番外 すれ違う王子 後編
この話のみ途中でサイラスからマリエラに視点が切り替わります。
昨日のことで話があると先触れは出していたのですぐに応接室に通されたが、王子が来る前に部屋で待っていたウェズビーが声をかけてきた。
「昨日は申し訳ございませんでした。閣下」
「ああ、私たちをだましたことか? 妻を怯えさせたことか?」
王子に命令されたら断れないだろうから哀れではあるが、優しくする義理もない。胃の痛そうな顔をしている。
「閣下。殿下がいらっしゃる前に少し、ことの経緯をお話ししてもよろしいでしょうか?」
「構わない」
「昨年の春に殿下が賊に襲われて大怪我をされたことはご存じかと思いますが、その時可憐な女性に助けられたとかで、殿下はその女性に恋心を抱かれたのです。それ以来、名も知らぬその女性を探しておられました」
去年小細工をしてどこかに行ってもらったのは正解だったな。結婚式の前に面倒を起こされなくてよかった。
「先日年末の夜会で殿下はその女性を見つけられました。結論から申し上げると奥方様だったのですが、閣下の奥方様だったと知って殿下は意気消沈されまして。恋は破れてしまいましたがお礼だけはちゃんと言いたいと、昨日お話の機会を設けようとされました」
「なにか行き違いがあったのかもしれませんが、殿下が奥方様を傷つけようなどとは思っていなかったことは信じていただけませんでしょうか?」
「そうだな。そこから先は殿下ご本人から伺おう」
エリック王子が現れたが表情は暗い。
「やあ、公爵。来てくれてありがとう。ただ、すまない、これは昨日感じたんだけど」
なんだ? 歯切れが悪いな。なにかを言おうとしてためらうようなそぶりを見せた末に、結局口を開いた。
「君はもしかして、あの、夫人を、……脅したりしているんじゃないか?」
「は?」
私がマリーを脅す? なんの冗談なんだ、この馬鹿。
「私は去年の春に夫人に命を救われて、昨日はその礼を言いたかったんだ。ただ私の事件の話になると顔を青くして否定して。忘れているだけならあんなに怯えたりしないだろう? 君が夫人に余計なことを言わせないようにしているんじゃないかい?」
お前が紛らわしい聞き方をするからマリーが怯えたんだろうが! 本当にかみ合わないな、こいつ。マリーとの相性も悪そうだ、それは喜ぶべきところだが。
「殿下。私の妻にどういった伝え方をしたのかはわかりませんが、昨日殿下にテロリストの疑いをかけられたとかでひどく悲しんでいましたよ」
「なんだって!? 私を助けてくれたのはたしかに彼女だったのに、なぜ」
一年近くも前に一度見ただけの人間など余程の思い入れがなければとっくに記憶から消えていて当然だろうに。
「公爵、もう一度夫人に会わせてもらえないか? 会って確認したいんだ」
そうだな。この変に思い込みの激しい王子に現実を見せた方が話が早そうだ。今日はある程度時間をとってあったらしいのでそのまま王子を私の邸まで連れて行くことにした。
「妻は昨日の件で動揺しているので、私が説明しますから殿下はとりあえず聞いていてください。いたずらに妻を怯えさせたりしたらそのままお帰りいただきますので」
「あ、ああ。わかった。気をつけよう」
「サイラス様、おかえりなさい!」
邸につくとエントランスでマリーとエルディ、スピカとザビが出迎えてくれた。私の後ろから歩いてきた王子に気がつくと少し緊張した様子だったがにこやかに挨拶を続ける。
「殿下、ようこそいらっしゃいました。昨日は失礼をしてしまい申し訳ございません」
「いや、こちらこそ。突然呼び出したりして悪かったね」
「マリー。色々と誤解もとけたので一度殿下を交えてお話をしようと思って。一緒にお茶にしませんか?」
「はい。そろそろサイラス様が帰ってくると思ってもう準備してあったんです。今客間に運びますね」
さて、場も落ち着いたし切り出すか。
「マリー。さっき殿下とお話ししてきたんですけど、マリーに暗殺未遂事件の疑惑がかけられているというのは誤解で、むしろお礼をするためにマリーを呼んだみたいです」
「ああ、良かった! 疑惑は晴れたんですね!」
元々かかっていないが、マリーが嬉しそうだから良しとしよう。
「それで、マリー。去年の春頃、林で人が倒れていたのは覚えてますよね? あの人がエリック殿下のお付きの人物だったということで身内を助けてくれたお礼をマリーに言いたかったらしいですよ」
「お付き? 公爵、それは」
エリック王子が怪訝な顔でこちらを見てきたが無視する。
「ええっ、そうだったんですね! お礼ということは、急いでハンスさんを呼ばないと」
「ハンス?」
「ええ、殿下のお付きの方を助けてくれた護衛さんなんです」
「助けてくれたのは夫人だろう?」
