
「ようやく気づいたか⋯⋯」
「申し訳ないです。それで、なにか御用でしょうか?」
「なにかも何も、記録だよ、記録。一通り目を通したが、ここ数年での伐採量は増えていないな?」
アオフリヒ様がこちらに見せるページには、確かにいままでとそう変わらない伐採量が記されていた。
希望的観測が含まれていたとは言え、四年後の出来事を今から対策するのは無謀だったか。それに、これでアオフリヒ様には嘘をついたことがバレてしまった。
いっそのこと全部話してしまうか?
いや、ストーリーの前段階から話がそれるようなことは避けたい。一旦話をズラすか。
「もう一度聞くぞ。どうして土砂災害が起こるとわかった?」
「⋯⋯正確には、土砂災害なのか雪崩なのか、区別はついてないんです」
「今の論点はそこではないはずだが?」
アオフリヒ様の責め立てるような鋭い視線が突き刺さる。
ずさんな方法で話をズラそうとしたことがバレたか。
これ以上彼に不誠実でいれば、今後の人格形成に関われなくなってくる可能性が出てくる。
彼を家に招いた時点で、彼と関わりを持たないという道はとうに塞がれているんだから、彼を真っ当な人間に育てる以外の道は元からないのに。
いや⋯⋯いくら事実だとしても、いきなりここはゲームで、そういう災害が起きますなんて言ったら、ただの頭おかしいやつだと思われて終わりだろ。
「なにか言えない事情があるんだな?」
それなら仕方ないと言わんばかりに頷くアオフリヒ様に便乗して、その言葉に肯定の意を示す。
別に絶対言えないってわけじゃないが、勝手に理解と納得をしてくれて助かった。
これがご都合展開ってやつか。それとも単に、アオフリヒ様の頭が良すぎるのか。
「だがそうなると、策を練り直す必要があるな。他に、何かわかっている情報はないか? 知っていることを洗いざらい吐け」
輩かよ。
「ええと、発生時期はおそらく四年後で、死者の数はわからないですが、生存者が一人だけ」
詰め寄るアオフリヒ様を前に、なんとかゲームの語りを思い出し、ひねり出す。
二周程度しかしていない自分が仔細を明確に覚えているわけがないのだが、それでも中心的なことはなんとか覚えている。
大手RPG会社と違って、一作限りかつ追加ダウンロードがなかったからか、公式ファンブックが存在する。
個人に関わることはその中の情報が大半だったりもするけど。
「生存者の名前はライム。平民の出自ではありますが、後々貴族の家に引き取られることになる⋯⋯はずです。母親は病弱で父親はいない。この土砂で天涯孤独の身となる少女です」
「だとすれば、相当大規模なものだったのか、通る人が少なかったのか」
おそらく通る人が少なかった可能性は低い。
明確に死者が大量だったと言われていた記憶はないが、大量に人が死んじゃったんだなぁと思った記憶はある。
それに、おそらく兄上はこのタイミングで死んだのだろう。でなきゃ、ゲーム内の自分が『伯爵家次期当主の』なんて言い方をしなかっただろうし。
わざわざ人通りが少ない時期に行けば、当然その道を通るお貴族サマもいないわけで、そうすると道中で魔獣とかが出た時に守ってもらえなくなる。
守るというか、おこぼれというか。
人通りの少ない時期といえば、だいたい春ごろから夏ごろだろうか。
春は冬眠から目覚め、冬の間に侵されたであろうナワバリを主張し直すから、あの道の九割完全にナワバリ内に入る。
入っていなくても、黒龍の圧力から逃げてきた魔獣とかち合う危険があるから、そもそも使えない。
夏頃にはナワバリの大きさは多少小さくなるが、道の三割くらいはナワバリ圏内な上、他の魔獣がよく闊歩しているので使えるけど危ない。
秋や冬になると更にナワバリが縮小されるから歩けるし、それにつられて魔獣も上に行くから出くわすことはほぼない。
だから、雪崩や土砂災害が起こるのは人通りの多い冬だ。
