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三十話 突発クエスト

 『はい』を選択した瞬間、ばっと腕が上がった。


 ――なに!?


 的を狙いすます視界の位置にスリングショットを持つ腕が固定された。ぎりぎりと右腕はゴム紐を引き、自由に関節を動かすことができなくなる。


「っ」


 ローレンは片目を瞑り、なんとか照準を合わせる。


「おおっ」


 一発目が的に着弾し、ピエロが感嘆の声を上げた。


 しかし、ローレンは喜ぶ間もなく次の金属弾に手を伸ばしていた。それは決して、自分の意思ではない。


  ――私の体が、私の体じゃないみたい! まるで、なにかに操られて……っ。


 ばん、ばん、と弾は壁に埋まっていく。どこに命中したかなどいちいち確認していられない。


「は、はっ……はあっ」


 息が上がる。普段使わない筋肉を動かしたことで体が悲鳴を上げている。それでも、腕は下がらない。


 狙っても、撃っても、終わらない。


 ――なに、これ!? 早く、終わって!


 怖い、とローレンは目の奥が熱くなった。


「姫さま」


 ふいに、耳元で声が響いた。


「失礼いたします」


 腕が下から支えられ、ふっと軽くなった。背中から熱が伝わり、顔のすぐ傍にバルドの顔がぼんやりと映った。


 首元にかかる息がこそばゆくて、ふわりと爽やかな香りに包まれた。


「ばる、ど」

「あと五発、もう少しの辛抱です」


 背中から伝わってくる規則的なバルドの心音に、ローレンはひどく安堵した。


 ローレンが狙いを定めようとする先に、バルドはすっと腕を動かしてくれる。おかげで冷静さを取り戻すことができた。


 ――腕は辛い、けど……これなら!


 残り三発、二発と減っていき、最後の一発も発射された。


「っ」


『突発クエスト【多くの的を撃ち抜いて、豪華な景品を獲得しよう!】 クリア(報酬・スリングショットのおもちゃ)』


 目の前の枠を読む余裕なんてなく、ローレンの手からするりとスリングショットが落ちる。バルドはそれを器用にキャッチし、ピエロへと返却した。


「すごーい! お嬢ちゃん、やるねえ! どれどれ……的に命中させたのはー?」


 ピエロはカウンターの向こう、壁に歩み寄って着弾地点を確認しにいった。


「姫さま、ハンカチをどうぞ」

「いえ、自分のハンカチを……」

「今は腕を動かすのもお辛いでしょう?」


 もう自由に動かすことができるが、ぷるぷると震えている。ローレンは甘えてハンカチを借りることにした。


「知っていたの? こうなることを」

「姫さまの動きが制限されることを、ですか?」

「そ、そう、そうよ! 知っていて黙っていたの?」


 問いつめるようなことはしたくないのに、語気が強くなってしまう。


「ストーリーによっては言動が縛られることもあります。申し訳ありません。先に共有しておくべきことでした」


 深々と頭を下げるバルドになにも言えなくなった。


 謝ってほしかったわけじゃない。ただなにが起きているのかわからなくて、恐ろしくて、不安になっただけで。


「ごめんなさい。ちょっと驚いて、動揺してしまっただけよ。バルドを責めたいわけじゃないの」

「姫さまの不安はもっともです。どれほど怖い思いをなされたか」

「あれあれ? なんだかしんみり? 喧嘩? 喧嘩しちゃったの?」


 空気の読めないピエロだ。こんな無礼な態度をとられたのも初めてで、調子が狂う。


「お嬢ちゃんの得点はー、なんと! 十点中五点! ぱちぱちぱち、半分も命中できたなんてすごいよ!」


 大げさに拍手するピエロに、だんだんとむかついてくる。


「先に景品を渡してもいいけど、続けてお坊ちゃんも挑戦するかい?」

「ええ、そうですね。挑戦してみます」

「うんうん、そうこなくっちゃ!」

「オープン、セーブ」


 ピエロがナイフを用意しようと背を向けた瞬間、バルドが息をするように呟いた。


「そちらのナイフを使うのですよね?」


 バルドがカウンターの上に並べられたナイフを指さした。見えなくても、ローレンにはわかる。


 ――今の自然な動きで、選択肢に触れたのね。


「そりゃそうさ。自前のナイフなんて、十本も持ってないだろう?」

「ええ。ナイフなんてせいぜい、二、三本あれば充分ですから」

「はははっ。一本じゃあ心もとないからねえ」


 なんだか物騒な話をしている。


 護衛用の武器ならまだしも、ナイフを持ち歩いている人がいたとしたらそれは犯罪者くらいだ。


「……オープン、セーブ」


 もう二度とこんな大変な思いをしないよう、ローレンもセーブしておく。


「ナイフ投げはしたことがないので、頑張ります。危険ですから近すぎず、かといって離れすぎないでください。万が一の場合、対応できませんので」


 ――近くに護衛騎士がいるだろうから、万が一なんてないでしょうけど。


 護衛騎士たちは気を遣ってくれているのか、視界に入ってくることはない。なんて優秀なのだろうか。


「心の準備ができたら、いつでもいいよ!」


 直後、ピエロがバルドの耳元でなにかを囁いた。バルドがばっとピエロへ顔を向けるが、もしかしたらストーリーによって体の自由が利かなくなったのかもしれない。バルドはぽんぽんとナイフを投げ始めた。


 ピエロは相変わらず、気味の悪い笑顔を浮かべている。


「おや、おやおや!」


 だん、だん、とバルドは次々に赤い的に命中させていく。その腕前にはローレンも舌を巻いた。


「……ふう」


 なんと、バルドは百発百中、一発も外すことはなかった。


「すごいわ!」

「本当だよ、坊ちゃん! 入団したての練習生よりもはるかに筋がいいよ!」


 その言い方は練習生にとってどうなのだろうか。


「どう? 入団しない? お坊ちゃんなら見目もいいからすぐに人気者になれるよ!」

「丁重にお断りさせていただきます」

「そんな即答だなんて、ちょっとは考えてみて!?」

「大勢に仰がれるより、たった一人の方の目に映れば、それで十分ですので」

「そっかー。お坊ちゃんは一途なんだね」


 ピエロがバルドにのしかかるようにがしっと肩を組んだ。


「離れてください」

「もうもう、つれないなあ!」


 ははは、とピエロの笑い声が響く。


「それじゃあ、そんな二人に! ぴったりの遊び方があるよ」

「まだなにかあるの?」


 ローレンは腕を組む。けれど、じわじわと腕が痛んだ。


「二人でなければ挑戦できないんだよ! 友人、恋人、家族……関係性はなんだっていいけど、いまだ条件を達成できたものがいない、超、超高難易度! どう? どう!?」


 ずいっと距離を詰めてくるピエロの前にバルドが立ちはだかる。


 ――さすがにもう腕が上がらないわ。


 意思を確認しようと振り返ったバルドに、ローレンは無言で首を横に振る。


「心をくすぐられるお誘いではありますが、我々はもう――」

「まあまあ! そんなこと言わずに! 景品を聞いてからでも遅くないんじゃないかな!?」


 ピエロは怪訝にされることもいとわず、バルドの手をがしっと握った。


 ――なんて不躾な人なのかしら!


「では、その景品とやらを教えてくださいますか?」

「景品はー、なんとなんと! ダイヤモンド鉱山!」

「は?」


 予想だにしない豪華すぎる景品に、ローレンとバルドの声が重なった。

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