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8 来歴(エレノア)

マリーが別邸に移ってすぐにアラン様に連絡を取る。

近々アラン様の公務に同行する予定が何件か入っていたのと、三ヶ月後の建国祭の準備もそろそろ始めないといけないので、私もしばらく王都に滞在予定ではある。


なので近いうちにアラン様には会えるのだが、今回は気が急いていたので手紙を書いた。


すぐに返事もあり、私を迎えに来るついでにすぐにこちらへ来てくれるらしい。私も学生時代はフォレット家の別邸を使っていたが、今王都に滞在する時はアラン様の邸宅を利用している。


ありがたいことではあるのだが、今回に限ってはマリーとロイが別邸にいるのに自分だけ違う邸に滞在なのは少し寂しい気もする。

アラン様には言えないが。


「あなた達も準備をしないとね」


猫ちゃん達がニャッと返事をしてくれる。


「あら、来たみたいね」


来訪の報告があって、アラン様が騒がしく入ってくる。


「エレノア! 君から俺を呼んでくれるなんて珍しいな」


「あら、そうだったかしら? いつも会いたいとは思ってるんですが、お忙しそうだから遠慮してしまうのよね」


「調子の良いことを。で、なにか聞きたいことがあるんだったか?」


「ええ、アラン様ならデュラン公爵と面識があると思って」


デュラン公爵の名前を出すとアラン様がわかりやすく嫌そうな顔をした。


「エレノアに男の紹介をするのは気が進まないな」


「妹の恋人候補の人となりが知りたいだけですわ。事故物件なら早々にマリーを返してもらわないと困りますから」


「ああ、そういえばマリエラがあいつと知り合いになったとか君からの手紙にあったな。そうだな……あいつは高位貴族だから生まれ育ちや家の事情くらいは大体把握している。本人にそこまで詳しい訳ではないが、ある程度なら教えられる」


「アラン様に聞いて良かったわ。あまりいい話を聞かない方だけど、アラン様はどういった印象をお持ちですの?」


「優秀ではあるぞ。個人的な付き合いはあまりないから性格に関しては知らんが、前公爵の時に下がりがちだった税収があいつになってからかなり安定して増えたからこちらとしては大助かりだ」


「ただ、君が俺に聞いてきたようにあの家は閉鎖的な所があるから、家名は有名でも内実はほとんど知られてない。そういうのもあり変な噂は立ちやすい」


「簡単に紹介すると、サイラスはあの家の嫡子として生まれた。父親は前デュラン公爵で、母親はアリアローズ侯爵家から嫁に来たセレナ。家柄は申し分無く釣り合いがとれていたんだが、サイラスの両親の不仲は割と有名な話だった」


アラン様が今し方お出しした熱い紅茶を一口飲んでから、向かい合わせのソファに座ったまま、淡々とした口調で続ける。


「前デュラン公爵は元々次男だったのが、長男が流行り病で急逝して繰り上げで家を継いだ。気楽に幼少期を過ごしたせいか気安い感じの女の方が好みだったらしい。


当代一の才女と名高かったセレナとは気が合わなかったみたいだな。


それでサイラスが生まれた直後、愛人にも子が生まれた。公爵はそっちに入れあげてたみたいで周りからも色々苦言を呈されてはいたな」


「セレナ様はそれを許容されてたんですか?」


「いや、お互いに愛は無かったんだろうが、セレナは気位の高い堅物だったらしいな。公爵がどこかから連れてきた“一応は貴族”程度の女とその子供を正妻・嫡子と変わらない扱いをすることは許さなかった」


「それで、セレナ様は?」


「旦那達をまとめて追い出したらしい」


……セレナ様が思っていたより強いわ。


「そう言うと聞こえは悪いが、本邸に奥方が残る形での別居だ。必要な時は公爵も戻ってきていた。セレナの施政能力が高かったのと、公爵も自分の仕事はしなくていいのに安定した良い暮らしが送れていたから、冷え切ったなりに関係は悪くなかった」


「いびつながらに安定があったんですね」


ただ今の所、話の中で生き残っているのは一人だけなので何かがあったのだろう。


「サイラスがアカデミーに入る何年か前にセレナが病に倒れた。そこからしばらく闘病しながら仕事をしていたらしいがついに亡くなり、そこで本邸に公爵と愛人とその子供が戻ることになった」


