三十四話 聞き間違い
ローレンが王城へ帰ると、ちょうど戻ってきたナタンと鉢合わせた。
「姫さま、おかえりなさいませ」
「ただいま。マシュー卿は夫人と出かけられた?」
「ええ。王室騎士団のパレードを拝見いたしました。妻を邸宅に送ってからこちらへ戻ってきたのですが……姫さまはご覧になられましたか?」
「もちろんよ。アレクシスもいて、私に気づいて手を振ってくれたと思うの」
「さようでございましたか。ところで、腰になにかつけておられませんか?」
ナタンはローレンの腰に目線を落とした。ドレスの生地に合わせられ、ぱっと見では気づきにくくなっている。
「そうなのよ。マシュー卿もほしいと思うかもしれないものよ」
ローレンは腰に巻かれた紐を外した。ぱちん、と小気味よい音を立てたそれは、平たく言えば袋だ。
「あまり多くのものは入れられないのだけれど、口の部分よりも小さなものなら、たくさん収納できるそうよ」
音が鳴ったところは留め具であり、魔法石が付与されている。これもバルドに作ってもらった魔道具だ。
ドレスに合わないという理由で鞄を持てないローレンのために、即席で作ってくれた。
「ほら」
ローレンは袋に手を突っ込み、スリングショットのおもちゃを出した。
「それは、なんですか?」
「景品でもらった子どものおもちゃで……そうだわ! マシュー卿に報告したいことがあるのよ!」
「は、はい? 承知しました。では、場所を移しましょう」
「あ、そ、そうね。それでだけれど、これも魔道具なのよ。魔道具にしてもらったの」
ローレンはナタンと肩を並べ、歩きながら説明する。
「魔道具にしてもらったとはどういうことでしょう」
「魔法石を付与すると、いろいろなものを魔道具にできるらしいのよ。これは元の素材がそこまでよくないから耐久力は低くなってしまったのだけれど……」
スリングショットのおもちゃに魔法石の付与は成功した。ただし、耐久力が低く、十発も撃てるかどうかというところらしい。
魔法石が割れれば、本体も一緒に壊れるだろうとオーレリアンは言っていた。
ローレンはさらに、袋に手を突っ込む。手のひらには小さくて不揃いな魔法石が包まれていた。
「これは魔法石よ。宝石を砕いて、そこに魔力を注入したものね。これを敵に向かって撃つの」
ローレンがスリングショットのおもちゃを構えるが、すぐにそっと下ろされた。
――腕が痛いのをすっかり忘れていた。
「て、敵に撃つ!?」
ナタンはぎょっとし、驚嘆に声を大きくした。
「万が一のためよ。それでね、この魔法石に当たったものは気を失う魔法がかけられているそうよ」
自衛のためにとオーレリアンはそこまで用意してくれた。もちろん代金は支払ったが、至れり尽くせりである。
ナタンは渋い顔をするが、興味がないわけではないようだ。
「マシュー卿も魔道具を買ってみたらどう? こんなものは作れないかって相談するだけでも、意味があると思うの」
「念頭に置いておきます」
「ありがとう」
話しているうちにナタンの執務室に到着した。二人でソファに腰を下ろし、ほっと息をつく。
今日は半日以上歩いていて、さすがに疲れた。明日、起きたら筋肉が悲鳴を上げることを想像してしまい、今から恐ろしい。
「それで、話したいこととは?」
メイドにお茶と茶菓子を用意してもらい、報告を始める。
「まず、結論から言うわね」
ナタンが表情を引き締める。
「私ね、ダイヤモンド鉱山を手に入れたの」
「……は?」
引き締めたはずの表情が崩れる。ローレンはその反応ににこにこと頬を緩めた。
「聞き間違いですか? 今、ダイヤモンド鉱山を手に入れたとおっしゃいましたか……?」
「聞き間違いじゃないよ。今、ダイヤモンド鉱山を手に入れたと言ったの」
ナタンがたりと勢いよく立ち上がる。テーブルに手をついたせいで揺れたが、紅茶がこぼれることはなかった。
「い、いったいなにをおっしゃられているのですか!? 冗談もほどほどに……冗談でないのなら、説明を求めます!」
「説明するから、落ち着いて」
ナタンは渋々といった様子で座り直す。
「まず、あなたは天幕を見たかしら? 赤い髪に、白い顔の……おかしな格好をしたピエロが開いていた催しよ。サーカスといったかしら」
「え、ええ……いろいろな国で曲芸を披露している集団だとか」
「その集団は詐欺容疑で連行されたわ」
ローレンの口から飛び出す発言の数々に、ナタンは眉間を押さえた。
「そのうちそれも報告が上がるでしょう。それで、そのサーカスが提示した条件を達成したら景品がもらえるって話だったのだけれど」
「その景品が、ダイヤモンド鉱山だったと?」
「超高難易度の条件でね。でも、私と一緒に挑戦した人で条件を見事に達成したの」
「はあ」
あまり頭に入っていかないようだが、構わず続ける。
「でも、ピエロが利権書を渡すのを渋ったの。そのうえ、なんと言ったと思う? 『達成できるなんてありえない』と、そう言ったのよ。だから騎士を呼んで捕まえてもらったの」
ナタンはもはや呆れているように感じた。
「主催は、ディーノ・マイヤー伯爵よ。サンチェス家の――」
「マイヤー伯爵ですと!?」
突然、ナタンが目を見開いた。
「え、ええ……マシュー卿は知っているわよね?」
「サンチェス家の遠戚であることも存じております。ですが、私が驚いたのはそこではありません」
「じゃあ、どこに驚いたの?」
「マイヤー伯爵が所有するダイヤモンド鉱山といえば、元は王室の土地なのです!」
ぶつけられる熱量にローレンはきょとんとしてしまう。
「そ、そうなの?」
「はい。先代女王の浪費を賄うため、売りに出した不動産の一つです。その利権書は、本物なのですか?」
「写しだったけれど、本物だと思うよ? 近いうちに、マイヤー伯爵から連絡が来るそうだけれど。伯爵もまさかダイヤモンド鉱山を渡すことになるとは思っておらず、原本を用意していなかったみたいだから」
ジェシカの陣営に少しでもダメージを与えられたらそれでよかったのだが、鉱山が王室に戻ってきたことは渡りに船だ。
昼間の騒動により、マイヤー伯爵の名前はすでに広まっていることだろう。鉱山を渡さないと拒否するなら、詐欺の容疑で裁判を起こすだけだ。
証人はいくらでもいる。どう転ぼうと確実にローレンに利があった。
「姫さまにはなんと感謝を申し上げればよいか」
「私がちょうど、鉱山をほしかっただけよ。感謝はマイヤー伯爵にしなくちゃね?」
「宝石ではなく、鉱山を……」
「お母さまみたいに欲を満たすためではないから安心して。魔法使いへの支援に必要なだけだから」
こう何度も口にしていると、ナタンは折れたようだ。魔法使いと関わることを、いつの間にか咎められることはなくなっていた。
――でもまあ、マイヤー伯爵がすぐに抗議に来なくて逆によかったかもしれない。
これから起こるであろう誘拐事件以外に、あまり意識を向けたくない。
ローレンは今日に事件が起こっていないことを願いながら、眠りについた。




