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休養

 家に帰ってから数ヶ月後。いよいよ今日、アオフリヒ様がノルデン領――わが家に来るそうだ。

表向きの理由は学習と静養、友人関係の構築のためらしい。友人関係の構築ってなんだよとは思ったが、年齢と頭お花畑が混じっているこの状況なら、辛うじて通じそうな理由ではあるため、何も言わないでおいた。

対外的に見るならば、このことは我が家は第二王子派閥に属していると明確に示す行為でもあるが、父親は特に何も気にしていないようだった。


 もっと気にしてくれても良いように思うが、その無関心さに助けられているところもあるため、言及するにしづらい。どうやら、父親の専属でもある筆頭執事に苦言を呈されてはいるらしい。

専門家が言っているのならば、自分から改めて言うことなどないだろう。


 ⋯⋯と、愚痴はここまでにして。

どうやら王子様のご到着らしい。

王家の家紋が扉に印字された、豪華な馬車が自宅前に到着した。体裁だけは重んじるのか、無事に送り届けようかという意思はあるのか。

正直、アオフリヒ様への扱いを見ていると、あまり王家に良い印象を抱けないのだが。

いや、それはゲームをしていた前世からか。


 アオフリヒ様とは、本当は距離を取ろうと思っていたんだが。やはり適性検査の日に素を出しすぎたか。

まあ、そうとすれば、人格形成に干渉すれば良いだけだ。

褒められたいのなら褒めれば良い。少なくとも、トラブルを起こした根本的な欲望はそれだったはず。

彼の人格は既に出来上がっているような気がしないでもないが、まだ五歳。自我が確立して、いくら大人びた話し方をしていたとしても子どもである。

⋯⋯子どもの自分が言うことではないけど。


「ようこそいらっしゃいました、第二王子殿下。こちらが愚息のリューゲです。 兄の方は学園におりますゆえ、この場でご紹介できないのが申し訳ないですが」

「かまわん。ノルデンはくしゃくも、ここのしごとがあるだろう? りせきをゆるす。リューゲとやらはのこれ」


 父上に押し出され、紹介に合わせて一礼する。

最低限の顔合わせが終わると、アオフリヒ様は自分たちを初対面だとアピールしつつも、体よく父上を部屋から追い払った。これで部屋にいる部外者は自分についている侍女だけとなる。

数ヶ月前の流暢な話とは別に、少し呂律の周りきっていない口調はこどもらしさすらある。変に警戒されるのも面倒だしこどもらしく、と言うことなのだろう。

ここまで頭が切れるとなれば、彼が王様になれば安泰そうだけど。

元の地頭が良いんだろうな。

それに加えて、家庭環境のせいかも分からないが、余計なことが起こらないように振る舞っている。


「それで、ぼくになにかごようですか?」

「ともだちとはなしたい⋯⋯といったらいいのか?」

「でんかがそういうのであれば」

「はは、そうか。いいな」


 示した答えの何が面白かったのか、アオフリヒ様は愉しげに目を細めた。

アオフリヒ様のことだから、面白みにかけるとでも言うかと思ったが、侍女がいる手前、難しい言葉は使えないのだろう。

それに「言ったらいいのか?」なんて問われても、アオフリヒ様のことをよく知っているわけでもないから、それが本心だと言われればいくら不信感があってもそうなんだと思うしかないだろ。