「いやいやいや、あの方を見つけたのはエルディとザビで、診療所へ運んだのはハンスさんですから、私は全然なにもしてませんよ。エルディとザビっていうのはこの子たちです」
マリーが廊下からエルディたちを連れてきて王子に見せる。
「マリー、ハンスは今日非番なんです。後で私から伝えておきますから大丈夫ですよ」
エリック王子は戸惑ったような顔で近寄ってきた犬をなでている。その子はスピカなので王子を助けた犬ではないが。
「夫人、私を助けてくれた人は」
「ああ、お聞きしたことがあります。優しくて力持ちな妖精のような女性ですよね。すごいなぁって思います」
「……そうか。ありがとう」
もうエリック王子も満足しただろう。
「殿下も忙しいでしょうし、そろそろ城に戻らないとでしょうか。マリー、せっかくなのでエルディたちも一緒にお見送りしましょう。ザビが馬の前に飛び出すと危ないのでつないできてもらってもいいですか?」
「そうですね。ザビ、こっちにおいで」
マリーがザビをつなぎに部屋の外へ出て行った。
「殿下、気は済みましたか?」
「公爵、お付きの人間ってなんだい? なんで私本人だと言わないのかな」
「妻は自分はなにもしていないからと、礼の類いは固辞しますよ。うちで雇っている護衛に勲章でもあげたいのなら王子本人だったと言うこともできますが。妻が殿下を覚えていないし助けたつもりもないのならどちらでも同じでしょう?」
「優しい妖精は私が言った言葉だけど、力持ちってなんなんだろうか?」
「多分妻は、その女性が殿下を軽々と持ち上げて安全な場所に運んだと思ったんでしょう。自分にはとてもできないと言っていました」
***
サイラス様とエルディたちと私でエリック王子のお見送りをした。
昨日からドタバタだったけど私の嫌疑も晴れたし、去年倒れていた人も助かっていたみたいだし色々とすっきりして良かったと思う。
「ではお気をつけてお帰りください」
「ああ公爵、邪魔したね。夫人もお元気で」
「ありがとうございます。殿下もお元気で」
馬車が小さくなっていく。サイラス様の午後のお仕事が始まるまでにまだ時間があったので二人で手をつないでエルディたちと散歩をした。
冬の柔らかい光があたって寒さと暖かさを両方とも感じる。サイラス様はにこにこしていてザビは走り回っている。エルディとスピカは私に歩調を合わせて歩いてくれていて、それがすごく平和で楽しくて、昨日のお祈りが時間差で効いているのかもしれない。
「なあ、ウェズビー。まさかあそこまで気にかけられていないとは思わなかったよ」
「まあそういうこともございますよ。既婚者ですし、そちらのほうが諦めもついてよろしいのでは?」
「運命の相手だと思ったんだ。最初に直接的に言わなかったのも向こうから気づいて欲しかったんだけど。はあ、正直『あの時助けたのがまさか王子様だったなんて』という展開を期待していた」
「それに公爵はどちらかというと冷血で有名だろう? もし結婚したばかりの夫人が冷遇されているようなら私が颯爽と助けに――」
「殿下の見たところ、実際はどうでした?」
「すごい幸せそうだった。犬もかわいかった」
「じゃあ殿下は殿下の幸せを探しに早く切り替えてください」
「そうだね。あ、ちょっと馬車を止めてくれるかな。あの道の端あたりに怪我をした生き物がいる」
風と一緒に茶色い葉っぱが飛んでいくのが見えて、今年の始まりはバタバタしてたけどもう秋も半ばだなあと思う。ぼんやり窓の外を眺めたりしながらスピカをブラッシングしていると午前のお仕事が一段落したのかサイラス様が入室してきたので、エルディたちと一緒にお疲れ様を言いに行く。
「ありがとう、マリー。おや、なんだか見慣れない瓶がありますね。中に入ってるのは乾燥した花びらですか?」
サイラス様がテーブルの上に置いてある容器に目を向けて聞いてきた。たしかに面白い形をした装飾的なガラス瓶で、ちょっと珍しい物だと思う。
「さっきお姉様が来てお土産をもらったんです。アラン王子と一緒に隣国へ行ってきたみたいで。なんと、お花のお茶らしいですよ!」
「隣国の土産。ああ、エリック王子の結婚式に行ってきたんでしょうか。婚約から婿入りまで早かったですね」
「そうなんですけど、お姉様が私たちの結婚式を思い出したって言ってました。犬が参列してたからって」
「それは、私が言うのもなんですが珍しいですね」
「なんでもエリック王子が拾った愛犬のフェアリーちゃんが、長いことエリック王子を好きだった第三王女様と恋の橋渡しをしてくれて結婚が決まったらしいですよ。ふふ、素敵ですよね」
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