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拝啓、川中先生

作者: 衣更
掲載日:2010/02/24

私は数学が苦手だ。

高校生の頃は「文系90人中89位」という数字に慣れてしまう程であった。

いつもブービーなのである。ビリではない、ブービーというのがポイントだ。


 * * *


数学Bを担当していたのが川中先生。

基本的に穏やかな気質なのだが、「この問題が解けたら持ってこい、正解していたら休み時間に入っていいぞ」というスタンスの先生であった。

数学が出来ない者達にとって、この授業方式は一種の罰ゲームといっても過言ではなかった。

答えが間違っていれば勿論ヒントは与えてくれるが、いちいちダメ出しをされに前へ出るというのはあまり気分のいいものではない。

私は数学が得意だった友人に助けを求めながら、適当に川中先生の授業をやり過ごしていた。


適当にやり過ごしていたツケというのは案の定試験に回ってくる。

すっかりブービーハンターとなった私は先生にマークされるようになり、数学Bの授業を憂鬱な時間だと考えるようになった。


「山田さん 公式くらいは覚えてね」

先生は苦笑しながら採点した答案用紙を私に返却した。

・・・あぁ、また8点。


先生は全員の答案に一言コメントを添える。

例えば成績優秀な友人なら「素晴らしい、このまま頑張って」と言った具合に。

私へのコメントはいつも「もう少し頑張って」


ふん、私大文系志望に数学は要らないのよ。


 * * *


8点ばかり取っていたら、前期の通知表で赤点を付けられた。

35点以下が赤点なので当然の結果である。


通知表で赤点が付いてしまうと追試ルート。この追試に受からないと見事留年という訳だ。

後期は背水の陣で臨まなければいけないのだが、私は相変わらずのらりくらりと過ごしていた。


そして後期中間試験も相変わらずのブービーハンターぶりを発揮。

毎回毎回ビリは一体誰なんだ、なんて思いながら バツだらけの答案を見つめる。

先生からのコメントは、「このままではまずい」ただ それだけ。

苦笑すらしてくれない、能面のような顔で先生は私を見ていた。


ああ…見捨てられてしまうのかな…


私は、急に怖くなった。追試が怖いのではない、呆れながらも私を気にかけてくれた先生に見捨てられる事が。


まったく、馬鹿な生徒だ。

私は秋も深まった頃から数学Bの教科書を教室以外でも開くようになった。

先生に質問をしに職員室へ何度も通ったりもした。


「山田さん、最近頑張ってるじゃん!」

笑顔を浮かべた先生にそう言われる事が一番嬉しかったのだ。


 * * *


最後の試験は54点であった。

平均点が55点なので、私にしてみれば奇跡のような点数なのだ。


答案用紙には今までよりも大きな字でこう書かれていた。

「よく頑張ったね、素晴らしい」


素晴らしい、だなんて 優秀な友人くらい点数を取らなければ言われないと思っていた。

「ほら、やれば出来るんだよ山田さん!来年もこの調子で頑張って」

そう言って 先生が笑った。


私は急いで自分の席へと戻った。涙が零れる前に。



 * * *



翌年の秋 先生は学校に姿を見せなくなった。


「川中先生は体調不良の為 暫く休養します」との事であった。

年齢も40代とまだ若く、スポーツが好きで病気には縁遠いタイプだと思っていた先生がまさかの病気療養。


先生からのメッセージが伝えられた。

「今は入院していますが、君達の卒業式までには必ず戻ってきます」


しかし 先生が回復する前に 私達は卒業式を迎えた。



 * * *



川中先生は卒業式から数十日後に亡くなった。




お通夜の席で 私は先生が休養する少し前に交わした会話を思い返していた。


「山田さんは全然勉強しなかったからな~、問題児だったね」

「その節はどうもすみません…でも手の掛かる子ほど可愛いって言うじゃないですか?なーんて…」


先生がけらけらと笑った。


「そうだね、思い入れは強いよ」






飴と鞭を上手く使い分けていた先生。

鞭が嫌だというよりも、飴が思いの外美味しかったから頑張れたのかもしれない。


先生、ありがとう。


贅沢を言うのなら…もう少しだけ、他愛もない話をしたかったかな。

ノンフィクションですが、氏名は仮名です。

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