9 あたたかなまじない
最初のうちは気乗りしなかったハイトも段々気を取り直し自分から手を動かすようになった。編み上がった部分にハイトのまじないも宿る。手が動くようになると口も動き、ハイトは普段通り饒舌になった。
「――それでね、その絵本っていうのが木こりの絵本で、折り畳まれた紙を捲るとこんなに大っきい木のおうちが出てくるんだよ」
シルビアはうんうんと頷きながら編み込む糸を間違えないように気を配る。ふと、ハイトはその隣で表情を曇らせ、ぽつりと呟いた。
「……また、あの子と一緒に遊べるかな」
シルビアは明るく返事をする。
「もちろん遊べるさ」
そんな話をしながら二人はミサンガを編んでいった。
やがて編み上がったミサンガにはまじないが掛かり、星屑のようにきらきらと煌めいた。ハイトの心を守る鎧になる――そのシルビアの言葉通り、凛々しく艶めいている。
「さぁ、できたよ」
シルビアはハイトの柔らかな手首を取り、出来上がったばかりのミサンガを優しく結んだ。
「寂しい時にはこのミサンガを思い出してごらん。どんな時でもお前を守ってくれる。自分の優しさとお友達の優しさを信じるんだ。このミサンガはその強さを与えてくれる。何も心配はいらないさ」
ハイトは手首に輝くミサンガを見つめ、こくりと小さく頷いた。
翌朝、通学鞄にミサンガを忍ばせ、やや緊張気味にハイトは出掛けていった。昼過ぎになると元気に帰ってきて、無事綿毛の女の子と絵本が読めたと言って喜んだ。
「銀色のミサンガのおまじない、あったかかったよ。僕も寂しい人を助けられるまじない師になりたいな」
ハイトはそう言うとリリーのところへ飛んでいった。
「リリー、ただいま」
そう言って力いっぱいリリーを抱き締める。さすがに窮屈で鬱陶しいらしく、リリーはむすりとして『ぎゃあご……』と濁った鳴き声を上げ、ハイトの腕をすり抜けた。ハイトは怯まずに手を伸ばし、リリーの背中を優しく撫でる。
「リリー、寂しくなかった? 僕はリリーに会えなくて寂しかったよ」
リリーはうんともすんとも言わずに目を閉じてハイトの愛撫を受けた。
――寂しくないわけではないけれど、あんなにぎゅうぎゅうされるのは嫌だわ。
リリーのそんな気持ちを見て取ってシルビアは苦笑いした。ハイトが幼児学校へ通うようになってからしばらくはリリーも不安定だった。リリーにはハイトを危険から守る本能的な使命感があるようで、幼児学級に入るまでは片時も離れずハイトのそばにいた。そのハイトが日中自分の手を離れ、どんな目に遭うか分からない場所へ行くので、リリーは気が気ではなく、ずっと窓の外に向かってにゃあにゃあ鳴いていたのだった。