5 白と黒の印象
「クソッ! ちょっと目を離した隙に」
帰りの馬車の中で涙が止まらない私が、実は公爵が大怪我を隠していたことをロイ君に伝えると苦虫をかみつぶしたような顔になった。
「それで何を頼まれたんだよ」
「怪我が全快するまでの間、毎日お見舞いに来てほしい。平日の午前はいつ来ても大丈夫だからって」
「俺がアカデミーに行ってる時を突いてきてるし」
「しかも、公爵ね、エルディが怒られたりしてないか心配だから、良かったらエルディも一緒に来てほしいって。あんなにご迷惑をおかけしたのにぃ、ぅう」
良い人過ぎて、思い出してまた涙が出てきた。
「マリー、今日明日休校だから俺もこのまま本邸戻るわ。エレノア姉さんと話もあるし」
「グリフォンは? 大丈夫?」
グリフォンは目の鋭さがロイ君そっくりの鷹で、肩とか腕に止まられると爪が痛いがかわいい子である。
「アカデミーから帰れない時とかはセバスに世話も頼んだりしてるから」
そういえば別邸の管理をしてくれているセバスにはエルディもお世話になってたわ。
「しかし。はぁ……」
「でもロイ君。今日は一緒に来てくれてありがとう! 本当に助かったわ」
「どういたしまして。うーん、助かってるかなぁ」
ロイ君は浮かない顔をしていたが、私はどっと疲れが出て、邸に帰るまで眠ってしまった。
到着は宵の口になったので二人とも簡素な服に着替えて、そのまま夕食で報告をすませることになった。
私は結婚話は遠慮する旨伝えたので大丈夫だろうというのと、公爵がお怪我をしていたのでこれから三ヶ月の間、怪我であまり外に出られない公爵の気晴らしのためにお見舞いに行くことになったことを伝えた。
「だからまたしばらくの間、別邸の方に行くことになりそう」
まあこっちで何をしていた訳でもないので、明日ロイ君が戻る時に一緒に行けそうなくらいだが。
「ところでロイ、結局なんで公爵はマリーのこと好きになってたの?」
エレノア姉様が聞いてくる。
「なんかマリーがかわいいから父上にマリーのこと聞いたら自分の理想だったとか、なんとか」
「お父様は何をお話したのよ?」
「うーん、マリーが猫を拾ってきたり、犬を拾ってきたり、鳥を拾ってきたりした話とか、ああ、あと性格がぼんやりしてるとか兄弟仲が良いとか」
「ふーん。よくそんなんであそこまで思い切ったことできるわね」
たしかにそう思うが、今日考えていて私はわかってしまった。
「ねぇ、お父様。私今日公爵様に会って思ったんだけど、もしかしたらあの人」
おそらく間違いない。
「すごく動物好きな方なんじゃないかしら!」
「俺も今日会ってきたけどそんな感じしてたか?」
「だってお屋敷の中も動物の絵がいっぱい飾ってあったし、エルディが原因でお怪我したのに全然怒ってない上にまたエルディに会いたがってるのよ。つまり犬が大好きなのよ!」
もうこれで結論が出たと思う。
「エルディもかわいいし、私となら犬への愛を共有できそうだと思ったのかしら」
「あらまぁ。でもそういう方ならマリーとお似合いかもしれないわねぇ」
そんなこんなでなごやかに夕食は終わった。
これからしばらく別邸暮らしなので荷造りもしないとだけど、馬車でも寝てたのに、まだ眠い。エルディとベッドでゴロゴロしてそのまま寝たい。
ロイ君はエレノアお姉様と話があるとかでコーヒーを煎れてもらってた。兄弟三人が揃うのは久しぶりなので私も参加したい気もするが、明日もあるんだし眠いならマリーは寝てなよ。と言われたので遠慮無く自室に引っ込んだ。
「それで、あんたの見たところどうだったのよ」
「マリーを好きってのは本当に見えたけどね。マリーが知らないだけで前々から公爵の方はマリーを知ってたとかなら納得もいくんだけど、それならそれでなんで言わないのかな。……本当に一目惚れなら驚くけど」
「へえ、優しそうないい人だったってマリーも言ってたけど」
「いやいや、めちゃくちゃ怖え人だったよ! 弟って名乗る前はガンつけられて殺されるかと思ったわ!」
「あら、情熱的じゃない! あんた見た目いいし恋敵だと思われたのね。でもマリーもちょっと心動いてる感じもしたし、案外うまくいくかもしれないわね」
「今のところは公爵からマリーに害意を感じないんだけどさぁ……」
「なにかあったの?」
「公爵が親兄弟を殺したみたいな噂あるじゃん。アレ、けっこう真実味あるなと思って」
「……まぁ」
「どこの貴族邸でも客に見える所にそこの家の人間の肖像画飾ってるだろ? 家の紹介みたいなもんだし。
あそこは元々あったのを全部外したみたいに見えたな。代わりに当たり障りのない風景画とか動物画が飾ってあったけど」
「それくらいなら絵の好みで片付けられない?」
「ただの勘だし実際どうなのかは知らんけど、もう一個気になって」
「ガーデンテーブルって捨てる?」
「いきなりなによ? 壊れたら捨てるんじゃない?」
「しばらく前に家具類を大量に捨てたけど、今回マリーが来るから新調したとか言ってた」
「入れ替える予定もないのに捨てたの? わざわざ?」
「あの人の邸にすぐに捨てないといけないようなボロがあるわけないし、家具なんて余程能動的に捨てようと思わなきゃ放っておくだろ。そこかしこであの邸に住んでた人間の痕跡を消そうとしてる感じがするんだよな」
「でも、公爵ってたしかお母様は亡くなられて愛人が後妻に入ってたでしょ? 家族との関係性なんて多少悪い方が自然よ」
「別にそれに関してはよその家庭の事情だから何も言うことはないけど、そういう疑惑がある人にマリーがいきなり好かれたから、逆に何かあった時にマリーがいきなり嫌われたりしないか心配かな。俺は」
「そうね、ちょっとアラン様に相談してみようかしら」
「王子に?」
「公爵って年齢はアラン様や私と同じくらいでしょ。アカデミーに在籍してた時期が被ってるだろうし、腐っても王子だから公爵とも付き合いくらいはあると思うわ」