今のところ、気に入っているらしい自分に不必要な嘘をつく必要もないだろうし。それに、相手が仕えるべき人であるならなおさら、不必要に疑うべきではないだろう。


「そうですか。それで?」


 本題を促すと、アオフリヒ様は部屋を一周見回した。何か欲しいものでもあったのだろうかと首を傾げていると、控えていた侍女に離席するよう伝える。

それを運が良いとでも思ったのか、侍女は嬉々として部屋を出ていった。

まあ、いくら相手が王族かつノルデン家の支持する相手と言えど、呪い児であるアオフリヒ様と出涸らしの自分を見ているのは苦になるのだろう。

こちらとしても都合がいいから何も言わないが。


「とりあえず防音してからだな」


 遠ざかる足音にため息をついていると、アオフリヒ様は指を鳴らして魔術を発動した。

自分と彼を包むドーム状になるよう、使用された魔力が薄く広がる。無属性の分類――その中でも結界魔術に分類されるものの一つだ。

防音として活用していることからも、魔術式から読み取るにしても分かる通り、音に制限をかけているようだ。おかげで、少ない魔力で比較的大きく展開できるようだ。


無属性魔術自体、魔力に属性を付与しなければいいだけの話なので、理論上は誰にでも使用可能である。

最も、属性を付与することがクセづいている人には難しく感じられるだろうが。


「いや、いいのか? 伯爵殿から何か言い含められていると思っていたのだが」


 魔術を張ったことで音漏れの心配がなくなったのか、アオフリヒ様は困惑するような声音に滲ませる。

普段からニヤニヤして余裕ぶっている様子を見ているみとしては、少しばかり良い気味だと思ってしまった。


「それを追い出したあなたが言うんですか。まあ、いなくなるということはいいんでしょう。報告の義務もないんでしょうし、仮に訊かれたとしても適当なことを返すんでしょう。それに、自分やアオフリヒ様をずっと見ているほど暇でも肝が据わっているわけでもないみたいですし」


 侍従からしてみれば、フツウの人から良い印象のない二人をずっと見ていられるほど暇でもないのだろう。彼らの心境など、自分には関係のないことだが。

彼らと関係を良くしたところで、明確な死亡フラグへの対策になるとも思えない。

むしろ、対策すべきは実兄の生存と第二王子の人格矯正についてだろう。


「確かに、嫌そうな表情を浮かべていたな。オレが呪い児だからか⋯⋯?」

「あまり関係はないと思います。ここに来る王都の噂なんて全て根も葉もないことですから。おそらく、僕が〝ノルデン家の出涸らし〟だからでは? 普段からアレですし、僕がどうなったところで興味がないんでしょう」


 ノルデン領にもアオフリヒ様の悪評が通じているのは否定しないが、他にも造形が美しいから外に出ないなんて真反対の噂もまかり通っているほどだ。頭が良いとも悪いとも言われているし。

内容が支離滅裂で、元情報が何だったのかなんて全く分からくなっているのだ、侍従が『第二王子様は呪い児である』と言う噂だけを信用していたとは思えない。

アオフリヒ様に会ってから表情を歪めたのであれば、その容姿を見て呪い児だと理解し、不快感を露わにしたのだろうが、対応を任された昨日の夜に面倒だと悪態をついているところを聞いている。

噂とは関係ないだろう。


「それは⋯⋯なんというか、ノルデン家は冷たい者ばかりだな。伯爵も言われたからとすぐに引くか?」

「父上は、元は領地を正しく治め、機能させることに夢中なので」


 正確には、それに加えて王家から評価を得ることで他の領地より優位性を保つのも目標に入っているのだろうが。

我が家の内情に名状しがたい心情を抱えたのか、同情するような温かい視線を向けるアオフリヒ様へ、できるだけ主観に入らないように理由を伝えた。

正直、いくら侍従を雇っていると言っても、良い親であるとは言い難い。前世の知識があるからか、その記憶はなおさらである。

この世界でもリューゲとしての意識が強いせいか、前世のことはぼんやりとしか覚えていないが、親が愛情を注ぐことこそ良い親なのではないだろうか。どうでもいいけど。実際、兄上の親代わりは直属の侍従だし、自分の親代わりは兄上である。

