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番外 すれ違う王子 中編

ああ、王城の祭壇前に立つマリーが天使すぎる。

祭壇もオーナメントもマリーの周りにあるだけで信じられないほど綺麗だ。マリーのもつ輝きはあらゆる物をきらめかせる。


必死にお祈りしている姿がかわいらしかったので、なにを祈っていたのか聞いたが照れたような笑顔ではぐらかされてしまった。


こういった改まった席になると、マリーを初めて夜会に誘った時を思い出す。思い返せば緊張や不安や喜びが入り乱れて大変だったが、今こうして私のパートナーとして参加してくれる姿を見るとあの時のざわついた心とはまた違う、落ち着いた愛おしさがこみ上げてくる。


ただまあこういった席では私とマリー二人っきりと言うわけにもいかないので度々邪魔は入る。今話しかけてきたウェズビーも私たちにとっては邪魔もいいところだ。


マリーの姉が呼んでいるようなことを言っているが十中八九嘘だろう。あの女が私的にマリーを呼び出すのに近衛騎士副師団長を使うとは思えない。それにマリーの姉が呼んでいるのなら『王族の方』が呼んでいるなどというぼんやりした言い方はしないはずだ。故意に名前を隠したいのだろうが、私に向かっておおっぴらに嘘をつきたくないのかウェズビーは明確な名称は一つも出さない。


王太子夫妻は今大広間にいるし無関係として、陛下の可能性もゼロでは無いが、大方エリック王子だな。私が付いていこうとしたら必死に拒否してくるのを見るに、私抜きでマリーと会いたいからマリーの姉を騙るような回りくどいことをしているのだろうが、小賢しいことだ。


まだ自分を助けてくれた女性を探していると聞いていたから、いずれマリーに気がつくかもしれないとは思っていたがどうしたものだろう。


さすがに私の妻になにかするほど馬鹿ではないだろうし、エリック王子にマリーの身元が割れた以上は私の知らないところでマリーに近づかれるよりも今さっさと礼を言ってもらって話を終わりにした方がいいだろうか。向こうがこんなわかりやすい嘘をついてくれているのだから、すぐに踏み込んで割って入れば話もすぐに終わるはずだ。


いや、しかし、やはりマリーを行かせるのは不安だな、無理を言って私も行くか? 普通に考えれば礼以外の会話はないだろうがそれ以上の話をしてくるかもしれない。マリーは私を愛してくれているからエリック王子がなにを言おうとマリーの心が一ミリも動かないのはわかっているが、心情的に嫌だ。


そうこうしている間に、マリーが私の手を離して「すぐに戻ってきますね」と行ってしまった。それよりすぐに私が迎えに行くつもりだが、今言うことではないな。


急いで簡単な確認を済ませてマリーを追いかける。マリーの向かった応接室へ行くと入室を制止されたが、先に嘘をついたのは向こうだ、多少無理に入っていったとて問題にはならないだろう。


いきなり王子に礼を言われて恐縮するマリー。そんな光景を想像していたのだが、室内の様子が全く違う。エリック王子は手が届きそうなくらいマリーの近くに立っており、マリーは真っ青になって震えている。


なんだ、これは? この数分足らずで一体なにがあったのか。


「サイラス様!」


こっちを見て心の底から安心したというような声をあげるマリー。目には涙すら浮かんでいる。


「マリー、こっちへ」


マリーの腕をひき背に隠した。マリーに何があったのかわからないが様子が尋常ではない。王子の前へ立って向き合う形になったが、こんなに血が燃えるような感情は久しぶりすぎて、ちゃんと自分を抑えられるか不安になる。


「……私の妻をだましておびき出し、こんなに怯えさせるとは。どういう了見なのか聞かせてもらえますか?」


久しぶりにこんなに冷たい自分の声を聞いた。他人の声のようだ。


「ちょ、ちょっと待ってくれないか! だましたのは全面的に私が悪かったけど、一旦その剣幕を収めてくれ。私は夫人に何の害意もないし、少し話がしたかっただけだよ! とにかく落ち着いてほしい!」


