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九話 お出かけ

 結局、ナタンは二つ目の施策については首を縦にも横にも振ることはなかった。


 ――子どもの死を望むのは、魔法使いとして生きづらいから。やっぱり、国全体としての意識を変えるほかない。


 そのためにも、バルドが戻ってきたらより詳しい話を聞かせてもらえないだろうか。ほかの魔法使いにも会ってみたいし、欲を言えば魔法を見てみたいとも思う。


「姫さま」


 部屋に戻る途中、前方から歩いてきたものに挨拶をされた。


「奇遇ね、アレクシス」


 はちみつ色の髪は爽やかな風に吹かれ、口元には微笑がたたえられている。けれど一礼のあと、なぜか寂しそうな顔をしていた。


「今日は鍛錬の日だったかしら?」

「はい。午前の訓練を終え、午後はどうしようかと悩んでいたところです」


 アレクシスは王室騎士団に所属している。将来は父である公爵のあとを継ぎ、団長になる将来が約束されているが、王選候補者となった今はそれも白紙になりかかっていることだろう。


 いくら公爵やアレクシスが騎士の道を望んだとしても、神がそれを許していないのだから。


『【アレクシス】ストーリー【思い出のお出かけ】が解放されます。受注しますか? はい・いいえ』


 ぱっと現れた白い枠。ローレンは選択肢に触れず、自動的に受注することを選んだ。


『【アレクシス】ストーリー【思い出のお出かけ】を受注しました』


「だったら、私と一緒に街へ行かない?」

「え?」


 アレクシスは目を瞬かせた。


「マシュー卿には許可をもらっていて、護衛を頼むために騎士を選びにいくところだったの。アレクシスさえよければ――」

「もちろんです。行かせてください」


 食い気味に答えられ、アレクシスは言葉が被ってしまったことを謝罪した。


「急いで準備してまいります」

「じゃあ、馬車で待っているね」


 それぞれ踵を返す。顔が見えなくなった瞬間、ローレンの顔が険しくなった。


 ――私が決めた行動なのに、それも用意されていることかのようにストーリーとして表示される。


 果たしてこれは、自分の意思なのか。ストーリーとやらに都合よく動かされているだけではないのか。


 ――アレクシスのストーリーを受注するか聞かれたのだから、アレクシスを騎士に選ぶことが正解、なのよね?


