三十一話 模様合わせ
「お嬢さんはスリングショットのおもちゃで、見事に全発を命中させたお坊ちゃんは明日の公演の観覧チケットだよ」
「ありがとうございます」
ローレンがもらった景品は小さなスリングショットだ。安っぽい素材らしく軽量で、まさに子ども向けのおもちゃである。
たいしてバルドは公演の観覧チケットときた。内容にかなり格差があるが、達成条件を考えたら妥当だろう。
「二枚ももらえるのね」
「そのようです。あまり嬉しくはありませんが」
「どうして?」
「興味がないですし、なにより連れていける人もおりませんので」
バルドは周りの目を気にし、声を潜めた。
「明日、姫さまの予定がございませんでしたら……プレゼントいたします」
「明日はアレクシスと建国祭を回る約束をしているの」
「――でしたら、なおさらいかがですか?」
すっとチケットを差し出される。
――アレクシスってこういうの、興味あるのかしら。
ナイフを投げる人の姿を楽しむアレクシスの姿が浮かばない。
「オーレリアンと行ってきたらどう? 初日と今日で、魔道具の宣伝は充分にできたんじゃない?」
「オーレリアンさんと……」
候補に挙げてみたものの、アレクシスと同じでオーレリアンの楽しむ姿も想像できない。
「一応、誘ってみます。だめだったら、知り合いの魔法使いにでもあげます」
――本当に欠片の興味もないのね。
「ところで、あのピエロが言っていたことは本当でしょうか」
「景品がダイヤモンド鉱山っていう話?」
バルドはこくりと頷く。
大がかりな準備のため、せっせと動いているピエロの後ろ姿を見つめる。
あのあと、結局二人は挑戦することにした。挑戦するには金貨一枚かかるというが、ダイヤモンド鉱山が手に入るかもしれないなら安いものである。
――腕は痛いし、また制限されたらいやだけど……慌てなければパニックに陥ることもないわ。
「ダイヤモンド鉱山を景品にするなど、よほどの自身がおありのようですね」
「準備にも時間をかけているようだし、いったいなにに挑戦させられるのかしら」
しばらくし、満面の笑みを浮かべたピエロが寄ってきた。
「さてさて、準備ができたよ!」
「条件を達成できたら、本当にダイヤモンド鉱山をいただけるのですか?」
「もちろん! ほら、これが利権書の写しだよ」
懐から丸めた紙を出す。
「土地、鉱業、特許……本当に丸々ですね」
「現在の所有者は……ディーノ・マイヤー。エタンセルの貴族ね」
「ご存じなのですか?」
「ええ」
爵位は伯爵、サンチェス家の遠戚に当たる家だ。もちろん王選ではサンチェス家を支持している。マイヤー家も商家のため、両家は仕事でも協力関係にあった。
以前、ナタンが政敵について教えてくれたとき、マイヤー伯爵家の名前も挙がったから覚えている。
「ね? ね!? 嘘じゃないでしょ!?」
「条件を達成できたらダイヤモンド鉱山がもらえる。その言葉に嘘はないわね?」
「しつこいなあ! 嘘じゃないよ! 本当、本当だよ! 紛れもない真実さ!」
あまりにピエロが騒がしかったのか、好奇心旺盛な野次馬が増えてきた。
――直接的でなくとも、ジェシカに打撃を与えられるのなら……絶対に手に入れる。
カウンターの前に立ち、赤い的をつけた白い壁と向き合うことも同じ。多少、的の形が変わったものの、大した違いはないようだが。
「二人に挑戦してもらうのはー、模様合わせだよ!」
「模様合わせ?」
「的は全部で二十個あるでしょ? 二人で交互に、お嬢ちゃんは金属弾を、お坊ちゃんはナイフをさっきと同じように的を狙ってね!」
的の下には同じ模様が二つずつ、全部で十つのペアがあるという。
「二人で同じ模様を連続して当て続ければ、見事! 豪華な景品をもらえるよ!」
――当てられるわけがないから、余裕綽々なのね。
「それじゃあ、いつでも始めていいよー!」
「姫さま、少しよろしいでしょうか?」
「なに?」
ローレンは耳を傾ける。
「姫さまは鉱山を手に入れたいですか?」
「え? ……そりゃあ、ほしいけれど」
「承知しました」
「承知しましたって、簡単なことじゃないのよ?」
バルドのふわりとした微笑みを阻むように、目の前に枠が表示された。
『追加クエスト【ダイヤモンド鉱山を手に入れよう!】が解放されます。受注しますか? はい・いいえ』
ローレンは迷わず『はい』を選択する。その瞬間、勝手に腕が動き、射撃の姿勢に入った。
「では、先にどうぞ。姫さまはなにも考えず、的に命中させることだけに集中してください」
バルドは涼しい顔をしている。
――バルドは私が間違えたと気を負わないよう、先に投げさせてくれるのね。
ローレンはスリングショットを構え、指を離した。慣れもあり、的に命中する。
「次は俺の番ですね」
バルドの投げたナイフも的に命中する。そこでピエロからストップの声がかかった。二人が投げ終わってから、模様が合ったかを確認するようだ。
――さっきと違って休めるからだいぶましね。
ピエロが的をめくる間、腕に自由が戻った。
「腕は大丈夫でしょうか?」
「うん、これくらいなら大丈夫よ」
「すごーい! 一回目は模様を合わせられたね!」
ピエロの声に、いつの間にか取り囲んでいた野次馬たちが歓声を上げた。
「じゃあ、次! いってみよーう!」
また腕が固定される。ローレンは狙いをすまし、金属弾を発射した。
「――」
ピエロが的をめくる。模様が一致していた。
「おお! すごい運の持ち主だ! 次は当たるかなー?」
背後から響く拍手の音を聞きながら、ローレンはスリングショットを構える。
次も、その次も、そのまた次も、めくるたびに模様が一致した。回数を重ねるごとにピエロの笑顔が引きつり始め、だんだんと声の勢いも衰えていく。
ローレンはバルドの横顔をちらりと盗み見る。
「――」
僅かに口角を上げ、挑発的な表情をしていた。
「ぜ、全部合うんじゃないか!?」
「景品は鉱山って言っていたよね? しかもダイヤモンドの!」
「あ、あと三ペアだ!」
ローレンははっとする。
――もしかして。
「つ、次は合うかなー? あと少しだよ!」
金属弾とナイフが僅かな時間差で的に命中する。
今度はしっかりバルドに顔を向ければ、にこりと微笑まれる。
――セーブをロードして、模様がどこにあるか把握しているのね!?
心を読んだかのように、バルドは言う。
「姫さまがご所望とあらば、なんでも叶えましょう」
ローレンの順番を先にさせた理由がわかった。
――仮に私の順番があとで模様を外したとしても、バルドはロードするように教えてくれたと思うけれど。
「あっ……オープン、ロード!」
さすがに疲れがたたり、金属弾は的ではなく白い壁に着弾した。
『ロードしますか? はい・いいえ』
すかさずバルドがナイフを投げ、腕の制限を解いてくれる。ローレンはすぐさま『はい』を選択した。
「もう少しの辛抱です」
バルドの励ましに頷き、吐き気を飲み込む。
またも一致した模様に観衆は声を上げ、ピエロはすっかり表情を消した。観客を盛り上げることも忘れてしまっている。
「ありがとう、バルド」
「ようやく、あのうるさいピエロが静かになりましたね」
互いに最後の一発を放つ。
震える手でめくられた模様はもちろん、同じに決まっていた。




