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15 大好き

「私の両親は私が生まれた頃から不仲で、父親の顔もほとんど見たことがなかったんです。母親は厳格な女性で私に必要な教育は全て整えてくれましたが、親子というには堅すぎる関係でした」


家族円満なあなたにはこんなことを話すのも恥ずかしいんですけどね。と自嘲気味に笑いながら続けてくれる。


「使用人と気安い関係になるのも許されない環境でしたし、友人も損得勘定で母が選定した連中。心を許せるような親しい人は誰もいない日々が長らく続きました」


「でも、ある日庭の隅で野良犬が子どもを産んでいたのを見かけたんです。特に深い考えもなく近づいたんですが、親犬は驚いたのか子どもをくわえてどこかに走り去ってしまいました。仔犬は二匹いたので片方は置いて行かれてしまって、戻ってくる気配もありませんでした」


「一人で取り残されて鳴いてる姿に自分を重ねたのか、放っておけなくてその犬を飼い始めたんです。朝から晩まで予定をぎっしり詰め込まれていたので、仔犬の世話は大変でしたがそれを上回る充足感がありました」


「犬にヴァルゴという名前をつけて一緒に生活するうちに、ヴァルゴには心を許せる。ヴァルゴなら愛せる。ヴァルゴも私を愛してくれる。ヴァルゴは私にとってかけがえのない存在になったんです」


私の足下にいたエルディが起き上がって、懐かしむようにサイラス様の膝元によりそった。自分でもよくわからない感情で胸が痛い。


「サイラス様、エルディがヴァルゴさんなんでしょうか?」


サイラス様がちょっと困ったみたいな顔をして微笑んだ。


「そこらへんから話がこじれてしまってきてるんですよね」


「マリー、退屈な話ですけどもう少しこのまま聞いてもらえますか?」


黙って頷くとサイラス様が続ける。


「私が十四の時に母が血の病で亡くなりました。それを機に父親と後妻とその子どもと生活することになり、……かなり不愉快な日々を送っていました。


私は後妻達から憎まれていましたし、ヴァルゴにとっても良い環境ではなくて。

幸いアカデミーにかなり無理を言ってヴァルゴを連れて行く許可をもらえたので、一日も早く入寮したかったんですが」


「私が少し邸を空けている間にヴァルゴがいなくなったんです」


「取り乱す私にあの女が向けてきたニヤついた顔がまだ鮮明に思い出せる……」


そんなことになったらさぞ心配しただろう。拳を握りしめる姿が痛々しい。


「数日後に後妻が犬に会わせてやると言って私を呼び出しました。呼ばれた部屋に入ると後妻とその息子が毛皮の敷物の上に突っ立っていて、これがヴァルゴだと」


「なんてひどい……」


「頭に血が上ってたのか、冷静でもそうしたのかはわかりませんが、あいつらにヴァルゴを踏ませてなるものかと思って。

……燃料用オイルの瓶と火の点いたランプがあったので、それをぶちまけて、燃やしました。私のヴァルゴを、あの部屋ごと」


「火が大きくなって、床も、あの連中の足も焦げつきましたが、私なりの火葬だったんです。私の苦しみごと全て灰にしたかった」


「その後何年か経ってあの人達が死んでいった時も、行いの悪さに天罰が下ったくらいにしか思いませんでした。

結局家は私が継ぐことになり、当主の義務として誠心誠意務めてきましたが、いつもどこかに虚しさを感じていました」


「そんな時にマリー、あなたに会ったんです」


「エルディとあなたが私の前に現れた時、本当に天使かと思ったんです。ふがいない私の元にヴァルゴの魂を連れてきてくれたのかと、一瞬呆然としました」


「気が動転してあの時は何が何だかわかりませんでした。でもヴァルゴが生きていたのには驚いたし、マリーが必死でヴァルゴを守ろうとしていた姿がとにかく美しかった」


サイラス様が大きく息を吸って、私と顔を向かい合わせて目を合わせる。


「マリー、エルディはあなたの犬です。私は昔の親友が幸せに暮らせていたのを知って本当に救われたんです。先日ジェムからも事情を聞きました。私はあなたに感謝こそすれ、エルディを取り戻そうなんて欠片も思ってませんし、エルディ目当てであなたに近づいた訳でもありません」


話を聞くうちに胸の痛みは消えたが、代わりに体の外まで聞こえそうなほど心臓がうるさい。


「最初はかわいらしいとしか思っていなかったのに、一緒に過ごすうちにあなたが私の幸せの全てになってしまう。あなたはあたたかくて優しい、あなたといると楽しい、あなたと過ごすのが私の安らぎで幸せなのに」


ここまで話してサイラス様がぽろぽろ涙を落として両手で顔を覆った。


「好きになっていくのが私だけで辛い。エルディがうらやましい。あなたに愛されたい」


サイラス様の孤独が声からにじみ出るようで辛くなるが、サイラス様も勘違いをしているようだ。


「あの、サイラス様? 私わりととっくにサイラス様のこと好きですよ」


「え?」


信じられないというような、きょとんとした顔でこちらを見るサイラス様。

私の理想の相手は『優しくて犬好きで少し情緒不安定なサイラス様』なのだから、好きになるのは当たり前で、むしろサイラス様以外の異性をこの先好きになるイメージが全くわかない。


距離をおきたくなったのも、こちらからの好意が一方通行で自分がエルディに付いてきたいらないおまけだったというのにショックを受けただけだ。


サイラス様が私のことも好きでいてくれているならこれはもう両思いなはず。


「サイラス様はいつも私に親切で優しかったけど、ずっとどこかで不安だったんです。

私にはすごい特技もなければすごく美人なわけでもないし、なんで私なんだろうって。

それでエルディがサイラス様の愛犬だったって知って『やっぱり私じゃなかったんだ』って勝手にショックを受けてました」


「私が惹かれてるのは間違いなくマリー本人なのでそれだけは信じてください」


昨晩とは全く違う涙が出てきたが、この言葉は笑顔で伝えたい。


「それがすごく嬉しいんです。私もサイラス様が大好き」



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