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会話

 態度の悪い自身の護衛を置き去りに、殿下とともに王宮の前へと着いた。

 道中で分かったことだが、どうやら殿下自身に護衛やらはついていないようで、彼を守っているのは防御魔術のみらしい。本人がそう自分に伝えたわけでもないが、チラチラと視界の端に映る魔力がそれを物語っている。

 魔術となると、掛けたのはお貴族サマの様だ。王族へ仕えるのも貴族であるから、そう簡単に特定できないはずだが、本人が侍従から軽視されているところをみると、掛けたのは王族の誰かしらだろう。


「ここが城だ。ノルデン伯爵はあまり王都に来ないし、リューゲも初めて見るだろう?」

「すごいですね」


 考え事をしていれば、いつの間にか到着していた王宮を眼前に捉える。

 荘厳とでも表せばいいのか、とにかく大きなヨーロッパ風の城が目に入る。ニンフェンブルク城だったか、そんな名前の城の形によく似ている。

 屋根が円錐型の塔などはないが、白い壁面には汚れなど見当たらず、赤土色の煉瓦が頑丈そうな屋根が映える。いままで、幾度となく液晶越しに観た城そのものである。

 とはいえ、現実でこうして視界に映すと、その迫力は言うまでもない。


「そうか。まあ、()の中には入らないがな」


 苦笑を浮かべ、門を潜ったアオフリヒ様に続き、その門をくぐる。門の上部には防御に特化した魔石が埋め込まれているようで、薄緑色の魔石の周囲で、同色の魔力が循環していた。

 そのまま石畳の道をまっすぐ進む――のではなく、中間まで進むと、彼は右にそれた。庭でも循環している魔力を視界に捉えながら、距離が離れないようについていくと、到着したのは木造の廃れた小屋であった。

 小屋、なんて言っても、人一人が住む分にはそう不便もしないであろう規模感はあるのだが。


「ここがオレの住んでいる家だ」

「……比べようもないですね」


 きらびやかで大きな城とは何もかもが対照的だ。除け者扱いされているのは一目瞭然。


 他に複数王族がいるならまだしも、愛妾や息災を迎えたという話は聞いたことがなく、第二王子以降新たに子どもが生まれたという話も聞かない。

 第一王子が国王になることは絶対と言えない今、彼をこんなふうに扱うのは今後のためにもよくないだろうが……。

 まあ、〝ご聡明な〟国王様のことだから、何か考えがあるのだろう。所詮は五歳でしかない自分には、到底理解の及ばないであろう素晴らしい考えが。


「そうは言っても、この小屋だって慣れてしまえば悪くはないがな」

「住めば都ってわけですか」

「ああ。まあ、適当にかけてくれ。フツウの貴族なら嫌がるだろうが、リューゲはそんなことないだろう?」

「確かに気にはしませんけど」


 普通じゃないとでも言いたいのか。確かに、あの綺麗好き共はこんなところに、床に座りたいとは思わないだろうが。

 生活感のある小屋へ通され、適当に床を手で払ってからその場に正座をする。

 何かを用意しているのか、奥の方から足も楽にしておけと声が飛んできた。自分にさせるのではなく本人が直々に人へ出す茶を淹れることは通常、ありえない。

 彼の待遇や動作、意識のどれを取っても王族のものではないと思わされる。護衛がいないのは死んでも大袈裟に思われないということ。

 自分の食事を自身で用意するのは用意する人がいない、もしくはいたとしても毒を盛られる可能性があること。極めつけは、それをおかしいとも思わないこと。


「本当、王族らしくないですね」

「お前にだけは言われたくない」


 あぐらをかいた膝に肘を乗せ、頬杖をつきながら呆れ混じりにそういえば、両手にカップを持って戻ってきたアオフリヒ様に即答された。

 確かに、床に座ったり、楽に座っていいと言われたからと実際にそんなことをするような貴族はいないのだろうが。


「ところで、お前はその能力を示したりはしないのか?」

「別に、僕の頭がいいわけではないですから」


 話題を変え、不思議そうに尋ねるアオフリヒ様へ、十で神童、十五で才子、二十歳過ぎれば只の人と言うでしょう? なんて言葉で誤魔化す。

 大人らしい言葉遣いは転生して大人の精神を併せ持っているからだろうし、転生したとてこの身体の能力はさして高くもない。どうせ頭打ちになるのなら、元から周りより劣っている風でいたほうが、後々落胆されることもないだろう。