「……現デュラン公爵からしてみれば胃の痛そうな環境だこと」


「本邸に戻ってきた三人とサイラスの関係性がどうだったのかはわからん。おそらく良好ではなかっただろうが。


ただ不幸中の幸いで、サイラスはそこから何ヶ月もしない内にアカデミーに入寮の予定だった」


「たしかアラン様と同級生だったんですよね」


「子供の頃から数回程度はあったことがあったんだが、再会した時は悲惨だったな」


アラン様が何かを思い出す様に一度言葉を止めた。


「目に光が無くて幽鬼のようだった。かと思えばギラついた目で何か考え込んだりな。とにかく陰鬱だったぞ」


父から聞く限り好青年だったらしいが若い頃は違っていたのかしら


「しかし、二年になるころには落ち着いた優等生として誰からも高い評価を得ていた。『常に学年首席。文武両道で非の打ち所のない貴族』在学中はその評価に何の傷もつかなかったな」


「ずいぶんと最初の印象と違いますわね」


「あの頃親しくしてたら何かわかったかもしれないが、端から見た感じだとあまり人に心を開くタイプではなかったな。

一人かなり親しくしてた友人がいたらしいがそっちは俺の知り合いではない」


「そして我々も卒業年になり、あいつは結局最後まで優等生だった。王立のアカデミー最優秀賞をどの部門でも取って周りを騒がせていたな。さすがに武道に関しては最優秀は無理だったみたいだが、評価は俺のすぐ後ろだったからそれも次席だな。他人事ながら感心する」


政治、経済、統計、農業、商業など様々な分野で最優秀生が選出されるらしいが一人でほとんどのタイトルを取ったらしい。この年にアラン様が騎士の分野で表彰されてたのを覚えているが、それ以外全部となるとすごい。


「サイラスの周りで家族が死に始めたのはここからだ」


「えっ?」


ただの来歴が急に不穏になってしまった。


「アカデミーは領地経営や産業研究の縮図だからな。そこで優秀ならどこに行ってもひっぱりだこだ。あいつはただでさえ大貴族だし、見合いの話が大量に舞い込んできていた」


「ひっきりなしに良家の令嬢が集まるパーティに呼ばれて、サイラスもそのうちの一つに参加することにしたらしい」


「そしてその日、会場へ向かうサイラスが馬車ごと誘拐されて殺された」


「? でも、今生きていらっしゃいますよね」


「蓋を開ければ死んだのは弟だったんだが、髪型やら服装を真似てサイラスのフリをしていた。


前日からサイラスは感冒にかかっていて高熱と体調不良でパーティどころではなくなったので主催者に欠席の手紙を書いてアカデミーに届けてくれるよう頼んだんだ。


本来なら配達の人間が手配される所、弟が事務員に『兄の不義理を直接謝って来たい』と言ったので、血縁者だし問題無いだろうと思ってその手紙を渡したらしい。


それを握りつぶして自分が代わりに参加しようとしたんだ。弟が好意を寄せてる令嬢とお近づきになりたがってたとかで、弟の友人連中からも裏は取れてる。


サイラスといえば病み上がりに部屋から出たら自分が死んだと騒ぎになっていて混乱していたが、弟が死んだのがわかってからは憔悴した感じで、周りからは同情されていたな」


「犯人は見つかったんですか?」


「当時のデュラン公爵家が見つけて既に処刑されている。詳細は公開されていないが」


「その後夫人が精神を病んでしまったとかで旦那と心中をはかったらしい。あまり外聞のいい話ではないから公式には病死だ」


「そういった事情でアカデミーを卒業してすぐに爵位を継ぐことになったサイラスだが、領地経営は良好だし住民からの評判も良い。俺が知っているのはこのくらいだな」


アラン様はすっかり冷めた紅茶を一気に飲むと背もたれに体重をかけて一息ついた。


アラン様のおかげで三文ホラーのような得体の知れない恐怖は無くなったが、それでも妙な不安はつきまとう。


マリー、大丈夫かしら……


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