判明
六月下旬、夏の終わり。
気がついてから数ヶ月が経ち、魔力適性検査日の前日。
魔力適性、すなわち何の魔術が使えるかを調べる日は、一年の中間である六月に、数え年で五歳になる貴族が行う検査だ。
どうやら魔力がない平民は魔力適性は測らないそうで、測るとしても、魔力が発現している平民のみだろうだ。仮に実践で使える程度の魔力があれば貴族に引き取られるだろうけれど。
魔力の内包量は基本的に遺伝する。そして、その血筋の大半は貴族に集まっている。そのため、平民から魔力持ちが出ることはなかなかないのだとか。
まぁ、異世界モノにしてはよくある話だ。
もちろん、多少の生活魔獣ができる程度には、誰にでも多かれ少なかれ持っているものだし、でなければこの世界のように科学が発達していないワケがない。
もし少ない場合は、魔石に含まれた魔力を使用して魔術を使う魔道具も存在しているが、魔石の採掘量は大量にあるとは言い難い。
それに、魔石は人口で作ることも出来るが、あまり多くはない。地球で言うダイヤモンドと人工ダイヤのようなものだと思ってもらえれば問題ないだろう。
炭素を圧縮してダイヤモンドを作るように、魔力や魔素、マナと呼ばれる類のものを圧縮して作られるのが魔石である。さらに純度が高くなれば透明度が上がるため透き通り、それを魔結晶と呼んだりもする。
大量の魔力を持っている人が道楽で作ったり、魔力過多症の人が自身の魔力を消費するために作ったりするようだが、人工で作るには魔力を消費しすぎるため、なかなか出回らない。人工ダイヤは天然ではないために市場価値は本物よりも低いが、人工魔石は通常の魔石よりも価値が高くなる。
庶民には手も足も出ない額だ。王族はいくつか所有しているとか、いないとか。
人工で作る分、多少は物流操作できるみたいだけど。
いつかはやってみたいけどなぁ。
まあ、所詮ただのモブが、そうたくさんの魔力を持っているわけもなし。そこまで期待はしていない。全身の魔力を集めたとて、作れるのはせいぜい砂粒程度ではないだろうか。
「リューゲ、行くぞ。グズグズするな」
「はい、ちちうえ」
父親に声をかけられ、彼の後を追いかける。我が家の家門であるエビネの花があしらわれ馬車に乗り込んだ。
目的地に到着するまで一言も言葉を交わすことなく、王都まで馬車を走らせる。辺境なため、行きにかなりの時間を要するのだ。とは言え、過去の遺物の一つである転移門があるため、そこまで向かえばいいだけの話なのだが、そこまで向かうのに約半日かかる。
全く持って不便な世の中である。東京から沖縄まで三時間もかからないの言うのに。
東京から北海道はどうだったか覚えていないけれど。
「ノルデン様、転移のご準備を」
「ああ。御者」
主立った転移門を管理しているのは騎士団であり、今回の当番らしき騎士の一人が父親に声を掛ける。騎士さんの言葉を受けた父親は、御者に指示を出し、ある装置の上に乗せた馬車から馬を取り外させる。
どうやら、馬は魔力の変動に敏感なものが多いらしく、転移門を通り抜けると酔って動けなくなることが多いらしい。車か何かかよ。
転移門の向こう側にも何頭か馬は常備されていて、その馬に馬車を付け替えるのだそうだ。
タイヤ交換のようなもの、と言えば想像がつきやすいだろう。車だって、冬にはノーマルタイヤから凍結やら何やらに強いスタッドレスタイヤに履き替える。それと同じようなものなのだろう。あちらではスタッドレス、こちらではノーマル。
まあ、使う馬はあまり大差ないのだが。
時間になり、移動装置がゆっくりと動き出す。それに合わせて馬車が転移門の方へと押し出され、無駄に装飾が多いその門をくぐり抜けると、窓の外に広がる景色は、先ほどとは一転して華やかな町並みと整備された石畳とへ変化した。
さすが、魔法はすごい。
この世界の人が電気で動く装置を見たら同じ様な反応をするだろうが、魔法はすごいと思う。
思わず窓から身を乗り出してしまった。
「リューゲ。はしたなく窓の外を見るのはやめろ。貴族の威厳を保て」
「ごめんなさい」
ピシリと言葉を発する父親に子どもらしく謝る。大人のような対応をしても不審がられるし。
ここ数ヶ月で、子どもらしい演技が板についたと思う。いや、もしかしたら威厳なんて難しい言葉を理解しているのは子どもらしくないか?