だからといって、兄上の侍従を祖父の様には思えないが。祖父のように思っているのはリーヴルである。


「この家で自分に興味を持っているのなんて、リーヴルと兄上だけだと思いますよ」


 吐き捨てるように、自虐気味にそう言い終える。

少々言い過ぎてしまっただろうか。


「やめよう、この話は傷の舐め合いになるだけだ。さっさと本題に入るほうが良いな。リューゲ、適性検査の出来事を覚えているか?」

「は、いえ、アオフリヒ様に自室を案内してもらったことなら」


 ソファの背もたれへ体を預けたアオフリヒ様は大きくため息をついて話題を切り替える。

彼に尋ねられ、いきなり何のことだよ、なんて思いつつも忠実に答えた。


「そこじゃない。リューゲお前、他の貴族が検査を受けている間に『土砂災害』と口にしたな? あれはどういうことだ」

「どう、と言われましても」


 何と答えるべきか。アオフリヒ様はこちらに鋭い視線を投げかけている。

たった五歳にして、こんな事を考えられる彼に下手な嘘は通じないだろうな。とは言え、ここはゲームの世界で、自分もあなたも死ぬ運命にありますとは言い難い。

自分が知っていることの全ては言わないにしても、自分が知り得てもおかしくない情報かつ土砂災害が起こってもおかしくない情報の何かがほしい。


 最近の時事は何がある?

この時期から、あるいはそれより少し前から、土砂災害が起こり得る原因に繋がることと言えば?


 土砂崩れが起こる原因と言えば主にあるのは山に生えている木の伐採だ。木を伐採するのであれば、当然木材を使うのが理由となる。

木材の使用先は薪と建築。

石材が主流である中で、木材を使用するとなれば、噂になっていてもおかしくない。


 ――主人公が別荘を作ったのが原因じゃね?


 そう言えば、考察動画でそんなことを言っていたものがある。いわゆるコピペスレと言うやつだ。

その中で、土砂崩れが起きた原因について話していた。ノルデン領に生えているのは針葉樹なため、木材は柔らかく、加工向きなのは言うまでもない。

当然、別荘地にも使われていたはず。

だから、アオフリヒ様に言うのであればそれについてだ。ただ、あくまでも別荘が建つことは知らない体でいなければ。ならば言うべきなのは――


「建材としての出荷量が増加傾向にあるので、心配になりまして」

「木が減ることでの土砂災害を危険視していると?」

「はい。あの山はある時期にだけ交通の要所になりますから、その時期と被ったら困りますし」

「学園の長期休暇による帰省か」


 さすがの聡明さである。こちらが小出しにした情報だけで、気づいてほしいことに全て気づいてしまった。

もちろん、本当に増加傾向なのかどうかはしらないが。

土砂災害が起こるのは約四年後。今年にどうこう、というわけではないはずだ。このまま土砂や雪崩の予防ができるなら良いのだが⋯⋯。

いや、予防できてしまったら、ライムが天涯孤独の身にならない。そうすると男爵家に引き取られることもないし、ソルセルリー学園に通うことも不可能だ。

彼女が学園に入らなければ、いわゆる悪役令嬢の立場にいる男主人公――第一王子の婚約者は破棄されずに済むのだろうが。馬鹿さ加減からしても、他の令嬢に籠絡されたら簡単に婚約破棄しそうなものではあるが、それは置いておいて。

正直、例の婚約者も頭が切れるそうだから、第一王子派閥にいてほしくないという心情はある。

やっぱりライムを仕掛けて婚約破棄させるべきか。


「予防できればいいんですけど、父上に伝えるのは難しいと思いまして」

「伝えれば一考に入れてくれそうなものだが?」

「そんなことをしたら頭がいいと思われてしまうでしょう。アオフリヒ様も」

「そうだな。かと言って、被害に遭うだろう国民を見捨てるわけにも行かないだろう? 中には貴族もいるだろうしな」

「僕らはあくまでも〝偶然〟を装わなければなりません。予防は偶然にするには難しいでしょうし、子どもが脈絡もなく予防したほうがいいよ、なんて進言するわけにも行かない以上、下手な動きは避けるべきです。だから――」


