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四十一話 建国祭の花火

「バルド」

「はい、俺はここにいます」

「バルド。助けにきてくれて、ありがとう」

「姫さまをお守りすることができず……姫さまっ!?」


 ローレンはぎゅっとバルドに抱きついた。バルドは最初こそ戸惑っていたが、たどたどしい腕を背中に回してくれる。


「なんて、お礼を言ったらいいか」

「なにも申さなくて構いません」


 ローレンは大きく息を吸う。


「バルドたちが来てくれなかったら、少しでも遅れていたら、私は……」


 殺されていただろう。その実感がじわじわと心を蝕んでいく。


「生きています。姫さまはこうして、生きておられます」


 バルドの腕に力が入った。


「帰ったらマシュー卿に、褒賞の相談を」

「姫さま」


 バルドの強い呼びかけに、大きく息を吐こうとしたローレンの喉が詰まった。


「怖いなら、怖いとおっしゃってもいいのです」


 口をゆっくりと閉じれば、唇が震えた。


「泣きたくなったら泣いてもいいのです。あなたはいずれ王になられるお方ですが、今はまだ、一人のか弱い女の子なのですから」


 ひゅう、と風を切る音のあと、あたりが赤色に輝く。


 全員がはっと光源に顔を向ければ、夜空に花が咲いた。どん、と鼓膜を叩く轟音を皮切りに、数々の花火が王城の上空に打ち上げられていた。


「建国祭の花火」


 誰が呟いたか、誰もが釘付けになった。絶え間ない花火は美しいが、ここにおいては場違いにもほどがある。


「ジェシー、ちゃんと花火が見たいです! アレクさま、連れていってください」

「……ですが……」

「アレクさまはジェシーといてくださいますよね!? すごく怖い思いをしたんです!」


 アレクシスはローレンの様子を窺う。


「ここに留まる意味もありませんし、怖い思いをした令嬢を慰めては?」

「そうですね。姫さまを守るべき王室騎士団の方はほかにもおられるようですから、ジラール公子はどうぞそちらのご令嬢を」


 オーレリアンとバルドの言葉に、アレクシスは後ろ髪を引かれるような顔をし、ジェシカを連れ出していった。


「俺も外にいるから」


 オーレリアンも出ていき、空き家にはローレンとバルドの二人きりとなる。


 ぎこちなかった腕が、とんとんと規則的に背中を叩く。その安心感にじわりと涙が滲んだ。


「――っ」


 嗚咽が漏れ、堰を切ったように涙が溢れ出す。


 ――バルド、バルドっ。


 オーレリアンが空き家に入ってきたとき、バルドだったら、と心の片隅に浮かばなかったと言ったら嘘になる。誰であっても助けにきてくれたことは嬉しかったし、ほっとした。


 でも、真っ先にバルドが助けにきてくれることを、期待していたのだ。


「姫さまが望むなら、過去へ戻ることもできます。今朝、セーブしています」


 バルドはいくつもセーブ地点を作ることができる。だが、ローレンは上書きのセーブしかできない。


「姫さまは立ち行かなくなるまで、抗い続けたことと思います」


 数回の挑戦でローレンは諦めてしまった。短い時間で思考を更新し続け、二人が助かる道を模索するのには、気力が足りなかった。


「その努力を、俺の一存でなかったことにはしたくありません。姫さまが望むなら――」

「ううん、いいの」


 ローレンはバルドの肩で小さく首を振る。


「もう、いい」

「承知しました」


 バルドが静かに答える。


「バルドがこうして、助けにきてくれたから」

「――! 最初に突入したのは、オーレリアンさんでしたが……」


 悔しそうな声だ。


「バルドの姿が見えたとき、本当に安心したの。来てくれたって、嬉しかったの」


 しまっておかなければならない感情が、再び顔を出そうとする。


「もうだめだって思って、私が諦めることを選ぼうとしたら、バルドが救世主みたいに現れるのよ」


 ――結局、アレクシスはジェシカを選んだ。好感度は順調に上げられていたのに、足りなかった。

ローレンはすっと身を引いた。顔を合わせたバルドの頬は色づいていて、きっとそれは、花火だけの色ではない。


「バルド」

「……はい、姫さま」


 返事が遅れた。


 ――虫がいいかもしれないけれど、私を、選んでほしい。