まぁ、この年齢くらいの子どもは、なんかよくわからないけど怒られているから謝っとこう精神の持ち主だし、良いか。
どうせ彼は自身の子供本人には興味がないのだ。
あくまでも、ほしいのは優秀な息子であって、俺ではない。優秀な兄は、本人にとってとても必要とするのだろうが、自分の重要度はさほど高くない。それこそ、兄上が死にでもしない限り。
だから、多少不自然でも変に思われないだろ。ま、俺の将来のために、兄上には百歳まで生きてもらわないと。俺は九十までに死ぬから。
翌日、検査日当日。
昨日は転移門をくぐった後、貴族御用達の宿に宿泊した。自分の家族以外にも何名か貴族らしい令息令嬢を見かけたが、特に関わり合いになることなく就寝。
そして朝。朝から昼すぎまで、順番によっては長時間待たされることになる検査会場へと向かう。目的地は教会。
普段ならば開放されていない、検査専用の部屋がある。
検査を待つ貴族は、貴族専用の礼拝堂で待たされる。
まぁ、自分のスペックをさらされるのに抵抗があるから別室なんだろうけど。
数分、背後に控えている護衛の気配を感じながら教会へと向かう。教会に所属する人に引き渡され、知っている大人はいなくなる。
いや、護衛さんもよく知らない人だったけれど。
案内人についていき、教会内部の礼拝堂に座る。見覚えのある見た目の人がちらほら、いないでもない。
直接的な知人ではなく、こちらが一方的に知っているだけなのだけれど。まぁ、誰も辺境になんてこないしな。
秋には金色に輝く小麦畑、それなりにきれいな空気、青い空に白い雲、紅葉が色づく山……。
観光客くらい、来てもよさそうなものだが。
貴族の階級順に座っているようでもなさそうなので、適当に空いていそうなところを選び、席に座る。数分ジッとしていると、背後から誰かが近寄る気配がした。
「隣良いか」
声をかけられ、そちらを方を振り向くと、特徴的な黒髪を揺らし、真紅の瞳を持った少年がこちらを見ていた。
魔結晶でできているらしい耳飾りを右耳につけている。反対に耳には、色も形のよく似た宝石を使った、同じデザインの耳飾りが揺れる。整った顔立ちは、さすが主要人物だと言わざるを得ない。
「あ、えと、第二王子でんかにごあいさつ申し上げます……?」
「気にするな。お前は辺境伯のところの……リューゲ・ノルデンか」
「覚えていただきコーエーの至りにございます」
慣れない敬語を駆使して挨拶を交わす。あらゆる方面に関して教師がいないものだから、正しい礼儀作法はよく分からないが、どうやら気分を害した風でもなく、こちらの挨拶を抑えた。
「社交界に出ないともっぱらの噂なのに、オレが第二王子だとよく分かったな」
「殿下は我が家でもゆうめいなので」
嘘ではない。
とはいえ、辺境での噂は到着するまでに支離滅裂なものになってしまっている。だから、自分が知っているのは元から持っていたゲーム知識のおかげなのだが。
呪い児のせいで引きこもっている、いやいや美しすぎて言い寄られている、醜いお姿なため多くの人から避けられている、むしろ美しすぎて見た人すべてが卒倒する、などなど。
まぁ、誰しも俗っぽい話というのは好きなようだし、邪推をするのは大得意だ。自分が不思議だと思ったことには何事にも理由をつけたがるようだし、それがエンタメとして消費され、なおかつ本人に影響がないなら良いのではないだろうか。
「王位継承権を狙う呪いの王子だとでも?」
「いいえ、メッソウもない。仮にそうだとすれば、このようにお話してはおりません」
やべー、この人、呪いの王子とかって噂されて不遇な目に合ってる人だった。
内心の焦りを隠しつつ、すぐさま彼の言葉を否定する。間違いは訂正しなければ。
本作でも、きっかけは些細な誤解から生まれたもので、それが大きくなったことや、その間違いを悪用されたことで最後のバトルにまで発展するのだし。
勘違いしやすい性格なのか、常に周りが正しい情報をシャットダウンしていたのか、そのあたりの詳しい描写はされていなかったが、バトルシーンになれば俺は確実に死ぬ。そんなのは嫌である。
俺はそこそこ永く生きてそこそこの年齢になったら老衰で死ぬのだ。誰かに刺されるなどして痛みを感じながら死ぬのはごめんだ。
「そうか。ところで今、離宮を離れて入学一ヶ月前程度までどこかへ逗留しようと思っているのだが」
