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八話 王選に向けての施策案

 ローレンは協力関係を結んだバルドに王城に滞在することを勧めたが、懇意にしてくれた魔法使いに黙っていなくなった説明をしたいと、あのあとすぐに飛び出していってしまった。


「オープン、アイテム」


 視界の左に単語の羅列、そしてその右側には大きく枠が追加され、『ビスケットボックス』とだけ書かれている。


「アイテムは触れないと反応しないのだったかしら? 長押しとは、こう?」


 実物はクローゼットの奥に隠すように置いているし、今朝確認したらまた増えていた。


『【ビスケットボックス】 毎日一つずつ、宝石が増えていく魔道具。蓋が閉められなくなると増えなくなる。意中の女性への贈り物にぴったり!』


「なっ!?」


 ――意中!?


 アイテムから指を離したローレンは椅子から立ちかけ、すとんと座り直す。


「バルドは金策にとくれたのよ。制作した魔法使いにそのような意図があったとしても、バルドにはそんな考えはないわ」


 言い聞かせるようにひとりごとをこぼす。


 それから、ぱち、と片目を瞑り、ローレンは再び説明文を表示させた。


「魔法使いは不信仰だからお堅い人ばかりなのだと思っていたけれど、案外、軽いのかしら……?」


 先日のバルドの誓いを疑うわけではないが、少しだけもやっとする。


「違うわ。信じたくても祈りたくても、それができないだけ。好きで神を信じないわけじゃない」


 神殿は寛大だ。魔法使いという不信仰者を差別せず、受け入れる姿勢がある。というのも、特別な力を持たない凡人にとって、魔法使いが作る魔道具とはまさに夢のような代物なのだ。


 ものによっては生活を楽にしてくれるし、子どもの遊び道具にだってなる。


「誰だって、魔法使いかもしれない我が子を死なせたくないし、生きてほしいと願うものだもの」


 信仰心を芽生えさせる前に魔力を生まれもったかどうかがわかり、生き残る魔法使いが増えてくれたら、世界はもっと豊かになるだろうとローレンは思う。


「――決めた」


 王選に向け、国民の関心を集める政策。十年という月日があれば、きっと成しうることができる。いや、してみせる。


 ――そのためにはお金が必要ね。でも急がなくていい。着実に、一歩ずつ進むのよ。


「マシュー卿に確認しなくちゃ」


 善は急げ。ローレンは多忙を極める宰相の元へ向かった。


「ご足労いただきありがとうございます、姫さま」


 宰相の机の上は書類の山で埋まっている。


「時間を作ってくれてありがとう」

「姫さまでしたらいつでも構いません」

「王選について私なりに考えてみたのだけれど、マシュー卿に相談してもいいかしら」

「もちろんでございます。宰相としては中立ですが、私個人は姫さまを支持していますから」


 本来ならばローレンしか王位継承権を持ちえないが、王選が始まった今、水面下では三陣営が睨み合っていることだろう。


「現段階では、アレクシスが最も玉座に近いと思うの」

「ジラール家は英雄の家系ですからね。数百年前の戦で武勲を上げ、現在もエタンセルの剣として刃は研ぎ澄まされております」

「サンチェス侯爵家は昔から商人の家系、現侯爵は先代たちよりも富を築いていると言われているのよね?」

「すでに孤児院への寄付、貧民への食糧の配給など……素早く行動に移しているようです」


 アレクシスもジェシカも家の影響力は強く、たいしてローレンは母のせいでマイナスからのスタートと言っても過言ではない。


「私は領地も持っていないから、確実票がない」

「王室に関わるものは姫さまを支持するでしょう」

「そうかしら。お母さまと重ねて、票を入れないかもしれないじゃない。ジラール家やサンチェス家と深い関わりがあるものもいるでしょう」


 きゅ、とローレンは唇を噛む。


「姫さまは、王になりたいですか?」

「それは、もちろん」

「それは、なぜですか?」


 これまで王になるために教育を受けてきた。厳しい叱責にも涙を飲み、決して膝を折るようなまねはしなかった。


「お母さまのせいで苦しんだ人々に……国民の力になり、寄りそえるような王になりたい。ずっと、そう思ってきたからよ」

「先代女王の機嫌を損ね、怪我を負ったメイドのために医者を呼んだ優しさも、先代女王の悪政に乗じて利益を得ようとした愚か者を摘発した誠実さも、我々は姫さまが先代女王とは違うことをわかっております」

「……うん」

「国民たちはその事実を知る機会すら与えられておりません。ですから、これからわかってもらえばよいのです」


 施策について話そうと意気込んできたのに、ついつい弱音を吐いてしまった。


「二つ、考えたの」

「お聞かせください」

「一つ目は学校を作ること」


 ナタンはこくりと頷く。


「ただの学校じゃなくて、文字の読み書きを学ぶための学校よ。学費は税金や寄付で負担して、年齢の制限もつけないわ」

「識字が可能となれば雇用の機会も増え、路頭に迷うものも少なくなるでしょう」

「まずは王都に。うまくいけば、各領地にも建設の要請をしてもいいと思うの。国民の全員が全員、王都へ足を運べるわけではないから」

「次の会議で予算案を提出します」

「早いに越したことはないけれど、急ぐ必要はないわ。王選の期間は十年もあるのだもの。既存の建物を使うか、土地から探すかも考えなくてはならないから」


 王都へ繰り出す口実にもなるだろう。過去では王城から出られることはほとんどなく、王選の施策もナタンの手を借りてばかりいた。


 学校を建てるという案は過去にも立案し、ナタンの尽力のおかげで成功を収めた。多くの民から支持されたこの案を、今回も実行するべきだ。


「それでは、二つ目をお聞かせください」

「二つ目は……魔力を生まれ持ったものへの支援よ」

「魔法使いへの支援、ですか」


 ナタンは表情を硬くした。


 神殿は不信仰者にも寛大だ。それは、エタンセルに住むほとんどの人々も同じ考えである。


 どれだけ信心深くとも、心の中で否定していようと、決して口には出さない。そうする代わりに距離を置くのだ。あるいは突き放し、一定の線引きを行う。


 ――こちらからはなにも言わないから、そっちも関わるな。そういうスタンスの人がほとんどなのよね。


「魔法使いは受け入れられている。けれどそれは表面上だけ。魔道具の便利さを知っているから、それを手放したくないのよ」


 魔法使いを迫害したら、魔道具が使えなくなる。魔道具を渡さなかったら、迫害される。それがわかっているからこそ、互いにちょうどいい距離間を探すのだ。


「魔道具はよしとするけれど、魔法使いのこととなったら途端に禁忌のように避けるのはなぜ? 彼らだって国民で、好きで神を信じないわけではない。祈ったら苦しい思いをして、死んでしまうかもしれないから、そうせざるを得ないだけなのに」


 話しているうちにバルドの姿が脳裏をよぎり、言葉に熱が入ってしまった。


「具体的に、姫さまはどのような支援をお考えですか?」

「神殿へ連れていく前に魔力を持っているかどうか、それを判別できるような方法がないかを探すつもりよ」


 ナタンは渋い顔をしている。


「これは私個人で進行するから。だから、マシュー卿は知っていてくれるだけでいいのよ」


 魔法使いはいわば腫物。神殿との関係を考えればできれば触れたくなく、そっとしておきたい存在なのだ。


「姫様はご存じでしょうか」


 神妙な面持ちになったナタンにローレンは首を傾げる。


「我が子が魔法使いとして生きるくらいなら、神に祈って命を落としたほうがましだと考えるものがいるということを」


 ローレンの体に、重たい声がずしりとのしかかったような感覚がした。

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