 適当なことを言っているな、とは分かっている。

予兆さえ知らせれば父上だって対策を立てるくらい簡単である。しかし、自分からしてみれば、液晶越しにしか知らない女主人公の家族より、今目の前で生きている悪役第二王子と自分の平穏のほうが重要だ。


 ⋯⋯なんて、あまりにも利己的な貴族らしい思考だな。

それに、気付いておきながら救えなかったなどということを、このアオフリヒ様が認めるはずもない。

この一件で病んでしまったら、悪役への道に突き進むしかない。本人の卑屈的な思考を変えて、変なことを起こさないようにするには、成功体験と褒められることが必要だ。

下手にこのまま見守っておきましょうなんて言えない。


「――だから、まずは伐採量と災害の関連性を示唆する資料を探しましょう」

「なるほど、資料という根拠があれば、土砂災害が発生するということも脈絡のない話ではなくなると」

「はい。()()資料を見つけたとなれば、不自然ではないはずです」


 これが間に合えば、ライムは天涯孤独の身になることはなくなったわけだ。ゲームの進行的に心配になるが、ライムの母親は病弱な設定だったはずだから、放っておいてもいずれ死んでしまうだろう。

そもそも、ライムの親が亡くなり、男爵家に引き取られるという過去を持たない彼女をこのゲーム(せかい)が許すとも思えない。ただし、ゲームとよく似ているだけの別の世界だとするのなら話は変わってくるが。

どっちのほうが自分に都合がいいか⋯⋯。

まだ決めかねる。まあ、最悪死なないようなら、見境のない方の暗殺ギルドにでも依頼を出すか。


「伐採量が増えたにしても、そう極端な数字ではないのだろう?」

「およそ一(から)二割増といったところでしょうか」


 根も葉もないことだが、別荘地の計画は年単位で進んでいるはず。この時期からであれば、そう的外れな量ではないだろう。


「災害は今すぐ起こるわけではなさそうだな」

「とは言え、このまま伐採量が増えてしまえば、木が十分に育つ前に切ることになりますし、そのまま続けていれば木材が枯渇します」


 このまま伐採量が増えたままでいると、災害の危険だけではなく、事業としての林業も危うい。別に潰れたところで、元から貴族として生きるつもりのない自分には関係のないことだが、兄上はそうもいかないだろう。


林業は現在、他領や他国から来た人、つまり難民扱いをされる人が定職に就けるようになるまでの一時的なもので、ウチの領内だけで賄う公共事業のようなものだ。

しかも、難民が特段増えたような噂を聞かない今、既存の人数で過剰分の木材を生産しているのだろうから、いざ増えたとなったときに林業ができなくなるほど枯渇する未来も分岐の一つに入る。冬用の薪としてまで使えなくなると困るし。


「難民が増えた話も聞いていないから、伐採量をもとに戻す分には問題ないだろう」

「じゃあ、本当に土砂災害の予防を進めても問題ないですね」

「ああ。どうしていきなり伐採量を増やしたのかはわからないが、安全が最優先なのは伯爵も理解を示すはずだ」

「それは⋯⋯」


 同意を示そうとしてし、はたと思いとどまる。

たしかにそうですね、とは言い切れないのではないだろうか。その災害での被害よりも木材の利益のほうが高ければ、容赦なく切り捨ててもおかしくない気がしてきた。

何かを決定する時は損益に基づいた行動だから、被害の方がより甚大で村になってしまうと分かれば辞めるだろうが。本当に被災者のケアに尽力するような人だっただろうか。

もっと言えば、被災者遺族たちよりも木材をどうにかするほうが先だと考えそうだ。


「どうした、なにか心配事か?」


 言葉に詰まった自分を覗き込むようにしながらそう尋ねる彼の表情は、眉を寄せて心配げな表情を浮かべる。確かに心配事ではあるが、こちらの意見が通らなかったらその時に考えれば良いことだから、わざわざ今話題にすべきことではないのではないだろう。