にやり、と愉しげに目を細めた第二王子はこちらを覗き込む。つまり、そういうことだ。全く、横暴にもほどがある。
だからそうやって変な噂を流されるのだ。
口には出さないが。
「ノルデン領でよろしければ、喜んでカンゲーさせていただきます」
断ることもできない自分は、歓迎するしかない。諦めて、裏表のなさそうな満面の笑みで彼の言葉に答えた。
少しの時間が立つと、壇上、右手側のカーテンのさらに向こう側から足音が聞こえ、ざわめいていた教会内部も段々静かになる。その音はどんどん近づき、やがて純白の祭服に身を包んでいる、長髪の男が出てきた。
その姿は現代のローマ教皇の服装と似たものであり、その違いを述べるとしたらローマ教皇の祭服よりもシンプルなことだろうか。金の刺繍は変わらずついているが、赤いマントは羽織っていない。右手には魔石がふんだんにあしらわれている金で出来た杖、左手には聖書だか福音書だが、とにかくそれに類するものであろう分厚い本。
杖に関しては服よりも金がかかっているのではないかと思えるが、どうやら服の布地も魔力を通しやすいものを使っているようだ。とすれば、金の刺繍が魔術陣代わりか。本作ではあまり教皇も出てこなかったから、そんな仕掛けがあるとは思いもよらなかったが、さすが金持ち。細工はバッチリだな。
だったら杖も魔結晶にすればいいのにと思うが、大方、刺繍の細工で資金を使い切ったんだろう。
「これより、適性検査の儀を始める。第一、教皇による聖書朗読」
教皇よりあとに出てきた、黒地に白のラインが入っている服を着た男が司会を務める。おそらく枢機卿と呼ばれる立ち位置の人だろう。白髪が混じった灰色の髪をオールバックにし、首からはロザリオ――十字架を下げている。
「零日目、神は自身の住居を作るため、天界を想像した。世界の始まりである。一日目、神は天と地をお創りになった。そこに種を落とし、天の神と地の神が生まれた。――」
教皇の読む聖書は創世記に始まり、道徳、その他歴史などについて書かれていた。
福音書の内容を大まかにまとめると、初日に住処と娯楽を作って、子どもも生んで、子どもと一緒にそれっぽいのを作って、バカはつまらないからって人間作って、興味なくして。可哀想に思った子供と孫が力を与えたら今度は強くなりすぎちゃって、しゃーないから魔物とか作って、気づいたら魂が溢れちゃったから転生システム作っとこ、冥界とその辺管理する人作って、これで完璧じゃんってしてできたのが今の世界と。
無責任すぎるな。誰とは言わないが。
誰かにこんなこと思っていると知られたら、まあ、怒られそうだな。
「創造神ディユは創造を、地の神ソルは寛容を、空の神シエルは慈愛を、植物の神ヴィーゼは豊穣を、水の神ヴァッサは清純を、陽の神フィンストは正義を、月の神フィスターは知性を司っています」
ここまでで聖書の十分の一ほどまでしか読み終わっていない。
あと何ページあるんだか。
他の子どもたちも既に何名か、船を漕ぎ始めている人がいる。いくら貴族といえど五歳、こんなに長い聖書朗読を堪えられるわけもない。
ちらりと第二王子の方へと視線を打つせば、背筋を伸ばし、まっすぐ教皇の方へと視線を飛ばしている。耳にある魔結晶の輝きは揺れることがなく、それが微動だにしていない何よりの証拠である。
その忍耐力には恐れ入る。
自分みたいに、前世の記憶があって精神年齢が高いわけでもなかろうに。感動する。
「神が世界を作って数百年後、人々は百年以上続く大きな戦争を繰り広げた。被害は周囲の森、海、世界の果てまでも広がり、人は一人残らずいなくなってしまった」
どうやら、文明が発展しすぎたせいで人類は一旦滅びたらしい。前世で言う、核戦争で文明が滅んでまたできたとかいう都市伝説のようなものだ。
たしか、そうやって文明は消えて、残った魔道具やら何やらが過去の遺物、聖遺物、レリックと呼ばれるものらしい。消費物かつ、再現できないものらしいので、そのうち使い果たすんだろうけど。
ともかく、そうして滅んだのが、通称前文明と呼ばれる文明だ。今より高度に発達していたらしい。
その後、創造神他の神と協力して人間やら魔獣やら、新たに創り出した。そうして、後文明が始まったそうだ。
いやいや、さっきまで創造神、興味なくしてなかったか?
