9 ともだち
気負わなくて良いと言われたのもあってあまり肩肘張らずに過ごしていたが、実家のような安心感というか、居心地が良かったせいもあり毎日公爵邸でのんびりしていた。
サイラス様も走ったりはできないがゆっくり歩くのはもう平気とのことで、一緒に本を読んだり、庭のお花で花束を作ったり、エルディとボール投げをしたり、キッチンをお借りしてスコーンを焼いて食べたりしていた。自分で作った物なんて初めて食べたと言って笑っていたが、案外楽しかったみたいで別の日にはクッキーも作ったりした。
正直私は楽しいのだが、サイラス様はお仕事大丈夫なのだろうか? 不安に思ったので聞いてみたが、
「毎日、昼から仕事はしてますけど今のところなんの支障も出ていないので大丈夫ですよ。少し遅い時間の方が捗りますし」
とは言われたがさすがに毎日私が隣で遊んでたら邪魔になるだろうと訪問間隔をあける提案をしたら
「午前のうちから頑張って働きますから。息抜きの時にちょっと話してくれるだけでも良いので来てくれませんか? 何をしててもいいので」
というようなことを泣きながら頼まれた。付き合いが始まってしばらくしてわかったが、サイラス様はいい人なのだが割と情緒不安定で結構激しく笑ったり突然泣きだしたりする。
最初はびっくりしたが怒ったりするわけではないので無害だし、少し感情の起伏が激しいだけの楽しい人だ。サイラス様の仕事中、趣味のぬいぐるみでも作っていていいか聞いたら次の日にはぬいぐるみ職人になれそうなくらい大量の材料が用意されていた。持参した生地だと完成品は手のひらサイズになる予定だったが、ここまで用意していただいたのでもう少し大きいしっかりしたものを作ろうかと思う。
そういうわけで今サイラス様の仕事部屋の片隅で、いびきをかくエルディのあごを膝にのせながらぬいぐるみを作っている。
サイラス様が犬好きなので完成品をプレゼントするつもりで、おすわりしている犬のぬいぐるみを作ることにした。エルディと同じような茶色にしようかと思ったけど、せっかく色とりどりのふわふわ生地が用意されているので青みがかったライトグレーを使うことにした。
サイラス様は書類を読んだり書いたり、何か調べたり、ポールさんに難しげな指示を出して忙しそうにしている。目が合うたびに休憩を提案されるのであまりまじまじ見ることができないがお仕事をしている姿は格好良いと思う。
今日も早々に休憩になり温かい紅茶が運ばれてきた。
サイラス様が今していたお仕事は製糸工場が好調なので羊毛の入荷量を今年はどのくらい増やすかとかそんな感じらしい。
そういえば私の学生時代のお友達で、領地に羊をたくさん飼っている子がいて遊びに行った時に本当にもふもふだった。近くで眺めていたら、運悪く羊の群れの進行方向に立っていたようで、そのまま羊の波に押し流されて行き友人に「鈍くさすぎ!」と爆笑されていた。
頼みの綱のエルディはそこの家の牧羊犬ポピーちゃんとじゃれあっていて、私はそのままけっこう遠くまで連れて行かれてしまい戻ってくるのが大変だった。
「マリーの周りはいつも楽しそうですね。親兄弟友人みんな仲良しだ」
「サイラス様のお友達はどんな人がいらっしゃるんですか?」
「それが全然いなくて。昔は一人いたんですがね。今は仕事絡みの付き合いばかりで。マリーは本当に久しぶりの友達です」
サイラス様、友達判定が厳しいな。しかし、そのお友達はどうしちゃったんだろうか。
「ヴァルゴっていう気の良いやつで親友でした。彼は俺にとってもう一人の自分みたいな存在で、悩みがあると彼に聞いてもらって自分の考えをまとめたものです」
サイラス様が懐かしそうに遠くを見ながらエルディを撫でる。
「今その方ははどうなさってるんですか?」
「私のせいで色々ありまして。だいぶ前に疎遠になってしまいました。この先もうずっと独りだと思ってましたが、そこにあなたが現れた。忌まわしい炎の跡も消えました」
不思議と明るい口調で話すサイラス様。内容は重い気がするし最後の方は小声でよく聞こえなかったが。
「だから最近はすごく幸せなんです。マリー」
その日帰る時、物陰から話し声が聞こえてきた。
「けっこう続いてるけど、どうする気なのかしらね」
「えー、でも血に塗れた旦那様よ。取り返したら剥製にでもしちゃうんじゃない?」
多分メイドさんだろうが断片的だし内容はよくわからなかった。ただ、執事として勤務中のサボリと無駄話が許せないのか誘導してくれてるポールさんがものすごい顔をしかめた。
「最近は紹介で雇ったような使用人も質が落ちて、くだらない噂話に夢中になって困ります。本当に」
いつも穏和なポールさんが肩を震わせて怒ってる。
フォレット邸は割と無駄話が多い職場だから気にならないが、公爵邸ともなるとメイドも求められる仕事への意識が全然違うんだろうか。




