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七話 聖杯

「お恥ずかしい話ですが、俺もこの魔法をうまく扱えていると言われたら、そうではありません。まだ隠された機能だってある可能性もあります」


 バルドは弱った顔をした。


「枠が足りなくなり、上書きを繰り返していたために、女王の手下に捕まったときにはすでに、戻れないところまできていました。いくらロードしようと、罠がはられている地点でセーブしてしまっていたのです」

「だったら、お母さまが処刑されたときに助けを求めればよかったじゃない」

「どうして自分を閉じ込めるものの配下を信用できましょう」


 表情をなくしたバルドにローレンは息を詰める。


「牢に入れられているということは、真実がどうであれ罪人という事実がそこにあるということ。俺の言葉を信じて親身になり、命の保証をしてくださるでしょうか」


 それに、とバルドは自嘲気味に続けた。


「捕まるとわかっている過去に戻ってやり直そうと奮起する気力は、俺には残されておりませんでした」

「それで、十年もここにいたの……?」

「女王が処刑されてからは、食事はメイドが運んできてくださいましたので。まあそれも、五年もすれば途絶えてしまいましたが」

「王城に侵入していたことがばれたのね」


 ――とはいえ、五年もかいくぐれていたことには目を見張るものがあるけれど。


「姫さまが連れてこられるまでは、アイテムとして所持していたものを細々と食いつないでおりました」

「どうして、私に声をかけたの? バルドは私が、あなたを閉じ込めていた張本人の娘だとわかっていたはずよ」

「死の間際なら、なりふり構っていられないでしょう?」


 口角を上げたバルドの雰囲気にどきりと心臓が跳ねる。


「死ぬと確定した瞬間、生きたいと願う気持ちは本物しかありえない。と、俺は考えております」

「……わかった」


 理解しがたくはある。けれど事実は事実、起きている。不信感も懸念もすべて飲み込んで、ローレンはバルドを信じることにした。


 一度入り口に戻り、牢の鍵を手にしたローレンは再びバルドの前に立つ。


「最後に一つ、ビスケットボックスという魔道具を贈ったのはあなた?」

「はい、無事に届けられたようでなによりです」

「魔法使いであるあなたが、なぜ神殿に頼ったの?」

「誰が味方か敵か、わかりかねましたので。それに神殿は腐っていなければいつだって中立。それが、定石でしょうから」


 ローレンは牢に入り、手と足の枷を順番に外していく。


「宝石の使い道はお任せします。装飾にしても換金しても、お好きなように。あるいはショップを活用するための足しになさってもよろしいかもしれませんね」

「それじゃあ、ありがたく。ところで、これからバルドはどうするの? 国外は難しいけれど、国内だったら手引きしてあげられると思う」


 背筋を伸ばすと、バルドが首輪をとんとんと叩いているのに気づいた。


「こちらも、姫さまに外していただきたいです」

「この首輪は……」

「聖杯です。俺には怖くて触れられません」


 魔法使いが製作する魔道具とは異なり、聖杯は大神官が祈りを捧げることで神聖力を込めた代物のことだ。


 祈りにかける時間や思いによって完成度は異なり、基本的には儀式に使用したりお守りにされたりすることが多い。


「まるで、魔法使いを囲うためだけに作られたような聖杯ね」

「本来の用途はペット用だと信じたいのですが」

「大きなペットね」


 聖杯と名がつくが、必ずしも杯の形をしているとは限らない。あくまで神聖力を注ぐための器として、聖杯と呼ばれている。


「構造は……一般的なものね。私でも外せるようでよかった」


 神聖力の漲る聖杯は、魔法使いにとって忌避しなくてはならないものだ。身につけていることに気づかず魔法を使ってしまえば、あまり想像したくない結果となる。


「もう大丈夫よ」


 ローレンが慎重に首輪を外すと、頭に安堵の息がかかった。


「重ね重ね、姫さまにはなんとお礼を申し上げればよいか」

「いいのよ。バルドは自分のためと言うけれど、私だって人生をやり直すチャンスを得られたのだから。私を、命をかける相手に選んでくれたのだから、これで貸し借りはなしよ」


 あの日、バルドは首輪をつけられた状態で魔法を使った。いくら過去に戻ったとしても、その瞬間に背負った痛みや苦しみもあったはずだ。


 最悪、魔法が発動する前に死んでしまう可能性がなかったとは言い切れない。


「十年。俺は、決して短くない時間を牢に閉じ込められてきました。ただただ終わりを見据えながら、それでも生きることを諦められませんでした」


 バルドの声は僅かに震えていた。


「今度は、俺に手助けをさせてください」

「手助け……?」

「はい。人のために魔法を使ったり便利な魔道具を作ったりはできませんが、姫さまが取り返しのつかないような事態に陥ったとき、俺なら過去へ戻すことができます」


 そのためには、とバルドは片膝をつき、ローレンの手を優しくとった。


「俺の命を、人生を、姫さまに預けます。姫さまがロードしてくれと願うなら、俺はいつだって選択します。そのためには姫さまにも俺のことを信じてもらわなくてはなりませんが」

「っ」


 すっと頭が沈み、手の甲に口づけされる。そう思ったが、手の甲に触れたのは柔らかな唇ではなく、硬い額だった。


「じ、自由に、なれるのに? 継承争いなんて恐ろしいことに、巻き込まれることになるのよ?」


 動揺のあまり、しどろもどろになってしまう。


「自由になったからこそ、俺がそうしたいのです」

「――」


 上げられた顔は、決意と笑顔に満ちていた。


「俺は、あなたを王にする」


 バルドのことを思うなら、すぐにでもこの手を振り払うべきだ。


 ――これも、ストーリーにすぎない? それとも、バルドもストーリーに従うことを余儀なくされているだけ?


 そう気づいたらなんだかとても寂しく感じて。


 ローレンにはこの優しい温もりを、手放すことができず――手放したくないと、そう思ってしまった。


『突発クエスト【侵入者はこそこそと昼間に堂々と】 クリア(報酬・魔法使いの忠誠)』

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