 それに元々、前世の自我が確立する以前は出涸らしと言われてもおかしくないほどリューゲという子どもはできた性格も能力もしていなかった。

 ならばアホのふりをしていたほうが得というもの。


「なるほどな。どうせ普通になるなら、ってことか」

「ええ。それにどうやら、成長の見込みもあまりないようですし。というか、どうやら僕の能力を買いかぶってるみたいですけど」

「何を言う。五歳児らしくない話し方をして、何が買いかぶり過ぎだと」


 はんっっっ! と力強く鼻で笑われ、断言される。

 適性検査でのやりとりは『自然体でいろ』と言う話だったと思ったのだが、そう言われるのであれば、それらしく避けていたほうがよかっただろうか。

 そんな事を考えたところで後の祭りと言うやつなのだが。


「それは周りの大人がこんな風に話してるからですよ。アオフリヒ殿下こそ、五歳児らしくないと思いますが」

「オレの周りは見ての通り()()だからな。嫌でも大人びる」

「普通、そこまで自分のことを客観視できる子どもなんていないと思いますけど」


 苦し紛れの言い訳ついでに、殿下の話にすり替える。

 彼は自分と違って、人生一周目なはずだ。だと言うのに、その口調の端々からは、思考が達観しすぎていることが容易に分かる。

 厭味ったらしく話す彼に、思わず呆れを滲ませた。


「文句なら、こうなるように育てた大人(ヤツ)に言え」

「言ったら不敬と見られて打首ですよ」

「ははっ、そうだな、そうかもな」


 こちらをからかっているのか、愉しげに笑うアオフリヒ様へ、わざとらしく眉毛を寄せてみせる。それでも本人はどこ吹く風。こちらの心境など眼中にないとでも言わんばかりのシカトっぷりである。

 言葉にしなければ伝わらないとでも?

 中身が察する文化で育った生粋の日本男児である自分からすると、至極不服である。


「それより。雑談のために呼んだんですか?」

「雑談で済ませてしまっても面白い話が飛び出そうだがな」

「からかわないでください」

「悪い悪い」


 謝れど、悪びれる様子もないアオフリヒ様は紅茶を飲み干し、自分もそれに併せて紅茶を一口含む。

 ダージリンに似たクセのなさに加えて、柑橘系のさっぱりした風味が鼻を抜けた。アオフリヒ様はティーポットから自分のカップへ、適当におかわりを注いでいる。

 まさか、王族らしからぬ第二王子と貴族らしからぬ伯爵令息が、床に座り込んで紅茶片手に歓談中など、普通の人ならば思いもよらないだろう。こんな人が将来、反旗を翻すようには見えないが、それだけ時の流れというのは残酷なものらしい。


「では、貴族にかぶれて、政治の話でもしようか」


 カチャン、とわざとらしく音を立ててソーサーにカップを置いたアオフリヒ様は、目を細めながらそう言った。

 空気が揺れる。

 まるでタブーにでも触れるような雰囲気まである。


「うーん、じゃあ、殿下は――」

「ファーストネームでいい」

「アオフリヒ様は、将来王座に就くご予定は?」


 少し考え、一応確認する程度のつもりで、尋ねれば、予想外であったのか、面食らったような表情を浮かべた。その後、そのバカバカしさに気づいたのか、大口を開けて笑い飛ばしてしまう。

