三話 神託の子どもたち
ローレンは朝早くに目を覚まし、真っ先に鏡の前に立った。
十歳前後と思しき見目の少女がそこにいる。太陽のように眩い金髪はゆるりと背中に流れ、大きくて丸い目は黄金を溶かしたように美しい。
「夢じゃ、ないのね」
幼いながらも上品な目鼻立ちは母親譲りだろう。容姿のよさ。それこそが民たちから死を望まれた女の、唯一の長所とも言えた。
「姫さま。身支度の時間にございます」
「入って」
黒髪の侍女はてきぱきと温めた洗顔水を用意し、支度にとりかかった。昨日に女王の処刑が執り行われたというのに、さすがは王城に勤める人材。変に浮足立つことなく平静さを保っている。
「本日、宰相閣下が謁見を求めております。至急の用とのことです」
「わかった」
――神殿からの呼び出しでしょうね。
ローレンがぐっすり眠っている時間、神殿の大神官は神からのお告げに胸を高鳴らせていたことだろう。
準備を済ませて宰相の元へ向かえば、白髪をうなじで束ねた初老の男が深く頭を下げた。
「突然のお呼び立てとなり申し訳ありません」
「大丈夫よ。王のいなくなったこの国を支えてくれるマシュー卿の呼びかけを、無碍になんてできないから」
ナタン・マシュー。二代にわたる王の崩御を見届け、傾きつつあるエタンセル王国を宰相として支える男だ。
穏やかな雰囲気をまとっている彼だが、その手腕を鋭く光らせる切れ者である。
「どうしたの?」
ナタンは目を瞬かせるだけで進展がなく、ローレンは思わず小首を傾げた。
「母君を亡くされたばかりの姫さまを案じておりましたが、杞憂だったようです」
「教育を施してくれたことには感謝しているけれど、彼女はよき王でもよき母でもなかったもの。むしろマシュー卿には感謝を述べなくてはならないかもね」
王族に反旗を翻し、見事に実権を握った男にはいささか厳しい皮肉だったかもしれない。ナタンは曖昧な笑みを浮かべ、再び頭を垂れた。
「それで、私に用があるんでしょう?」
「神殿から、大神官殿から姫さまのお姿を拝見したいとの申し出がありました。王国に関わるとのことで、急を要するそうです」
「そうなのね。もう向かったほうがいいのかしら?」
「早ければ早いほうがいい、と。ですので、私も同行いたします」
神殿は王城の北東に位置し、馬車を走らせてだいたい三十分ほどの距離にある。
会話をしていればあっという間だ。二人を乗せた馬車はほどなくして目的の場所へと到着した。
「ようこそいらっしゃいました。祭壇へとご案内いたします」
迎えてくれた神官はそわそわとしている。
過去では大神官が「神さまからのお告げがあった」と起きざまに大騒ぎをしていたそうだから、今回もそうなのだろう。
「姫さま?」
案内された祭壇には先客がいた。
「まさか、姫さまも大神官殿に呼ばれたのですか?」
はちみつ色の髪に飴色の垂れた目。声まで甘い彼はまさしく、アレクシス・ジラールその人だ。
「私一人だと思っていたから……」
ローレンとは二歳しか違わないのに、濃紺の三つ揃えを着こなすアレクシスはずいぶんと大人びているように感じる。背丈のせいもあるのだろうか。
「アレクシスも一緒なのだとしたら、心強くて安心ね」
にこりと微笑みかけると、アレクシスはぱっと顔を逸らした。心なしか頬が色づいたように見えるが、きっと気のせいだろう。
――アレクシスはいいとして、ジェシカはまだ来ていないのね。大神官の姿もないし、まだ探しているのかしら。
「姫さまは」
「うん?」
「本日も、とてもお美しいです」
「ありがとう。アレクシスもよく似合っているわ」
見上げたとき、アレクシスの頭上になにかが浮いていることに気がつく。
――ハートのマークに、鍵穴?
灰色のそれはまるで錠前のようだ。
過去に戻ってきてからというもの、不可思議なものが見えるようになった。この錠前は知らんふりをしておけばいいが、白い枠は視界を占める面積が大きい分、ついつい目をとられてしまう。文章が書いてあればなおさら、読もうとして意識が割かれるのだ。
「姫、さま」
「あ、ごめんなさい。なんだったかしら?」
「い、いえ。姫さまに見つめられることは、そうないものですので……」
ローレンとアレクシスの身長はちょうど頭一つ分くらいの差がある。頭の上を凝視していただけなのだが、アレクシスは顔をじっと見られていると感じたようだ。
――私にしか見えないものを確認するときは注意しなくちゃ。
「私に、だけ」
なにかが心を掠める。なにか大事なことを忘れてしまっているような気がするが、思い出そうとすればするほど思考の沼にはまっていく。
「お待たせいたしました」
興奮気味の声とともに背後の扉が開き、ローレンとアレクシスは同時に振り返った。
「アレクさま!」
「ジェシーまで……?」
重そうな神官服を着た大神官の後ろ、ふんだんに着飾ったジェシカが頬を綻ばせた。
「アレクシスはあちらのご令嬢と知り合いなの?」
「家同士の付き合いが、少々……あります」
「少々という割には、愛称で呼び合う仲なのね」
「からかうのはおやめください。腐れ縁です」
早々に前へ向きなおせば、アレクシスもそれに続いた。
ドレスの裾とブロンドの髪を揺らし、ジェシカは当たり前のようにアレクシスの隣に立っていた。
こほん、とわざとらしい咳払いのあと、大神官は口を開いた。
「どうぞ、宰相殿も前へ。エタンセル王国に深く関わることですから」
離れた位置から見守っていたナタンは一瞬だけ顔を強張らせ、促されるままにローレンの後ろに控えた。
「私は昨夜、神託を授かりました」
大神官の堂々たる姿ときたら。独壇場と言わんばかりに間を使ってくる。
じれったく感じながらも、誰もが固唾を飲み、続きを待った。
「神はこうおっしゃりました。ここに招集した三名の子どもたちこそ、次の王たる素質があるのだと!」
目の前にぱっと枠が浮かび、恍惚とした表情の大神官が隠れた。
『メインストーリー【神託の子どもたち】が解放されました』




