7 焼けた跡
サイラス様の申し出に赤くなったり青くなったりしていたら、昼を告げる鐘がなった。
「あら、もうこんな時間なんですね。そろそろ邸に戻らないと」
「そんなに急がなくても……何か用事でもありましたか?」
「いえ、私に用事などないんですが、馬車を戻してあげないと弟が帰路につく時に困りますから」
私が帰るまで馬車は帰れないので、いつまでも馬車を押さえているとロイ君の迎えに行くのが遅れるかもしれない。まだそれなりに時間はあるが、初日から弟に迷惑をかけたくないので余裕をもって帰った方がいいだろう。
「ああ、それなら今度からうちの馬車を使ってください。最近は私が外出しないから仕事が無くて困っていたんです」
「えっ?」
「友達なんだから遠慮なんかしないでくださいね。明日からは迎えを出しますのでロイ殿にもよろしく伝えてください」
遠慮するまえに押し切られてしまった。サイラス様は優しそうな反面、なかなか押しが強いと思う。
「じゃあ、また明日を楽しみにしてます。これも良かったら持って帰ってください」
アップルパイの残り5切れを包んでくれた。別邸のみんなへのお土産ができたので嬉しい。
執事のセバスとメイドのローラ夫妻と、馬車と庭を管理してくれてるエディ、それと料理人のケリー。ロイ君を入れても5切れあれば全員で食べられるし。
「でも、サイラス様。連日お邪魔したりしてはお仕事の妨げになりませんか?」
「全然! この後つまらない書類仕事が待っているんですが、良い息抜きになりました」
馬車まで送るというサイラス様の申し出を固辞して、席を立とうとするとその前にサイラス様が私の手を取った。
反射で握り返して握手をするみたいになったが、そのまま両手で右手を包まれてぎゅっと握られた。
「マリー。また明日待ってますね」
「は、はい。それでは失礼します!」
顔が真っ赤になるのが自分でもわかって慌てて退室して玄関と反対の間違った方に走っていってしまった。
急いでポールさんが追いかけてきてくれたので、ちゃんと玄関までたどり着けたが二重に恥ずかしい。
「すみません、ポールさん」
「いえ、旦那様とお嬢様がたのしそうで何よりです」
「今度から間違えない様に気をつけます。あ、でも今間違って行った方向は床の色が少し変わってたから、間違って行っても気がつけるかもしれません」
白い石造りの床が続く中、今行った辺りは面白い模様に変色していた。多分おしゃれでちょっと黒を入れてみたのだろう。
「ああ…… お見苦しい物をお見せしました。あの辺りは以前に少し小火がありまして」
まさかおしゃれ目的じゃない変色だったとは。
「旦那様も近いうちに汚れた床石も入れ替えようかと言っておられましたし、綺麗になったら改めてご案内いたします」
ポールさんはそう言って馬車のドアを開けてくれた。
正直まだ顔が真っ赤だと思うがもうそれは仕方が無い。初めてできた男性の友達、しかもとんでもない美人で優しい人である。そんな人に手を握られたりしたら、私のような免疫が皆無な人間は三日は思い出し赤面するくらいが普通だろう。
エルディへの態度を見てもサイラス様は犬が好きなんだろうし、飼い主の私もそれなりに好印象なんだと思う。
ただ犬好きな女性ならもっと素敵な人もたくさんいるだろうになんで私と仲良くしてくださってるんだろう、ぼんやり思いながら帰宅した。
夕方ロイ君が帰ってきたので公爵邸で出されたアップルパイをごちそうした。
「うまっ! この間並んで買った王都で人気の菓子店のパイより全然うまい」
「でしょう! すっごくおいしかったの。セバス達も喜んでくれてたわ」
「それでマリー。今日はどんな感じだった? なんもなかった?」
「あのね、ロイ君。今日ね! 私サイラス様とお友達になったの!」
「色々あるけどちょっと待って。サイラス様って何? 友達?」
ロイ君は眉間にものすごくしわを寄せた。たしかに身分差があるので名前呼びなんて馴れ馴れしいことをしたら弟から注意されても当然である。
「こんな呼び方するのもきっとあと三ヶ月だけなんだけどね。療養中は友達として接してほしいって言うからお互いに名前呼びにしたの」
今日の話をさらっとロイ君に伝えると、ロイ君はどこか遠い目をしながら
「うん。なんかもう、なるようにしかならない気がしてきたよ。頑張れマリー」
「短期間でもうまくつとめられるといいんだけど」
「別に友達なんて気負わずに適当にやってこそ友達なんじゃないの? それよりエレノア姉さんもマリーのこと気にしてるんだから。くだらないことでもいいから、何かあればちゃんと手紙で報告しておきなよ」
「うん。そうね」
お姉様たちにも、今のところなんの問題もなさそうなことは伝えておこう。心配してくれてたみたいだし。




