64 教えてあげたい
長かったような短かったような一年だったが、いよいよ明日がマリーとの結婚式だ。
明日からこの邸でマリーとの生活が始まるわけだが、うちの両親や後妻の使っていたような部屋はマリーとの新生活で利用するには験が悪い気がするので、去年から大がかりな改装を加えて先日完成した。
邸の陽当たりの良いところに、マリーの部屋と私の部屋、寝室とちょっとした居間の四室を作ったのだがなかなか良い出来だと思う。
以前マリーの邸に泊まった時に邸の造りをそれとなく観察してきたが、ああいう部屋から良好な家庭環境みたいなものが育まれるのかもしれないと思って少し参考にしてみた。心なしか他の空間よりあたたかみが生まれた気がする。
「すごく素敵ですね!」
マリーも気に入ってくれたみたいだ。良かった。
「このお部屋、風通しも良いし、大きい暖炉もあるし、ふわふわのラグもしいてあって皆でのんびりすごすのにぴったりですね」
明日から夕食後にもマリーやエルディたちとここですごせるようになると思うと感慨深いな。
ここ最近は準備も色々とあったが、ここまでくると明日を待つだけだ。先ほど衣装や段取りの最終確認をした後、マリーに新居の案内をしていた。
そろそろマリーも疲れただろうからここらへんで一息入れようか。
「でも明日サイラス様と結婚するなんて、ちょっと夢みたいです」
マリーが照れたような笑顔を見せてくれた。
「そういえば、最初にあなたをこの邸に呼んだ時も夢みたいって言っていましたね。その時は振られてしまいましたが」
今となっては懐かしい思い出だ。
「ぇえっ! そんなのよく覚えてましたね。あの時は緊張していて何を話したか全然覚えてませんけど、そんなこと言ってました?」
「フフ、ああ見えてショックだったのでよく覚えてますよ」
「あー、でも今のはサイラス様みたいな素敵な方のお嫁さんになれるのが夢みたいっていう意味ですよ」
それが嬉しいと思う。ただこれ以上、マリーを困らせるのは良くないな。
「ええ、マリーみたいなかわいい人が私の花嫁になってくれるんです。夢なんかではたまったものではないので現実ですよ」
「あはは、でも私は嫁入りですけど、そういえばエルディは里帰りなんですね」
たしかに。毎日のように来ていたものの、エルディは八年ぶりにここでの生活が始まるのか。ヴァルゴとすごした日々もまた懐かしいな。
明日の約束をしてマリーは帰ることになった。両親が昨日から別邸へ来ているらしいので今日は家族でゆっくりすごすらしい。「お父様は昨日のうちから泣いてて他の家族もちょっと呆れてましたけど」と言っていたが、マリーみたいな娘が他の家に嫁に行くとなればそれは涙もでるだろう。娘二人が連続で嫁いでいる分ダメージも大きそうだし。
マリーが帰ってしまったので、執務室で仕事をできるだけ進める。ゆっくり休暇を取るためには今全力で働かなくては。そのまま夜になったが、だいぶ捗ったな。明日もあるし今日は切り上げることにして自室に戻る。灯りがついているとはいえ薄暗くなった廊下を歩いていると、昔私が火事を起こした部屋の前を通りかかった。灯りの当たり具合のせいか、白く修復したはずの床が焦げたように黒く見える。
床が焦げたように見えた錯覚のせいか、炎の前で立ち尽くして、悲しみにくれていた少年時代の自分までそこに見えた気がした。
あの時の私にはヴァルゴしかいなかった。ヴァルゴを失ったあの瞬間からこの世界に私はたった一人だった。
あの時の自分に教えてあげたい。
ヴァルゴは心優しい女の子に助けられていて、七年後に世界一素敵な女性を私と出会わせてくれること。その女性に恋をして、今の自分が昔からは考えられないほど幸せに満ちていること。
そんな風に考えて数秒立ち止まると、錯覚は消えて、もう床も他の色と同じに見える。
子どもの頃の苦しみは過去のものだ。さっさと眠って明日の幸せを祝うとしよう。




