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10 素敵なドレスと素敵な首輪

サイラス様のお怪我も大分良くなってきた頃、いつものように訪ねていくとサイラス様が妙にそわそわしていた。前髪をかきあげたりひっぱったりしていたと思えば、両手を組んで指を強く組ませて視線を泳がせたりしている。


サイラス様は感情が豊かなので表現が大げさなことはよくあるが、こんなに落ち着かない様子なのは珍しい。


「なにかあったんですかサイラス様?」


「マリー、あの、お願いがあって。ちょっとこちらに来てもらえますか?」


期待と不安が入り交じったようなはにかみを浮かべるサイラス様に手を引かれて案内された部屋に入ると、正面に置かれたトルソーに美しいドレスが着せられていた。


すっきりとしたラインだが腰から裾にかけて流れるように広がる淡いブルーグレーのドレスだ。全体に白い刺繍が使われていて雨上がりの晴れた空を切り取ったみたいにきれい。

背中と袖は繊細なレースで覆われていて肌の露出は低いがとても大人っぽい。

お姉様について王宮に行く時に頑張って盛装したことがあるが、その時着たドレスよりはるかに華やかで美しい。


「建国祭の日、王宮で夜会があるでしょう? 私も呼ばれていまして。マリー、私と一緒に参加してくれませんか?」


建国祭の夜会は王家主催のパーティーで新年祭と並んで大規模な集まりだ。

国内の名だたる貴族が集まるが、当主と夫人がメインで、各家の嫡男と婚約者も来たりするらしいが私は行ったことはない。招待されてる貴族が誰を連れて行くかは細かく決まっているわけではないので私が行った所で問題は無いと思う。多分。


それに私はサイラス様が好きだ。出会った時は突然求婚してくる謎の偉い変人だったが、毎日のように一緒に過ごすうちに、ぼやけていた私の理想像がサイラス様で固まってしまって、もう好き以外の感情が無い。


こんなに素敵なドレスが既に用意されているのだから中身が私でも馬子にも衣装でなんとかなるはず! 改まった席に参加するのはちょっと怖いが、行ってだめということもないだろうし。


「ありがとうございます。私でよければよろこんでご一緒します!」


その後はサイラス様も嬉しそうにしていて二人でお話をしていたら、あっという間に昼過ぎになり帰る時間になった。

今日は帰り道もずっと、あのドレスが頭から離れなくて気を緩めると自然とにやけてしまう。


「エルディもお揃いにする?」


馬車の中でエルディをワシャっとなでながら聞いてみる。

人間のドレスやタキシードは金銭的にも時間的にもちょろっと作れる物ではないが、エルディの首輪なら私でも素敵なのが用意できるんじゃないだろうか。

サイラス様はエルディをすごくかわいがってくれているのでおしゃれエルディを見たら喜んでくれそうである。


「すみませんジェムさん、今日は邸の少し前で降ろしていただけませんか?」


ジェムさんはいつも馬車で送り迎えしてくれる御者さんだ。昔は騎士団で働いていたらしく体格ががっしりしていて姿勢が良い、紳士的で寡黙なおじさんである。


「どちらに寄られるのですか?」


「ミリアム通の皮革用品の工房に行きたくて」


「かしこまりました。お嬢様を無事にお邸まで送り届けるのが私の仕事ですのでお供いたします」


「えっ、ありがとうございます。お仕事を増やしちゃってすみませんが」


目当ての工房に着いたのでエルディとジェムさんと一緒にベルを鳴らした。


「はーい」


のんびりとした男性の声がしてドアが開いた。


「おや、お姫様とエルディとー」


「御者のジェムさんよ。今日は付き添いで来てくれたの。ジェムさん、こちらはトマス。フォレット領出身の職人さんです」


「とにもかくにもよくいらっしゃいました。どうぞどうぞ、お二人と一匹ともお入りくださいな」


招き入れられてお茶を出される。


「今日は何をお求めですか? エルディの首輪か、エルディのリードか、エルディのおもちゃか」


「首輪なんだけどね。すっごくおしゃれな! 色は灰色がかった青で白い模様を入れたいの」


「その感じだと完成品のイメージはわりとかたまってそうですね。色見本持ってくるんで紙に描いてみてもらっていいですか?」


トマスが奥から色々な色に染められた牛革の切れ端を持ってくる間、わたされた紙にドレスの刺繍の模様を思い出して描き上げた。私にしては頑張って再現したのだが、あとはトマスの美的センスに頼るしかない。


