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2 いや、知らないです

お客様は泥だらけになっていた。そりゃ雨の日の地面に押し倒されて泥足の犬にのしかかられたらそうなるでしょうけれども。


仕立ての良い高級そうなお洋服が今台無しになっていた。


玄関の扉を開けてお出迎えに来ていたらしきお父様も絶望の表情で固まっている。お客様もまだ固まっている。


この場が正気を取り戻す前になんとか押し切らないと!

 

私は令嬢にあるまじき全力疾走で客人にのしかかるエルディを抱き上げて取り押さえた。エルディは体がけっこう大きいので重い。


私の貧弱な両腕がすでにプルプルしているが火事場の馬鹿力を出してなんとかするしかない。


「このたびは大変失礼をいたしました。私はフォレット伯爵家の次女、マリエラ・フォレットと申します。当家にお越しいただいたお客様にこのような無礼を働きましたことを深くお詫び申し上げます。今はこのような姿ですので御前を失礼いたしますが、正式な謝罪は追って設けさせてくださいませ。それでは!」


この場で何か言われる前に退出したいので、肺の中の空気を全て使ってワンブレスで言い切った。


それまでに走っていたのと心臓がバクバクだったので信じられないくらい早口でゼイゼイ言ってたけど! 


最後の力を振り絞ってエルディを抱き上げたまま最大出力の早足で裏口へ向かっていった。後ろは振り返るまい。怖いから。



「エルディー、なんであんなことしちゃったのぉおおお!」


お互い身ぎれいにしたあと、部屋に引きこもってエルディに詰め寄るが本人は悪気のないかわいい顔でワンッ! とか言っている。


しかしかわいい、かわいいから許すわ!


だが私が許しても客人とお父様がどうでてくるか。お父様は私にもエルディにも優しい人なので最終的には大丈夫だろう。問題は誰だかわからんお客様である。


現実逃避気味に何時間も部屋から出ずにウサギのぬいぐるみでも作っていると


「マリー」


突然声をかけられて心臓がひゅっとなった。


「お、お、お姉様。びっくりさせないでよ」


エレノアお姉様と私は仲良し姉妹なのでお互い好き勝手に部屋を出入りしているが今日は心臓に悪い。


「普通に話しかけただけじゃないの、それよりあんたいつあの方と知り合いになったのよ」


女学校を出てからというもの私に新しい知り合いなどできてないはずなので姉の質問の意味がわからない。


「お父様ものすごいショックうけてたわよー」


前の質問はわからんけどこれは私が客人に無礼を働いて商談をぶっ潰したことだろう。お父様すまん。


「でも正直私も全面的には賛成できないわね。デュラン公爵って、ほら、色々黒い噂の多い人じゃない」


知ってる単語が出てきた。デュラン公爵っていうのは血塗れ公爵とかいうあだ名で知られる人で、自分の家族を皆殺しにしたとか人間を剥製にするとか、ちょっとホラーよりの噂がある人だ。


これで不細工ならモンスター扱いだったかもしれないが、どうも美男子らしく、危険な魅力があるとかで一部で大人気なのだ。それを魅力と感じるのはちょっとどうかと思うが。


王都の一等地含める広い領地持ちなのでうちとは地理的には近い所もあるが、身分的に遠い存在なので当然私は面識は無い。


「あんたが好きっていうならそこまで反対はしないけど。で、どうなのよ?」


「どうなのよっていわれても、なんの話?」


「なにしらばっくれてんの。今日デュラン公爵がうちに来てあんたに結婚申し込んで帰ったって話よ!」


…………は?


脳の許容範囲を超えた事態になっててパンクしそう。そもそもさっき突き飛ばしたあの人がデュラン公爵なの? 


元々知らん人なのに加えてゆっくり観察できるような精神状態じゃなかったからどんな人だったかもちゃんと見てない。


私に結婚申し込んだとかはガセネタだろう。

美人で気が強くて気まぐれで愛嬌がある、猫ちゃんのようなエレノアお姉様なら見知らぬ人から突然求婚されるかもしれないが、私相手にそれはないだろうし。


わけがわからないという一言に尽きる。


助けを求めてエルディを見ると、スピースピー鼻息でリズムを刻みながら、カーペットに転がって仰向けに寝ていた。

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