 自分だって、まさかアオフリヒ様がそんなことを思っていようとは考えてもいないが。


「そんな笑います?」

「すまんすまん……っ。ノルデン家は第二王子(オレ)を支持してるんだったな。王座に就く気はない」

「では、僕たちはアオフリヒ様を支持したところで、将来その恩恵を賜われるわけではないと」


 笑いをこらえようとする素振りすら見せないことには言及せず、彼の回答に解釈を付け足す。

 自分たち第二王子派閥は、人数が少ないとは言え、アオフリヒ様が王座に就くことを望んでいる。その理由は、彼が王座に就いた時に賜われる恩恵――主に王宮での地位を目的にしていることが多い。

 もちろん、単に第一王子では力不足であろうと考えている貴族もいないではないが、七歳と五歳の才能の差を正しく見極められる人はかなり少ない。ゆえに、第二王子であるアオフリヒ様の派閥に属しているのは、その恩恵目的と捉えていいだろう。


「そうだな。ノルデン家もやめるか?」

「僕は親に告げ口する気なんてないですけど」

「誰かが告げ口するとは思わないのか」

「この小屋に第三者がいるならまた考えますけど、いないみたいですし」

「小屋の外で盗み聞きをされている可能性は?」

「不可能でしょう」


 アオフリヒ様と言葉の応酬をしつつ、扉の方へ視線を動かす。

 扉の外であれば、盗み聞くことは不可能である。防音魔術の施されているらしいこの室内では、中にいるときに外の音は聞こえないし、中の音が外に漏れることもない。密談には最適と言うわけだ。

 もっとも、この防音魔術が必ずしも密談目的でかけられたとは限らないのだが。例えば、小屋の中にいる人がいくら泣き叫んでも外に音は一切漏れない――とかな。

 魔術での盗聴が可能だからか、魔道具やら科学技術やらによって作られた盗聴器は存在しない。もっとも、前世でもこのくらいの文明では盗聴器なんてなかっただろうが。


「〝不可能〟だと? 〝いない〟ではなく?」

「え? はい。防音魔術がありますから」

「確かにあるが、なぜかかっていると?」


 こちらの答えに、不審そうな表情を浮かべる。そんな表情を浮かべられても、あるからとしかいいようがないのだが。

 いや、アオフリヒ様はなぜ魔術が掛かっていると知っているのか、あるいは分かるのかと聞きたいのだろう。ならそこにあるからという答えは正確ではない。

 正しく答えるのであれば見えるから、というべきか。


「魔術の痕跡のようなものが見えるからです。殿下の耳飾りに使っている魔結晶や、殿下自身にかかっている防御魔術と術者が同じものですよね?」


 紅茶を飲み干しながらそう告げれば、アオフリヒ様は顎に手を添えて黙り込んでしまった。

 何かよくないことでも口に出してしまったのだろうか。

 だが、魔法が見えるのは事実だ。こんなくだらないことで嘘をつく必要もないし、鎌をかけるつもりもない。こちらの手札を隠す必要もないから、事実を告げることが悪いことではないはずだが……。もしや、他人にバレたくないようなことだっただろうか。とすれば、秘することこそ美徳だったか。

 そんなこと、ただの五歳児が分かるわけもないけど。


「リューゲ、ステータスを見せろ」

「構いませんが、個人情報では?」

「腹を割って話してて何を今さら」


 鼻を鳴らすアオフリヒ様へ同意をしつつ〝ステータスオープン〟と唱え、表示させる。

 この世界はゲームが理由だからか、自身のことを知るのはとても簡単で、ステータス表示のシステムが存在する。普通にステータスと言えば自身のみの閲覧を、他人に閲覧を許可する場合にはステータスオープンと言えば誰でも閲覧が可能となる。便利なものだ。

