30 10年ぶりの厨房
「マリーって自分でお菓子を作ったりするんですか?」
そういえばフォレット伯がそんなことを言っていたような気がする。
「作るは作るんですけど、趣味でたまに焼く程度ですから。こちらで出されるような専門職の方が作ったお菓子とは全然違う物ですよ」
「たとえば、どんなものを作るんですか?」
「スコーンとかクッキーとかケーキですかね。あとはエルディ用のクッキーとか」
「エルディ用?」
「エルディのおやつなんですけど、人間のお菓子と違ってほとんど味がついてないんですよね。昔アラン王子が間違って食べちゃってまずいまずい言ってました」
あの脳筋王子が。
しかしあの脳筋がマリーの手作りクッキー(犬用だが)を食べたことがあるのに私はないというのは面白くないな。
「是非私も食べてみたいんですが」
笑顔でお願いしてみる。おそらく嫌とは言われないだろう。
「良かったらサイラス様も一緒に作ってみます? スコーンくらいなら簡単ですし」
それはそれでいいな。マリーと一緒に料理してそれを食べるとか楽しそうな気がする。
厨房に入るのなんてヴァルゴにあげるミルクを取りに行って以来だな。その時も別に料理をしたわけではないが。
「じゃあ早速作りますか?」
おそらくうちの厨房ならちょっとした菓子の材料くらいは揃っているだろう。
「でも、今日はもうちゃんとしたお茶菓子が用意されてますし明日にしませんか? いきなり行っても調理場も困るでしょうし」
それもそうか。その旨を伝えて材料の準備を頼んでおこう。
次の日、厨房が尋常じゃない緊迫感に包まれていた。これからスコーン作りの全国大会がここで開かれてもおかしくないくらいの緊張感が漂っている。
まあ厨房なんか入ったことがない私が突然料理しに来ればそうなるか。
しかしこのピリピリした空気の中ではマリーと楽しく料理するのは厳しそうだな。少し休憩にしていいから席を外すように料理人達に伝えると安堵と不安が入り交じった変な表情をされた。
ここからは出て行きたいが、料理なんぞしたことがない私が何をするかわからなくて不安なんだろう。たしかに何から手をつけて良いのかさっぱりわからんが。
「マリー、材料は一応揃ってると思うんですが、これで作れそうでしょうか?」
「はい、完璧に準備してもらってると思います。あとはオーブンの使い方とか確認してもいいですか?」
マリーが料理長とオーブンの前でしばらく話した後に料理長は安心したような顔になった。
「それでは旦那様。我々は失礼いたしますが、何か必要がありましたらいつでもお声がけください」
「ああ」
料理人達がそそくさと退出していく。
「じゃあ、はじめましょうか」
マリーが簡単な工程を説明してくれた後に、バターを細かく切ってくれた、これを用意されていた粉と混ぜるらしいんだが。
「サイラス様! 小麦粉はボウルの中に入れないと」
これか、まあなんとかなりそうな気がする。と思ったら混ぜる器具の中にバターが集結してしまった。
「えっと、これはここでトントンするとー」
マリーが頼もしい。私にはよくわからないがマリーが色々やっていると生地らしくなってきたと思う。薄い板? のような物を渡されて生地を切ったり重ねたりするみたいなのだが、
「あ、サイラス様。こう持った方がやりやすいですよ」
なんと、マリーが私の手を取って板を握り直させてくれた。
マリーが言っていたようにシンプルな食べ物だったのだろう。その後はそんなに難所もなく、焼く前の段階まで持って行けた気がする。
マリーがオーブンに型抜きした生地を入れて時間を計り始めた。
「焼き上がりが楽しみですね。あっ」
振り返ったマリーが何かに気がついて近づいてきた。
「サイラス様、お顔に粉がついてますよ」
なんと、頬のあたりをマリーがハンカチでぬぐってくれた。
焼き上がったスコーンを今日の茶菓子にしたが、自分が調理なんてしたことに笑いがこみ上げてくる。
「上手にできてよかったです。おいしいですね、サイラス様」
クリームやジャムは用意されていたものがあったのでそれを添えて食べる。
「ええ、自分で作った物なんて初めて食べました。楽しいものですね」
いつもの凝った菓子とは違ってすごく素朴な味で、これはこれでとてもおいしいと思う。
マリーとのスキンシップが普段より多かったり、距離が近いのも楽しかった。
「また一緒に何か作りましょうね。マリー」