ゲームの中だからと言ってしまえばそれまでだが、創世記は考えるのに、妙なところで詰めが甘いんだよな。制作陣。
まあ、そこまで興味ないから良いけど。
「また人々が増えた頃、神は初めよりも弱い加護を、一人ずつ与えた。その加護は遺伝し、そうして今の加護持ちへと受け継がれている」
なお、加護が遺伝しない場合もある。心のなかで、教皇の言葉にそう付け足す。
元の魔力が少ない者には加護は遺伝しにくい。もちろん、例外はあるようだが。
例えば第一王子とか。加護と言っても、彼が持っているものは魔力を消費することがないごくシンプルなものだ。それが返って、汎用性が高くて第二王子に勝てた、みたいな内容だったはず。
普通に考えたら無理だろうが、戦力差もあったし、やはり権力と人望は偉大である。振りかざす気はないが、咄嗟のときに融通の聞く権力ってのは夢とロマンだ。そんな物、すべての人から愛されている王様にしかあり得なさそうだが。
ハハハ。ないな。
「新たに生まれた初めの一族は神から知らされた前文明の事実を記録し、語り継いでいった。――」
歴史のあとは単純な教えを話し、長ったらしい聖書は終わった。
教皇はお辞儀を一つすると、上手へとはけていった。実際はそこまでかかっていないだろうということを前提として言うならば、体感時間およそ半日。いや、半日でも生ぬるい。一日の内、四分の三を聖書の読破に費やした気分だ。
自分で読めばこんなに時間はかからないのだろうが、朗読なこともあるし、話し方がゆったりとしているしで黙読する三倍はかかっている気分だ。
「続いて、解読の間にて、適性検査を行います。名前を呼ばれた方より、順にこちらの間へおいでください」
魔術の適性は別室で行われる。手の内を晒さないというつもりなのだろうが、むしろ知られていたほうが、制圧するときに楽だと思うのだが……。
そう簡単ではないらしい。
「アオフリヒ・ツェントルム様」
名前を呼ばれ、隣に座る殿下――アオフリヒ様は静かに立ち上がり枢機卿の近くまで歩く。
歩くたびに揺れる耳飾りは、光を反射してキラキラして見えた。ここにカラスがいたら、すぐさま奪い去ってコレクションしているだろうに。
例の部屋へ入室した直後、背後の方――他の貴族の令息令嬢方のざわめきが耳に入る。その言葉は、まあ、何とは言わないが、聞いていて気持ちの良いものではない。何とは言わないが。
あんなにキレイで模範的な動きをする人のどこが呪い児だよ。
ちなみに、制作陣が言うには、赤い瞳をする人は呪いの子どもだと言われるけれど、呪いなんでものはないと明記している。他にどんな特性があるとかは言われていないから、瞳の色と本人の気質に相関はないだろうが……。
そういえば、歴史書でも革命だの反乱だのがあったときはみんな王族に赤い瞳の人がいたっけ。
なんだっけ、鮮血がどうのこうの……。
俺からしてみれば、レッドスピネルが一番近いと思うんだがな。まあ、血の色と言われればそうかも知れないが、それはほら、ヘモグロビンが持っている酸素の量がどうのこうので静脈から取れば赤黒くなるし、その時々、どこを流れる血かにもよるじゃん、と言いたくなる。言い出した人からしてみれば血は赤ということなんだろうけど。
「続いて、ヴァイス・ナディール様」