「人が少ない時期にあの道を通ってここまで来る必要はあんまりないと思います。たぶん、大規模なものである可能性が高いかと」
「確かに、一理あるな。では、その方向で話を進めよう」
にしても、四年後か⋯⋯とアオフリヒ様はぼやきながら考え込む。
さすがに、四年程度ではいくら伐採量が増えたと言ってもその量は限られているんだろうし、なにか別の理由を考えるべきなんだろうか。
でも自分は、雪崩を起こす魔術なんて知らないし、そんな物があるようにも思えない。
「山自体に何かトラブルの起こりそうなものがあるかもしれないな。明日、都合はつくな?」
「はあ……。まあ」
「なんだ、その気の抜けた声は。まあいい。明日、問題の山に登るぞ」
あきれたような声音を出しつつ、明日の予定を半ば強引に決められる。
実際、予定なんて合ってないようなものだったのだから、予定を立てられること自体は構わない。
とは言え、こうも横暴な決め方をされるのは目に余るものがある。
今回は自分が隠し立てしていたこともあるからどうこう言える立場ではないのだが。
「了解しました。料理長に明日のお昼を包んでもらうよう頼んでおきます」
「そうしてくれると助かる」
「それから、子ども二人だと安全が確保できないため、一人だけでも大人を連れて行ってはいかがでしょうか」
「もっともだな。とはいえ、オレには信頼できるような大人などいないぞ?」
「リーヴルに頼みましょう。彼は信頼……とまでは行かなくとも、信用ならできますから」
「そうか。ならばお前に万事任せる」
「は。ご用命承りました」
アオフリヒ様の指示に、かしこまって応える。
この言葉は貴族間における一種の合図のようなもので、正式に命令を受け取りましたと知らせるものだ。
とは言え、最近は廃れてきているようだが。
それも、ゲームで偉い人からの指示に『へーへー、わかりましたぁ〜』と返すプレイアブルキャラ同士の会話のためだろう。
もちろん、それだけではなくて気恥ずかしさや、風潮の変化なんてのもあるんだろうが。
「では、リーヴルに話をつけてきます」
「いい返事を期待している。オレは先に部屋に戻っているからな」
ふふんと満足そうに笑みを浮かべるアオフリヒ様は、自分の横を通り過ぎて図書室を出て行った。
扉の方へ向かう彼を見送りつつ、どうやって山に登るかの算段をつける。
アオフリヒ様は人為的に土砂災害が雪崩を起こすと見ていると思ってよさそうだ。
それが事実なら、今から大掛かりな準備していてもおかしくないけど、あるとしたらどの辺にあるんだろう?
そもそも、リーヴルになんていうべきだ?
もちろん、あの山に後々雪崩や土砂災害が起こるかもしれない何かがあるかもしれないから山に向かいたい、なんて事は言えない。
あやふやな上に、実際にあったらとても困る。
以前からの方針と変わらず、行ってみたら偶然見つけた、という体は崩したくない。
そんな気がする、そんな夢を見た、という言い訳も同様に避けたい。
仕事をしているところを見たい、という理由も、まんべんなく山を見られるとは限らない。
そもそも、山の頂上付近では黒龍が生活してるから、満遍なくってのは難しいのか。じゃあ一体どうしろと。
「リーヴル、あのね、アオフリヒさまとあのやまにのぼりたいんだけど、ついてきてほしいの」
「私でいいんですか、リューゲ坊?」
「リーヴルがいいの。だって、やまにのぼったらちちうえはおこるもん。だから、ひみつなの」
しー、と人差し指を立てて、耳打ちするように伝える。
山に入ったところで、父上なら気にもとめないだろうが。
むしろ、自分だけだったなら死んだところで、という感覚すら持っていそうだ。
「アオフリヒさまはいーよっていってくれたし……。おねがいっ! だめ、かなぁ……?」
「いいえ。そういうことでしたら、ご一緒させていただきましょうかな」
和やかに微笑みながら頷いてくれたリーヴルに安堵しつつ、お礼を言って図書室を後にした。