「いえ、何でも。仮に父――ノルデン伯爵が理解を示したとして、対策はどうするんです?」

「単純に、伐採量を減らしらり、一時的に伐採を辞めてもらえば良いのでは?」

「そんなことを父が進んで行うとは考えにくいです。妥協点は伐採量をもとに戻すことかと」


 彼の案の不十分なところをつき、より最善案を出してもらえるように工夫する。彼ならば元から頭が良いから、自分が思いつかないような何か案を思いついたとしても不思議ではない。


「ふむ、ならばそれで行こう。リューゲは山付近で起こった災害について調べろ。オレは森林の減少率を調べよう」


 さすがに植林をするとかいう話まで持っていくのは無謀だったか。

とはいえ、元の世界でも植林が普及したのはかなり最近のことで、森林資源が枯渇していない今、わざわざ植林を行う必要性はない。だからその思考が出てこないのは当然のことだ。

それに、今植林という選択肢を提示してしまえば、父上は伐採量をさらに増やすことだろう。その結果、四年後に残るのはより減った樹木と若木だ。

災害が発生するのも四年後ではなく、三年後、二年後になるかもしれない。

それは改変し過ぎである。


「家庭教師の授業はいつある?」

「家庭教師は雇ってないですね」

「は?」


 信じられないとばかりにこちらを見てくる彼に、もう一度雇っていませんと告げる。

伯爵は兄上のような跡継ぎであり、優秀な人間には教師をつけるけれど、自分は特に才能も見込めないためつけていないんだろう。

まさか、自分の分も払えないほど他のことにお金を費やしているわけではないだろうから。そう考えると、父上も態度に出てないだけで対応には俺と兄上で明確な差をつけているのか。

いや、あとも継がない相手に教育を施すことを損益で考えたら損だと思ったんだろう。無駄に知識をつけられて、裏切られたら困るだろうし。裏切る必要もないけど。


「王都でも、伯爵次期当主は良い家庭教師をつけてもらったから頭が良いとの噂だったが?」

「よく知ってますね。良い教師だったかはともかく、教師がいたことも頭がいいことも事実です」

「なのに、お前にはいないと?」

「まあ、僕に教育施すのは無駄なんじゃないでしょうか」


 あは、と笑顔を浮かべて答えると、信じられないものを見たとでも言わんばかりの表情をされる。

彼が信じようが信じまいが、それが事実としてある限り揺らぐことはない。

だがそう反応するということはつまり、他の貴族たちは幼少期から家庭教師をつけるのは当たり前のことで、教師の質の差は作れど、教示の有無で差をつけるということはありえないらしい。