「へー、すてきじゃないですか。一週間もあればできると思いますのでお屋敷に届けますよ」


さすがトマス。あとは色を選べばドレスとお揃いの素敵な首輪ができるはず。

持ってきてもらった見本の切れ端をエルディの首にあてて選んでいるとトマスが感慨深そうに一息ついた。


「しかしエルディもお姫様に会って九死に一生からの幸せ人生だねぇ。うらやましい」


「このわんちゃんはどこかで怪我でもしていたのですか?」


「実は俺、今は牛と羊の皮で革細工作って飯を食ってますけど、昔は毛皮の取り扱いもある工房で修行してまして」


「ちょっと、トマス!」


「お姫様、子供と工房の徒弟のやったいたずらなんてもう時効ですって」


「昔、親方の所に客が来て、この犬の毛皮がほしいってエルディを置いてったんですよ。親方は他の仕事で忙しかったんで俺にやっておけって言われまして」


「正直人慣れしてるような犬を殺すのは嫌だったんですが、仕事なんでそうも言ってられなかったんです。それで作業場に連れて行こうと犬と道を歩いていたらちょうど王都に来ていた幼き日のお姫様が通りかかって、

『あら、トマスじゃない。すごくかわいいわんちゃんを連れてるのね』

『でもこの子すごく悲しそうな顔してるわよ。具合でも悪いんじゃない?』って言うんで

これから毛皮にするために殺さなきゃいけないのを教えると愕然とした感じになった後わんわん泣き始めまして」


「お姉様がこの近くに住むことになったから、私も下見に付いてきてたのよね。せっかくだから王都見学でもしてきたらって言われたから歩いて回ってたんだけど、あの時エルディに会えて本当に良かった」


「いやあ、正直俺も助かりましたけどね。

『この犬私が買うわ! こんなに賢くて毛並みもツヤツヤなんだもの。きっとすごくかわいがられて育ったのよ。多分飼い主がおじいさんかおばあさんで犬を置いて先立たれたんだわ。次の飼い主は犬嫌いなのかもしれないけど、前の飼い主さんはこの子の幸せを願ってるはずよ。私だったら心配で成仏できないわ!』ってまくしたててましたね」


「よく覚えてるわね」


「あんな印象深いことそう無いので一言一句覚えてますよ。

ただ犬を助けるにしたって客には毛皮をわたさないといけないし、犬の毛皮なんて他にあてもないって言ったら

『私の貯めてたお金全部持ってくるわ。店に置いてある毛皮を買って、そのままじゃばれるかもしれないけど頑張って組み合わせてそれっぽくしましょう』って無茶を言って。俺の手先の器用さに感謝してくださいよ。ほんと」


「まぁ一緒にいたお付きの人もお姫様はこういう人だからしゃーないって感じだったし、お姫様からも万が一バレたときは伯爵家のせいにしていいって言われたのは気が楽でしたけどね。もうあれから何年も経ちますが当時の親方も何も言ってこないんで、結局バレなかったみたいで良かったですけど」


「お嬢様の優しさと、わんちゃんの豪運ぶりには驚かされますね」


「天国の飼い主さんがエルディを助けてくれたんだと思います。色々な偶然が重ならなければ私はエルディに会えなかったもの」


ドレスと一番近いブルーの見本をトマスに返して席を立つ。


「じゃあ私たちもう行くわね。ジェムさんもお買い物につきあわせてしまってすみません」


「はいはいお姫様。それではお届けを楽しみにしていてくださいよ」


私が応えるまえにエルディがワンッと返事をしてくれた。エルディも楽しみにしてくれているならよかった。



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