 表示されていることは神殿とほぼ変わらない。

 名前、種族、それから魔術の適性やランクとそれ以外の技能である。


「リューゲ・ノルデン、人族。氷優勢の水適性。魔力ランクはB――」


 アオフリヒ様はぶつぶつとつぶやきながらステータスに目を通す。称号に視線を動かしたが、よくある転生に関する称号は見当たらない。神からの寵愛みたいなものもない。

 そのことに関しては、チートがない時点で既にお察しなのだが。

 まあ、この世界のチートと言えばアオフリヒ様と、後々婚約破棄される公爵令嬢程度なのだが。序盤に倒される自分がチートを持ってたら困るのだろう。

 身に余る技能をもらったとしても、使いこなせないだろうが。

 宝の持ち腐れと言うやつである。


「リューゲ、この【魔術視】とは何だ」

「さあ。わかりませんけど、魔術が見えるのでは?」


 知らないことを尋ねられ、肩をすくめながら答える。


 ――魔術が、見える……?


 技能の一つとして書かれるということはすなわち、何もしていない他人では持ち得ないことであるということ。簡単に言ってしまえば、特別なものということ。

 もちろん、持っている当人の育った環境や努力にも左右されることはあるのだが。


 魔術視は、名前のとおり考えるのであれば魔術が見えるということ。実体験を踏まえて考えるのであれば、他人の発動したものや自身の魔術を、魔力の流れや色を介して視認できるということ。

 ただぼんやりと知覚するのとは違って、範囲が視界に限定されはするものの、それがどんな魔術なのかを理解できるということである。

 おそらく、予備動作も含めて。


 自分が見えていた防衛魔術や防音魔術は、アオフリヒ様には見えていなかったのだ。

 とすれば、アオフリヒ様はなぜその魔術が掛かっていると知っているのだろうか。

 ――いや、下手に深追いするのは辞めるべきか。


「まあいい。おそらく魔術視(この技能)のおかげで理解していることは分かった。悪いな、話が二転三転して」

「いえ。おかげで自分の力量を知れましたし、何より家の中でボロを出せずに済みました」

「まさか貴族にかぶれるつもりが、こんな話になるとはな。まあいい。三転ついでにお前の家に行く予定でも決めるか」

「まだ親からの承諾を得ていないのですが」

「王族からの頼みを断れるわけないだろう。第二王子とは言え、自分の属する派閥が推している人間だ。断るわけがない」


 それはそうだが。そこまであけすけに言うとは、本当に本人は腹を割って話しているつもりなのだろう。

 確かに、本人が言う通りこちらに拒否権はないに等しい。いくら社交界に出ることがなく、政治的な関わりを持つことに興味のないあの父上でもそのくらいは分かっているはずだ。

 それを理解しての言い草なのか。

 歓迎するだなんて言わなければよかったか。

 積極的にかかわるつもりなんてなかったのに。ま、なったものは仕方ないか。


「オレは休養という名目で行く」

「実際は?」

「お前に会いに。せっかく友人ができたんだ、会いに行くに決まっているだろう。それに、ここにいたらそのうち殺されそうだしな」


 自嘲気味に笑う言葉の端々から、城内の事情が透けて見える。

 五歳で命の心配をしなければならないというのも難儀な話だ。表立って彼を殺すようなことはしないだろうが、()()()()で命の危機に見舞われたことがあったんだろう。

 我が家も散々な家庭環境だと思っていたが、こうも悲惨なところを見るとそうでもなかったかもとか思えてくる。


「そういうことなら、いつでもお待ちしております」

「この年齢でここまで話が合う相手も珍しい。お前のところにずっといたいが、難しいだろうな」

「王族には王族の務めがありますから。では、そろそろ失礼致します」

「ああ。門まで送ろう。それとも、宿まで送ったほうがいいか?」

「いいえ、結構です。アオフリヒ様にも片付けがございますし」


 くっくっくと喉を鳴らす彼の申し出を丁重に断り、王城を後にする。

 帰ったら自宅に向けて連絡の手紙を――いや、自分で伝えたほうが良いか。


 そう言えば、置いてった護衛の人、どうしたんだろ。

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