気づけば、アオフリヒ様は終わっていたようで、同年代の公爵家に当たる男が呼ばれる。第二王子とすれ違う際には足を止め、恭しく頭を下げ、入れ違いになるように入室した。
人当たりの良さそうな、頼まれごとを断れないタイプの優しそうな顔をしている。華美な装飾はみられず、誠実というか、なんというか。
彼の実家は、中立派だったはずだ。
貴族間での派閥争いには無頓着で、両陣営のどちらにもついていなかったはずだ。
もう片方の公爵家は第一王子派閥であり、そこの令嬢は、現在第一王子の婚約者になっていたはず。
こう言っていいのかはともかく、もちろん、彼女は作中で断罪され、その後は第一王子派閥から退いていた。もったいないことをするなぁとは思うが。
議席のうち、第三席に座しているものの、基本は欠席していて、事業に熱中しているとか何とか……。
まぁ、公爵の道楽だろうな。それが運よく才覚があったために、熱中して結果を出しているとでも言うべきか。
「同年代に候爵家はいない。だから、次はお前だな」
考え込んでいると、隣に座り直したアオフリヒ様はニヤリと愉しげに口角を上げてこちらを見た。
たしかに、侯爵家は三つ上に一人、兄上と同い年に二人、それから一つ下に一人いたはずだ。なかなかかぶることがないのが常であるし、そうおかしなことでもないが。
むしろ、この場に上流階級貴族である王族と公爵令息がいる時点で珍しい。貴重な経験であるとでも言うべきか。
「リューゲ・ノルデン様」
自分の名前を呼ばれたことに、アオフリヒ様に小突かれたことで気づく。慌てて立ち上がり、壇上へ。あと数十センチとなる公爵令息様へ敬礼の意を示す角度まで腰を折り、頭を下げる。
前世ではよくお辞儀してたなぁ、なんて思っている間に彼は通り過ぎ、下げた時よりも遅めに頭を上げ、室内へと向かった。
壇上の脇からは教会の人に案内され、近くにあった一つの扉を指し示される。言われるがまま、小さなステンドグラスにはめ込まれている扉を押して中に入ると、そこには壇上で朗読をしていた教皇がいた。
なるほど、いなくなったあとはここにいたのか。
室内は暗く、教皇の隣には木でできた書見台があり、上には分厚そうな本が開かれていた。電気つければいいのになぁ、とは思うものの、普段は使わない上、日当たりが酷く悪いわけでもない。
建設当時では、小窓一つで十分だとでも思っていたのだろう。わからないけど。
「こちらの本に手をかざしてください」
教皇は書見台の上にある本を指し示しながら淡々と告げる。異世界モノらしいことするものだ。
……異世界モノか、これ。
言われるがまま手をかざすと、身体から何かが抜けていく感覚とともに本のページが触れてすらいないのに勢いよくめくれていく。何が抜けたのかはよく分からないが、感覚的には200ml献血を受けたあとのような、そこはかとないだるさがある。
他のどこに視線を移せば良いかもわからずに、とりあえず本を見つめていると、本はページを捲る手を止めた。開かれたのは白紙のページ。
何もねぇじゃん、なんて思っていると、何かが記載されていくことが何となくわかる。見えないし、聞こえないし、さわれない。それでも、何かが集まり、正しい位置に戻っているということだけは知覚できる。五感のいずれとも違うし……。
いわゆる、第六感とかいうものか?
もしかして、この世界に来てからスピった??