 ローレンはその言葉を飲み込んだ。互いの熱を帯びた視線が絡み合い、息をすることを忘れてしまう。


 どん、どん、と絶え間ない大きな音が鳴っていてよかった。でなければ、この激しい鼓動がバルドの耳にまで届いてしまうかもしれないから。


「セーブはもう、されましたか?」


 思い出したように息をして、ローレンはふるふると首を振る。


「今、しておくわね。オープン、セーブ」


『セーブしますか? はい・いいえ』


 バルドとの間に枠が表示される。『はい』へと伸ばした指先に、バルドの小指が絡んだ。


「っ!?」


 ぱっと枠が消えた先で、ひどく切ない顔をしたバルドが微笑む。微かに唇が震えたが、それは息遣いにも満たなかった。


「帰りましょう」


 なにか言及するでもなく、バルドはローレンの手を引いた。


 ――い、今のは……?


 ローレンはどぎまぎしながらも立ち上がれば、「失礼します」と背中と膝の裏に手を回され、ひょいっと抱えられた。


「お体を動かすのも辛いでしょうから、馬車まで我慢してください」


 ローレンはぱくぱくと口を動かす。その様子に、バルドはくすりと笑って踵を返した。


「バ、バルドだって疲れているでしょう? 自分で歩けるから」

「姫さまほどではございません。ですので、今だけでも俺には甘えてください」


 空き家を出ると、すぐ近くの通りでアレクシスとジェシカ、手近な壁にもたれたオーレリアンが目に入った。


 馬車を待つ間、どうやら花火を見物していたようだ。


 ローレンも空を見上げた。


「こんなときでも、花火は綺麗ね。過去ではあまり見られなかったから……なんだか妙な気分よ」

「そうなのですか?」

「ええ。花火は王城の裏手から上げられているでしょう? だから、轟音が聞こえるだけで花火は見えないの」


 正門まで移動し、見上げれば視界に映らないこともない。だが、それも過去のローレンはしなかった。


「馬車が来たようです」


 向こうから二台の馬車がやってくる。王城へ向かうものと、サンチェス家へ向かうものだ。


「姫さま」


 ジェシカを馬車に乗せたアレクシスが、小走りで駆け寄ってきた。


「どうしたの?」


 抱えられたまま話すわけにもいかず、ローレンは降ろしてもらう。


「数々のご無礼、失態を申し訳ありませんでした。せめて、帰りだけでも」


 アレクシスが肩からマントを外し、ローレンの肩にかけた。


「ジェシカにかけてあげればよかったのに」


 いまさら、という意味も込めて言う。


「ご迷惑だとも承知しております。ですが姫さまに、かけてさしあげたかったのです」


 アレクシスはバルドを一瞥し、沈痛な表情を浮かべた。


「行きましょう、姫さま。お体に障ります。話はまた後日にお願いします、ジラール公子」


 バルドに手を引かれ、ローレンも歩き出す。


「……姫さまは」


 ひゅるる、とひときわ高く、光の筋が上空に伸びる。


 振り返ろうとしたが、それに目を奪われ、首を上に傾けた。


「――僕を見てくださりませんでしたね」


 どん、世界すべての音を奪い取り、視界を独占して咲き誇る花火に、小さく感嘆の声が漏れる。


 それが儚く散り、静寂を取り戻してから、ローレンはアレクシスを振り返った。


「さっき、なにか言っていたかしら? 花火に気を取られてしまって、聞こえなかったのだけれど」


 開花したあとの花火のように、アレクシスは儚い微笑をたたえていた。


「いえ。どうか養生なさってください。姫さまの心身ともに一刻も早い回復を、心よりお祈り申し上げます」

「アレクシスも助けにきてくれてありがとう。詳しいことはマシュー卿から話がいくかもしれないわ」


 ローレンは深く頭を下げるアレクシスに背を向け、バルドとオーレリアンに別れを告げて、馬車に乗り込む。


 そうして背もたれに体を預け、なんとか眠気に抗っているときだ。


『追加クエスト【二人で花火を見よう!】 失敗(ペナルティ・なし)


『【アルシバルド】ストーリー【一緒に建国祭を楽しもう!】 クリア(報酬・アルシバルドの好感度プラス十%)』


『【アレクシス】ストーリー【一緒に建国祭を楽しもう!】 失敗(ペナルティ・初恋の終わり)』


 立て続けに、そう目の前に表示されたのだった。

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