 考えれば考えるほど、罪悪感が生まれた。


 ジェシカを蹴落とすためならアレクシスだって利用する。そう決めたはずなのに、得も言われぬ不快感に襲われるはめになるとは。


「セーブしておこうかしら」


 バルドに説明を受けてから、まだ一度もセーブをしていない。


「オープン、セーブ」


『セーブしますか? はい・いいえ』


 躊躇いながらもローレンは『はい』を選択した。


 いまさらだが、今回のストーリーを受注する前にセーブすればよかったと悔やむ。


「たったの五秒で、思いつかないのは仕方ないことよ」


 次からは頭の片隅に残しておかなくてはならないと反省するだけに留める。


 ストーリーが失敗するようならロードすればいいだけのことだ。万全の状態でストーリーに挑めるのは、それはそれでいいことではないか。


 ローレンは自分をそう納得させた。


「宰相殿からは街へと伺っていますが、どちらまで行かれますか?」


 馬車の傍で馬の機嫌を取っていた御者が、ローレンの姿を捉えるなり帽子を外して背筋を伸ばした。


 壮年の金髪の男で、鼻先で突いてくる馬に気まずそうにしている。


「王城から出る機会が少なかったから、外については詳しくないの。おすすめの場所があったら連れていってほしいわ」

「っ……私でよければ、ぜひ!」


 御者は声を大きくした。


「ありがとう。外では『姫さま』と呼ばず、『お嬢さま』と呼んでくれると助かるわ」


 ――騙しているようで気が引ける。


 少し眉を下げれば、周りは面白いように同情して歩みよってくる。過去では常に気を張っていて、弱さをさらけ出すようなことはしなかった。


 こんなことで共感したくないが、ジェシカがよく小動物のように震える理由がよくわかる。


 ――でも、外のことについて知らないのは事実だから。


「姫さま、お待たせしました」


 腰に帯剣し、純白の騎士服に身を包んだアレクシスはかなり様になっている。


「それじゃあ、行きましょう」


 手を差し出してエスコートを促せば、アレクシスはにこやかに応じてくれた。


「神殿でお会いして以来ですね」

「そうね。王選が始まってこれからもっと慌ただしくなるでしょうから、こうして出かけられるときに出かけておかないと」

「あの日、ジェシーには僕から言い聞かせておきましたので、姫さまは気になさらないでください」


 一瞬なんのことかわからなかったが、ジェシカが不敬にも「姉」と呼ぼうとし、断ったら睨んできたことだと気づく。


 ――優しいアレクシスは叱ったのか諭したのか、あるいは慰めでもしたのかしら?


「お母さま以外の人から鋭い視線を向けられることはなかったから、驚いただけよ。アレクシスこそ気に病まないで」

「姫さまの寛大なお心に感謝申し上げます」


 ――アレクシスが頭を下げる必要なんてないのに。


 下げられた後頭部を眺め、ローレンは窓の向こうへと視線を外す。馬車は王城を抜け、すでに市井に繰り出していた。


「ジラール公爵家とサンチェス侯爵家は昔から繋がりがあるの?」

「公爵家と侯爵家は家格で釣り合いがとれますから、昔は政略結婚をすることが多かったようです。それに、貿易品を輸入してもらうなど、融通してくれることもありますから」

「政略結婚……よくある話ね」

「何代も前の話です。今は侯爵家も増え、力関係を考慮して縁談を進めています」

「じゃあ、アレクシスもすでに縁談が来ているの?」


 アレクシスはすっと黙り込んだ。


「……王選が始まってから、増えたと聞きます」


 どこか居心地悪そうな顔をしている。


「長い間、エタンセル王国に公爵家は二つしかないものね」


 家格が下げられたり没落したり、時代が進むにつれて公爵家は減っていき、今となってはジラール家とマシュー家しか残っていない。


 公爵位を授けようにもここ十数年はまともな政治は行われておらず、それどころではなかった。


「増えるとしたら、十年後になるでしょうか」

「国を支える基盤は盤石であることに越したことはないから、王選が落ち着いたら大臣たちに会議させてもいいかもしれないわね」

「ところで……姫さまにも縁談は来ておられるのですか?」


 ぴた、とローレンの動きが止まる。


「私は、マシュー卿に任せているからわからないわ。手紙は保管しているでしょうけど……今のところ受けるつもりもないの」

「そう、なのですか」


 王族の婚約はほか国との政略にも使える。国内で伴侶を見繕ってもいいが、できれば周辺諸国との関わりを強固にするために利用したいのが大臣たちの総意だろう。


 そう考えていたローレンは、アレクシスがほっとした表情をしていたことに気づくことはなかった。


「到着したようですね」


 緩やかに馬車が停車し、ノックとともに外から声がかけられた。


「お嬢さま、到着いたしました。まずは王都で人気のパン屋をご紹介させてください」

「待って、アレク」

「え?」


 馬車を降りようとしたアレクシスを呼び止める。


「はい、これ」

「これは……」

「その格好じゃ目立つでしょう?」


 用意していた灰色のローブを渡す。


「それと、私のことは『レン』とでも呼んでちょうだい。私もあなたのことをアレクと呼ぶから」


 王室騎士団の一員を引きつれているだけならまだしも、『姫さま』と呼ばれては正体がばればれだ。


「姫さまを……」

「レン。間違えたらだめよ」

「レ……レ、ン、さま」


 非常に呼びにくそうだ。


「私は貴族のお嬢さまで、アレクは護衛騎士。お忍びで遊びにきたという設定よ」

「承知いたしました……レンさま」

「それじゃあ、行きましょう」


 久しぶりの外だ。


 それぞれが胸の内に高鳴りを感じながら、ローレンとアレクシスのお出かけが始まった。

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