などと困惑していると、本がもたらす変化が終わった。
どうやら何かは自分に干渉していたようだ。
何かは魔力であり、知覚できるようになった。なったというより、させられたと言うべきか。
と言っても完全なものではなく、属性を付与されて入れば色が付き、濃度によって色が濃くなったりして見える。自身の体にそれが巡っていることも、どことなく分かる。そして、その総量が少ないことも。
「本をいただきます」
教皇はページをそのままに、書見台の上にある本を伏せて置いた。どうやら台には祭服の刺繍と同じように回路が刻まれていたようで、本に集まっていた魔力が書見台を通り、上辺中央部にはめ込まれている白い魔石に干渉する。
その白い魔石は真上数センチ離れた宙へボードのようなものと、結果を記した。
なるほどな。本に記されたことを目に見えるようにするわけだ。
ボードに記された自身のステータスに目を通す。適正魔力は水。特に氷が得意らしい。まあ、北方出身らしいといえばそうか。父様も氷が得意だったはず。兄上はどちらかと言うと水のほうが得意だったような。
魔力の質はBランク。悪くはない。頭一つ抜けて強いというわけではないが、引くほど弱いというわけでもない。質もそこそこだから、威力も申し分ないだろう。
本を閉じると、先程の情報を開示する魔術が頭の中へと流れ込む。まさに、ステータス魔術を獲得したとでも言うべきか。
これもまた、前世ではあり得なかった不思議な感覚だ。
「これにて、魔力適性検査を終わります。あちらの扉からご退出ください」
自分が入ってきた扉を指し示し、教皇は告げる。
言われるがままに扉から退出して、来た道を戻る。壇上へと戻るような道順を歩いていると、舞台袖に垂れるカーテンの隙間から枢機卿と目が合った。
「続いて――」
その後も呼ばれ手は中へ入っていく貴族の名前を右から左に聞き流しつつ、今後のことをぼんやり考える。
自分が今まで会った中で、ゲームに出てこないのはリーヴルと父上、兄上。他には侍女とかも入ってくるのだろうが、そこは割愛。
特に、自身の兄については少しも触れられることがなかった。もちろん、自分が悪役のモブだからというのもあるのだろう。
しかし、自分は作中で、ノルデン伯爵家次期当主、なんて大層な肩書がついていたような気がする。殺されるときに、男爵令嬢だかなんだかのヒロインに対し、伯爵家次期当主を殺して良いのかと騒いでいたからよく覚えている。
兄がいるのに、果たしてそんな肩書になるだろうか。
まさか。
考えたくもないようなことだけれど、原作が始まる前に兄上は死んだ……?
いや、廃嫡になった可能性もある。でも、あんなに頭の良かった兄上が廃嫡になるような出来事を引き起こすとは思えない。
やっぱり命を落としたのか? それは困るな。
貴族が亡くなるような出来事といえば不慮の事故に加えて、暗殺というのも候補としてあり得るが、あの兄上だ、殺されるほど恨まれるようなことをするような人柄をしていないはずだ。
不慮の事故、不慮の事故……。なにか、あったような。
喉元まででかかっているんだけど。作中で触れられるような、大きな事故が。
「――土砂災害?」
そうだ、確か、あった。
ヒロイン、あるいは女主人公がなった理由の一つ。
ノルデン領にある大きな山が、何かしらが理由で崩れるのだ。
季節は冬。特に自分のところは寒さが厳しく、生存者はいないかと思われていた。そんな中、決死の思いで救出することができたのはたった一人。
まさにその一人こそ、本作のヒロインであり女主人公となるライムである。結果、神の御加護だなんやと言われ、男爵家の血筋が入っていることが判明し、あれよあれよという間に令嬢になったのだ。
当時、あの道を通るのは貴族平民問わずいた。ちょうど、長期休暇に差し掛かったあたりで、ノルデン領にいる騎士爵の令嬢子息などの貴族が帰っていたのだ。
それに、あの道は山でありながら、交通の要所の一つでもある。死者はもちろん、多数。その中であれば、兄上の死体が仲間入りしていてもおかしくはない。
……作中では土砂だと言っていたけれど、時期からして雪崩の可能性もあるな。この世界に緯度という概念があるのかはわからないが、そう低緯度でもないだろう。
どのくらい積もるのかは……まだはっきりと見せてもらったわけではないからわからないけれど、冬には残念そうに肩を落としている使用人をよく見ていた。
ともかく、ライムはそうして、齢十歳にして天涯孤独の身となったのだ。ライムは自分たちの一つ上、今は数え年で六歳なはず。じゃあ、期日はあと四年か。
土砂ならば、地道だけれど簡単な方法がある。植林だ。
現代でもよく言われているが、木が根を張ることで土を捕まえる、んだったかな。聞きかじった程度でしかないが、つまるところそういうことだ。
ウチの領はたしかに林業を営んでいる。とはいえ、そこまで伐採量が多い方ではないし、林業で言うならば東側、オスト領の方が有名だと兄上が話していた。
兄上の使っていた教科書が本当ならな。
そうすると、土石流よりも雪崩のほうが可能性としては高いのかも知れないな。雪崩を阻止するためには雪崩予防柵と呼ばれるものが有用だった気がするが、残念ながらこの世界にそんなものはない。
予防策の役割は雪の動きを抑制すること、雪の飛散を防ぐことだ。あとは滑落の防止とかもあるみたいだが。柵を見様見真似で作ってみるか?