常々、普通ではないと思っていたが、本当に通常の家庭とは乖離しているようだ。


「勉強は独学で何とかなるだろうが、さすがに限度があるだろう」

「それは仕方ないでしょう。それに、書庫には本がありますし、そう大変なことでもないですよ、きっと」

「ふぅん? そうか」


 理解はしたが納得はしていない、を体現したような返事をするアオフリヒ様。

彼も家庭教師を付けてもらえないタイプだと思っていたが、あながちそうとも言い切れないようだ。とは言え、あの小屋に人を招き入れるわけには行かないだろう。

うーん、謎だ⋯⋯。まあいいか。


「ない分には、調べ物が捗るだけだからいいんだが⋯⋯そうか⋯⋯⋯⋯」


 何かを考え込む様子のアオフリヒ様に疑問を抱きつつ、自分のできることをする。魔術が解除されたら、書庫に行くか。

先祖にはマメな人が多かったようだから、伐採量や降水量の概算と、以前にあった災害なんかは記録してあるはずだ。資料棚を探せば、欲しい情報は見つかることだろう。

問題は、当該本棚がどこにあるかということだ。偶然を装う以上、リーヴルに『このしりょーって、どこにあるの?』なんて聞きに行けるわけがない。

今日はその本棚の近くにどんなジャンルの話があるかを確認しよう。それで、読みかけのまま返して、明日取りに行くときにたまたま見つければ良いだろう。


「では、早速書庫へ向かいますか?」

「いや、侍女を追い出してからまだ一時間も経っていない。貴族は長時間話すというから、最低でも一時間はこもってこの中に話していたほうが懸命だろう」

「確かに。では、誰が来ても怪しまれないような話をしなければなりませんね」


 時計を見やったアオフリヒ様の言葉に同意を示し、話す話題を考える。


 普通の子供らしい話と言えばゲームのことだろうが、さすがの貴族でもこんな遊びをしたんだぁ、なんて事は言わないだろう。

とは言え、政治にかぶれた話は五歳児がするには難しすぎる。この世界には、子どもが話しててもおかしくないような話題な少なすぎる。


「それで、五歳児って何を話すんだ?」

「僕らは少々、大人びすぎましたね⋯⋯」

「外で遊び回ったなんて性格でもないしな」


 二人して頭を抱えていると、扉のノック音が聞こえてきた。

アオフリヒ様が急いで魔術を解除したのを確認し、慌てて返事を返す。


「失礼します、お茶の用意ができましたので、差し出がましながらお持ちいたしました」

「ありがと!」


 面倒そうな声音を滲ませながら、クッキーの並んだお皿を机の上に置くと、アオフリヒ様の分だけカップに紅茶を注ぎ入れる。自分には紅茶の代わりに蔑むような視線を寄越してから部屋を退室した。

こっちが何も言わないからって好き放題しやがってよ。

日本人として、権力を盾に脅すようなことは趣味じゃないが、来客中にも自分の顔に泥を塗るようなことをするのであれば、一度怖い思いをしてもらうのもやぶさかではない。


「はぁ⋯⋯。仕方ねぇな」


 どうせ十年もすれば舞台となる学園へ入学していることだろうし、それまでの関係性でしかない相手に逐一怒るのも面倒だ。

諦めの混じったため息をつきながら、自力で紅茶を注ぐ。


「いや⋯⋯本当にこの屋敷のメイドか? アレは」

「そうみたいですね。アオフリヒ様も専属の侍従はいないでしょう? それと同じですよ」

「⋯⋯同じか???」


 先ほど目の前で行われた一連の出来事全てが理解できないと言いたげな様子を見せる。

確かに普通の貴族の扱いではないだろうが、この屋敷ではその程度の価値なんだろうし、侍従からの信頼も兄上ほどではないから当然だ。原作のリューゲが人格形成失敗しただろと思えるような性格の悪さと知能の低さもこれが所以なんだろうが、前世の記憶がある自分の人格は既に形成し終わっている。

これから良くなっていく事はあっても、悪くなっていくことはないだろうし、改善する気にはなれんな。


「⋯⋯もう、いいか、これは。よし、書庫に行こう」

「はあ。一時間経ってないですが」

「人が来たんだ、そのくらい構わないだろう。不審がられたら集中力が切れたみたいなことでも言っておけ」

「さいですか」


 ソファから腰を浮かせ、伸びをしてから部屋を出るアオフリヒ様に追従するように、自分も紅茶を飲み干して彼の近くへ向かった。

彼の数歩先を歩きつつ書庫へと向かうと、リーヴルが驚いたように目を見開き、歓迎してくれた。


「リューゲ坊、本日は来ないと思っておりましたぞ」

「リーヴル! きょうね、アオフリヒさまときたの」

「そちらが。お初にお目にかかります、書庫の管理を任されております、リーヴルにございます。お噂はかねがね。なんでも、優秀なお方なんだとか」


 アオフリヒ様を見咎めたリーヴルは、片膝をついて彼へ挨拶をする。リーヴルはこの屋敷の中でもマトモな人だから、問題ないと思ったけれど、やはりそのことに間違いはなかったらしい。

アオフリヒ様に書庫の案内をする、なんていう建前をリーヴルに伝えて彼と別れた。

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