「自分の理性を評価したいくらいには落ち着いていますが」


「公爵、君、今瞳孔がすごいことになってるぞ! 私が夫人に近づいたのは顔色が悪そうだったからで、なにもしてないよ」


「夫人も体調が優れないようだし、機会を改めよう。具合の悪いところいきなり呼び出してすまなかったね。もう戻ると良い」


王子は逃げるように退出していったが、たしかに今はあいつにかかずり合っている場合ではないか。


「マリー、大丈夫ですか?」


「はい、サイラス様を見たらすごく安心しちゃって。迎えに来てくれてありがとうございます」


いつもの柔らかい笑顔を見せてくれたが心なしか力ない表情だ。さっきよりは幾分顔色も良いみたいだが。急いで馬車を回して帰路についたが、マリーになにがあったのだろうか。ことと次第によってはただではおかない。


邸に向かう馬車の中でもマリーは見るからに元気がなかった。不用意な言葉をかけてマリーを傷つけたりしないか不安だが、なにがあったのかは聞かなくては。


隣に座っているマリーの肩を抱き寄せて緩く抱きしめる。


「あなたを一人で行かせたのが悔やまれてなりません。エリック王子はあなたになにを言ったんですか?」


命の恩人に対してどんな無礼を働いたのか聞かせてもらおうか。


「ごめんなさい、サイラス様。わ、私にもなんだか詳しくはわからなかったんですけど」


腕の中のマリーが震えている。片手でマリーの後ろにある手すりを握っていたが、力が入りすぎてバキッと音がして手すりが取れてしまった。少し涙声でつっかえながらも言葉を続けてくれるのでマリーの次の言葉を待つが、今マリーから私の顔が見えなくてよかった。


「私、サイラス様にご迷惑をかけるかもしれないのが怖くて」


「まさか、私になにかすると脅してあなたに不当な要求をしてきたんですか?」


第二王子風情が私をどうこうできるつもりでいるならなめられたものだ。


「いえ、なにかしろって言われたわけじゃなくて。むしろ私がなにかしちゃったんじゃないかって疑われていて」


「? マリーがあの男になにをするって言うんです?」


「はっきりとしたことは聞いてないんですけど、エリック王子の暗殺未遂事件に私が関わっているようなことを言われて。私は王子の暗殺なんて考えたこともないですし、絶対に人違いだって言ったんですけど、エリック王子は私で間違いないはずだって」


なにか風向きがおかしくなってきたな。なんで犯人側なんだ。


「それで押し問答になったんですけど、もしこのまま誤解がとけなかったらどうしようって」


「……なるほど! ではエリック王子になにかされたとか、脅されたとかそういったことはなかったんですね?」


「え、はい。お姉様の名前で私を呼び出したりするのはやめてほしいし、もう少しわかりやすく話してほしいとは思いましたけど、そういうことはないです」


マリーには悪いが安心した。大きく息を吐いて、手すりを握りつぶしていた手もマリーの背に回した。背中を優しくなでるとマリーの頭から力がぬけて、肩口にもたれかかってきてくれた。柔らかい重みが心地良い。


「安心してください、マリー。あなたに罪がないのは私が一番よく知ってますから、誤解があるようなら私が明日エリック王子に話してきます。なにも心配しないで」


なにがあったのか吐き出して安心したのか、邸についてエルディたちが出迎えてくれたからか、マリーはすっかり元気になったと思う。次の日になると動揺もなくなったのか、昨日は失礼をしてしまったから自分も行こうかと申し出てくれた。すぐに終わる話なので大丈夫だと説明してマリーには邸で待っていてもらうことにしたが。


昨日の馬車の修理と別の馬車の手配をポールに指示しておくと「手すりがバラバラになってましたが、車内に猛獣でも入ってきたんですか?」と言われた。あの怒りが王子に向かう前に誤解がとけてよかったと思う。




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