「――デン。ノルデン」
「はいっ。なんでしょう」
隣から小突かれ、弾かれたように顔を上げる。呆れた様子でこちらを見やる殿下へ、愛想笑いを浮かべてみせた。
「何を考えているのか知らないが、もう少しで全員の検査が終わるぞ」
腕を組み、舞台の方へ視線を移した殿下につられて自分も視線を動かす。どうやら前傾姿勢になっていたようで、口元に置いていた手を離し、背筋を伸ばす。
確かに、出てくる貴族はお世辞にもはじめの人と同じような、貴族らしい服装とは言えない。財力の差をしみじみと感じる。
もっとも、普段の自分はこれよりも安そうな服を着ているのだけれど。
「以上で、本日の検査は終わりです。扉付近の肩から順次お帰りください。それでは、お疲れ様でした」
枢機卿の説明とともに、他の貴族たちが談笑を始めつつ帰り始める。先程の静粛な雰囲気はどこへやら、騒がしくなった講堂内が前世の教室を思い出させる。
座席を立ち上がり、大きく伸びをしていると、隣から小馬鹿にしたような声が聞こえてきた。
「……なんですか」
「はは、いや、すまない。ただ、オレの近くにいる割には自然体だなぁと思ってな」
「ご不快でしたら、変えますが」
「いや、そのままでいい。そのままでいてくれ」
訝しげな視線を向ければ、それを不快とも思わない表情で返される。王族は傲慢な印象しかなかったが、殿下はあまり、王族らしくないと言うか。
もっとも、自分がそれを言えるほど貴族として階級観念ができているわけでもないのだが。そりゃあ、自分の中では身分差というものがしっくり来ていないのだから、仕方ないだろう。
だが、殿下はそうでもないはずだ。ゲーム内で描かれている範囲で彼の境遇を知っている身としては、随分と珍しい、で片付けにくい。
「そうですか。公私は分けるタチなんですが」
「ダメ、か?」
困り顔を作りながらそう言ってみると、ワガママを通用させたい子どものような表情を浮かべられる。そうはいっても、だからと他の貴族の前で素を見せては揚げ足を取られてしまうかもしれないし。
「だれもいないところでなら……?」
「そうか、恩に着る」
最大限の譲歩に、殿下は嬉しそうな表情を浮かべられる。
仲良くしすぎるとエンドロールに近づいていくよなあ、なんて、心のなかでぼやきつつ、宿へ戻ろうとそちらへ足を向ける。ノルデン領へ来たいとのことだが、それについては後日に正式な書簡が届くだろうし、父親へその旨を伝えなければ。
さして急ぐようなことでもないだろうが、準備期間が長いに越したことはない。話した限り、殿下に常識の範疇を超えるほどわがまま放題でもないようだし。
「リューゲ、どこへ行くつもりだ?」
「どこって、宿にもどるんですよ」
「まだ暇だろう?」
「ええ、まあ。しかし、明日にはかえりますので、そのかたづけを……」
「そんなの後回しでいい。来るよな?」
にっこりと、有無を言わさない表情を浮かべながら手を掴む殿下。
前言撤回、既にわがままを言い始める年になっているようだった。




