19 ごめん ※
評価、ブクマ、リアクションありがとうございます!
作中ここから二話だけ暗い場面なので※をつけました。
それからは浮かれた馬鹿達が好き放題する日々だった。腹立たしいことこの上ないが、公爵が容認している以上俺にはどうする権限も無い。先妻の子で嫡子の俺はあいつらから最も敵視されているので目立った行動も危険だ。
しかしあの連中はとにかく素行が悪い。アホはすぐメイドに手を出そうとするからメイド長が常に目を光らせてないとだし、邸の物を勝手に持ち出して売る。使用人に暴力を振るう。俺の部屋からも盗みを働こうとしていたがヴァルゴに吠えられて慌てて部屋から出てきていた。
バカ女の方は要りもしない物を大量に買いあさって着飾り、ケバい見た目がさらにケバさを増して最早モンスターと化している。
最近はねばついた視線でこっちを見てくるので気持ち悪いと思っていたら、夜中に俺の寝室に忍び込もうとしやがった。ヴァルゴが激しく吠えて追い払ってくれたが。ありがとうヴァルゴ、あんなキモい女に触られたらそれだけでゲロを吐くわ。
しかし数ヶ月でここまで環境が悪くなるとは思わなかった。ここまで治安が荒れてくると愛するヴァルゴをこんな邸には置いておけない。
しばらく見ていてわかるが、あいつらはクズだから俺への嫌がらせで犬を狙う可能性は十二分にある。アカデミーに行くまでの残り一ヶ月、ヴァルゴの安全を確保したい。
公爵にしばらく邸を離れたい旨伝えたのだが、許可は下りなかった。
「嫡子の君が今別居などしては新しい家族に問題があると思われるだろう。もう少し配慮して行動してくれないか」
お前目玉ついてるのか? お前の連れてきたモンスターどもは問題だらけだろうが!
俺はどうやら邸を離れるのは難しい。しかしヴァルゴを避難させるだけなら誰の許可もいらない。ヴァルゴと離れるのは辛いが。
それなりにあてはあった。俺の運営している商会の事務所に使えそうな部屋があったはず。本来は第二応接室だが、第一応接室があるので使っても良しとする。
俺は未成年なので商会には偽名で登録しているし、端からは俺との関連もわからないだろうからそこなら安全だろう。
そこに一ヶ月少し滞在してもらって、俺が一緒にいられない時間は世話をしてくれる人も雇おう。優しくて誠実で犬好きな人がいい。
あとはアカデミーにヴァルゴを連れて行く許可を取らないと。
面会の予約を取っていた学長の所にお願いに行く。かなり強めにお願いして無事許可を得たので、帰ったら早速ヴァルゴを事務所に引っ越しさせよう。
邸に戻るとひどく空気が悪かった。最近はいつもだが、今日は少し深刻な気配がする。嫌な予感がして自分の部屋に戻ると、廊下に殴られたのか血を出した使用人達がいた。最近厳重にしたはずの部屋の鍵と扉が壊されて開いている。
心臓がひどく冷えた。
「なにがあった?」
そこにいた使用人を捕まえて質問した時、自分でも驚くほど冷たい声が出た。
「夫人とネルソン様が無理矢理部屋に入ろうとしていたのでお止めしたのですが……そのままドアを壊してヴァルゴを」
血が煮えたぎって体中が痛い。早くヴァルゴを探さないと。
声を荒げて邸中を探したがヴァルゴの返事は無い。中庭にたどり着くとクソ女がニヤつきながらこっちを見ていた。
「ヴァルゴをどこにやった?」
「ああ、あのうるさい犬? 吠えていたから何かあったのかと思ってドアを開けたらそのまま逃げて行ったのよ」
こいつを拷問にかけてでも吐かせたい欲求に駆られたが、それだとヴァルゴを見つける前に俺が警吏に捕まる。
「犬の声って嫌いなのよね。静かになったお祝いにあなたも飲まない?」
ガーデンテーブルにワイングラスが置いてある。中に入った液体が血に見えてぞっとした。返答する気にもならず、置いてあるグラスをテーブルに叩きつけて粉々にした。ワインとガラスが飛び散ってあの女も声を失っていたがどうでもいい、そのまま立ち去った。ヴァルゴはどこにいるんだ。
邸の中はくまなく調べたがヴァルゴはいない。となると外か。
とりあえず王都の騎士団に迷い犬の報告をして、人捜しにも依頼した。俺の声が聞こえればヴァルゴも応えてくれるだろうから山林や森も探しに行かないと。
馬の方が広範囲を探せて都合が良いだろうから馬を用意しに邸に一度戻ると公爵から呼び出しがあった。
こちらは今公爵につきあってるほど暇ではないのだが。
「サイラス、一体どうしたんだ? ディーが驚いていた」
「何のことですか?」
「飲み物のグラスを叩きつけてディーにぶつけたらしいじゃないか? なぜそんなことをしたのか聞いている」
「夫人にぶつけた? 手をすべらせてテーブルに落としてしまいましたが夫人には当たっていませんよ。ただ今日夫人達が私の部屋のドアを壊して押し入る一幕がありました。気が立っているように見えたのならそのせいでしょうか」
「ディーに謝りなさい。泣いていたんだぞ」
「夫人達のせいで私の犬が行方不明になっています。謝罪はできません」
「犬くらいなんだというんだ! 新しいのを買ってくればいいだろう!」
俺にとってはお前の命が百万個あってもヴァルゴの価値に届かないんだよ。
隠すのも面倒で公爵を睨みつけると
「その恐ろしい目は母親そっくりだな。もういいから部屋から出て行け!」
ヴァルゴは見つからなかった。もう何日も眠っていないが心配で眠ることもできない。
もう仮面を被って友好的な顔をするのも難しいので、ここ数日はあいつらの顔を見ていないがあの女から呼び出しがあった。
「犬を見つけてあげたわよ」
他の人間から言われた言葉なら狂喜しただろうが、嫌な予感しかしなかった。
呼ばれた部屋に行くとアホが部屋にニヤニヤしながら突っ立っていた。
あのクソ女もいたがヴァルゴはいない。
うんざりして帰ろうとすると、
「あら、あなたの犬ここにいるのに喜ばないのね」
「は?」
「静かになって、今度からは私達の靴の泥を落としてくれるんですって」
靴の泥? 目線を下げると、あのアホの足下に見慣れた茶色をした毛皮が敷かれている。
もうそこからは体が勝手に動いた。テーブルに並んでいた燃料用オイルの瓶をなぎ払って全てぶちまけてそこに火の灯ったランプを投げつけた。
毛皮やカーペットにしみこんだ油がすごい勢いで燃え上がった。
うるさい悲鳴が上がるが、音が遠く聞こえる。
「ヴァルゴ、守ってあげられなくてごめん」
お前の毛の一本でもあいつらには踏ませない。
入り口側はもう炎に包まれているので内側にいたあいつらは窓を割って逃げたようだ。
今はただただ悲しい。
あいつらのことすらどうでもいいくらいに。




