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21 懐かしさと新しい感情

ここにくる途中はひどい雨だった。

幸いさきほど止んだので目的地に着いた後ずぶ濡れになる心配もなさそうだが。


私が爵位を継いで二年。前公爵達が荒らし回った領地も経済状況もほぼ元通りになるまで回復した。やることは常に腐るほどあり、やればやるほど成果もでる。国と領民の幸せのために身を粉にして働くのが自分にとっては責任ある義務だ。嫌というわけではない。ただ、おそらく私は仕事が命そのものだった母のようにはなれないのだろう。常にどこかに空虚な気持ちを抱えている。


思い返したらヴァルゴの死後私が心から笑ったことがあっただろうか。


周りはひっきりなしに女の紹介をしてくるが、全く心が動かない。犬を飼ったらどうかと言われても、ヴァルゴの非業の死を思い出してしまい気乗りがしなかった。

どうやったら心の穴を埋められるのかがわからないまま、ずっとこのまま、義務感だけでむなしく生きていくのかもしれない。



それにしても今日の取引はワインか。ワインにはあまり良い思い出がないが。

ただ今まで他の地域で流通してなかったここのワインは評価がかなり高い。うちの領内で扱えるようになるならそれなりに利益にはなるだろう。


そろそろ着くな。

馬車が止まった。ドアを開けるとどこかで犬の声がした。


ああ、懐かしい声がー


「エルディ!」


女性の声も聞こえてきたと思ったら横から何かが突進してくる。

そっちを見るとヴァルゴと天使? なんだ? 私今死にかけているのか?

頭がエラーを起こしている間にヴァルゴ? に飛びかかられてそのまま尻餅をついた。

じゃれついてくるヴァルゴは少し年をとったものの間違いなくヴァルゴだ。


私が固まっていると、さっきの天使がヴァルゴを持ち上げた。腕が震えているが重くないんだろうか? 霊体だから大丈夫なのかもしれないが、今飛びついてきた感じだとかなりの重量だったぞ。

ヴァルゴも懐いているのか、頭を後ろに向けて天使の顎の辺りを舐めているが、天使の方は息も荒いし、やはり腕のヴァルゴが重そうだった。


ヴァルゴを抱いた天使は自己紹介と謝罪を五秒で終わらせた。

ああ、ここのお嬢さんで人間だったのか。ただ人間だとするとヴァルゴの魂を連れているのはなぜだ。


お嬢さんはそのままヴァルゴを抱いてふらつきながら足早に立ち去っていった。あの感じだと私に何か言われる前にヴァルゴを安全な所に連れて行きたかったのかもしれない。

……姿が見えなくなる。行ってしまった。



ぼんやりそちらを見ていると多分フォレット伯だろう。

顔面蒼白になって私を起こしに来た。


「申し訳ございません! 申し訳ございません! うちの娘がとんだご無礼を!」


「せっかく閣下に足を運んでいただいたというのに失礼をいたしました!」


フォレット伯の立場からするとこの勢いで謝ってくるのはわかるが、私は全く気分は害してない。ただ混乱しているだけだ。とりあえずフォレット伯に話を聞かないと。


「いえ、フォレット伯。全然気にしないでください」


「します!」


「馬車の荷物に服の替えがありますので、着替えてからお話にしましょうか」


さすがに全身泥まみれでは話もゆっくりできないか。さっさと着替えよう。

もうワインとかどうでもいいんだが、とりあえずワインの話から始めないと不自然だろうな。あとフォレット伯が死にそうな顔してるからフォローを入れておかないと、あの子達が後で怒られてもかわいそうだ。


「早速ですが、フォレット領のワインですが来年はどのくらいうちに出せそうですか?」


「あの、300樽くらいでいかがでしょうか?」


「では量はそれで。この地方のプレミアムを考慮して相場価格の1.25倍で取引しましょう」


「えっ!? よ、よろしいんですか?」


「ええ、この地方のワインをうちの領地でも流通させたいとずっと思っていましたから」


よし、この話終わりだ! 早く次に行きたい。


「ところで、さっきのお嬢さんなんですが」


「ぅう!? マリエラのことですね……」


「すごくかわいい犬を連れてましたが、犬がお好きなんですか?」


「ああ、はい。傷ついた生き物をなんでも拾ってくる子なのですが、猫やら、鳥やら、あの犬もどこかから拾ってきて。それからはあの犬と双子のように暮らしております」


ヴァルゴは賢いからあの時、あの女達から逃げられたのか。それをここのお嬢さんが保護してくれていたんだろう。


「おいくつくらいなんですか?」


「申し訳ございません。拾った犬ですので正確な年はー」


犬の年は私が知ってるよ、十歳だ。こっちが知りたいのはマリエラの年齢なんだが。


「いえ、お嬢さんの」


「ああ、失礼しました。あの子は十八です」


私と四つ違いか。ちょうど良いんじゃないか。


「何か趣味とかあるんですか?」


「犬と転げ回ってばかりで。縫い物で動物を作ったり、菓子を焼いたりもしますが、教養高かったり華やかな趣味はひとつもございませんね」


素朴でかわいいな。


「交友関係とか、仲良くしてる人とかいらっしゃいますか?」


「女学校の友人達とは仲良くしておりましたが、一番仲が良いのは姉と弟でしょうか」


ここの姉ってたしかアラン王子の婚約者か。何度か見たがキツそうな女だった気がする。


「子どもの頃とかどんな子でした?」


「うーん、今でもそうですがのんびりしていましたね。他の兄弟のように優秀ではありませんが、昔から良い子ですよ」


「へえ。それと、」


「な、何でしょうか?」


「婚約者はいらっしゃいますか? 結婚を考えている方とか」


「いえ、あの子の嫁ぎ先はまだ探しているところでして」


良かった。

ヴァルゴの死後(本当は生きていた訳だが)はじめて心から笑顔になった気がする。

マリエラを嫁にもらいたい旨伝えたのだがフォレット伯は固まってしまった。


気が早すぎたか? しかし一旦申し込んでおかないと、明日にでも別の男がマリエラを見つけて求婚したりしたらことだ。

ああ、それとも私の周りの人間が変な死に方ばかりしてるから結構悪い評判たってるので、そのせいだろうか? どうでもいいから放っておいたのが、必要以上に膨らんでしまったみたいだし。


この調子だとフォレット伯から今返事はもらえないだろうし、今日できることはここまでだろうな。

できればもう一度あの二人に会いたかったが、引き上げるとしよう。


マリエラはヴァルゴの恩人のようだし、かなり好みだと思う。それにあの子と一緒にヴァルゴを愛でるような生活を思い描いただけで、さっきまで空いてた心の大穴が塞がる気がした。


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