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二十六話 なんてね

 オーレリアンは小箱を一つ手に取る。ぱかりと開かれた中には、ブローチが入れられていた。中央には大きな宝石が鎮座し、輝きを放っている。


「もしかしてこれ、魔道具なの?」

「ええ、そうですよ。危険性のない、おもちゃのようなものです」


 やはり、宝石の代わりに魔法石が使用されている。


「たとえば、これは」


 蓋の裏側にぴったりとはめ込まれていた厚紙を抜いた。


「一度だけ、幸運が訪れます。気分を変えたいとき、落ち込んだとき、いい日になるように祈ってね」


 そこに書かれているであろう文章を、オーレリアンは抑揚のない声で読む。特徴的な声のせいもあり、余計に感情が入ってないように聞こえた。


「ほかにも、俺の店に魔道具を卸してくれてる魔法使いたちに好きなように魔法をかけさせたので、効果はさまざまです」

「全部ブローチなの?」

「男女ともに、不自然ではないでしょう?」

「それはそうね」

「身につけてもらえますから」


 オーレリアンは持っていた厚紙を戻し、小箱を屋台の上に置いた。


「もう一つこちらは……」


 別の小箱を開け、厚紙を読む。


「寒くて寒くて凍えてしまわないよう、あなたの周りが暖かくなります」


 防寒に使えるようだ。これから寒さが厳しくなるし、これはいいかもしれない。


「魔力がなくなって割れてしまった魔法石は、また新しいものを入れてもらったら同じ効果を得られるのかしら?」


 最初はローレンに近寄ってきていた民たちが、オーレリアンの説明を聞いているうちに魔道具に興味を移していた。


 オーレリアンもそれに気づき、わざとらしくない宣伝に乗ってくれる。


「はい。魔法石があり、本体を壊さない限り、何度でも使うことができますよ。ただ、魔法石自体が高価なものですので、頻繁に効果を得られるのはお金持ちの方くらいでしょう」

「でも、ここで売られているものは安価で買えるのね」

「せっかくのお祭りですから、少しでも多くの人の手に渡ってほしいですから」


 オーレリアンはにこりと笑みを浮かべる。いささか胡散くささを感じるが、見物人たちは一気に引き込まれたようで、わらわらと屋台が取り囲まれた。


 警戒を強める騎士たちには我慢してもらいたいところだ。


「中には、幸運を運ぶなど、本格的な魔法をかけたやつもいますが、だいたいは手の込んだおもちゃのように作られています」

「そうなのね。ところで、どうして説明書が内側にあるの? 外側にあったほうがわかりやすいでしょう?」

「そうだよ、兄ちゃん。これじゃあわかんないよ」

「不親切だねえ」


 ローレンに便乗する野次にもオーレリアンは不愉快な顔ではなく、挑発的な笑顔を見せた。


「な、なんだよ」


 たじろぐ客をよそに、オーレリアンは手にしていた小箱の蓋を閉じる。ぱちん、と小気味よい音が鳴り響いた。


「ああっ」

「気でも狂ったのか!?」


 客たちが声を荒げるのも無理はない。


 小箱を元の位置に戻したオーレリアンは、等間隔に並べられていた小箱を両腕でかき集め、ごちゃごちゃに混ぜてしまった。


 山のようになった小箱と奇行に走ったオーレリアンを、客たちは不安そうに見つめる。


 気味の悪さに屋台を離れたものも数人いたが、ローレンは残り続けた。ローレンが離れないから、大多数の客も逃げていかない。


「魔法は、恐ろしくありません」


 びゅう、と強い風が吹いた。


「とても、素晴らしいものです」

「なんだ!?」

「目が開けられない!」


 ローレンは腕で顔を覆う。そして、隙間からオーレリアンを見やる。


「――」


 笑っていた。腕を掲げ、心底楽しそうに、笑っていた。


「ほら、元通り」


 けだるげで重い声、ぴたっと風が止んだ。屋台の上では小箱が等間隔に、綺麗に並んでいる。


 ついでに付近の落ち葉も片づけられ、道の隅に集まっていた。


「オーレリアンの言う通り、素晴らしいものね」


 ローレンが拍手をすると、驚きを隠せない客たちもつられて手を叩いた。


「これが魔法! 魔法って、初めて見た!」

「すごーい! 使ってみたーい!」

「魔法使いってのは陰気くさいやつらばかりだと思ってたが、そうじゃねえんだな」


 がやがやと騒がしくなり、ほかの屋台を満喫していた人たちも「なんだなんだ」と集まってきた。


「効果はどれも、魔法使いの願い次第。どんな魔法に魅せられるかは、あなた次第……なんてね」


 オーレリアンはぱちりとウインクする。


 レモン色の目はしかとローレンを見据えていて、思わずどきりとしてしまった。


 ――見た目がいかついから気づきにくいけれど、オーレリアンも整った顔をしているのよね。それに……。


 ローレンはオーレリアンの頭上に注目する。


 灰色のハートが、いつの間にか出現していた。


「友達や恋人、家族……一緒に楽しむには最適。手が出しやすい魔道具だと思いませんか?」


 ふいと顔逸らしたオーレリアンは客たちを見回す。


「……ひ、一つくれ! いくらだ?」

「金貨一枚です」

「ま、まあ……こんなでかい宝石がついてるんなら、安いもんだよな」


 安いどころか、破格だろう。魔法使いたちが破産してしまわないか心配である。


「私も一つ、いえ、二つ買うわ!」

「おい、俺のほうが前にいるんだから、俺が先に買う!」


 最初の一人を皮切りに、次々と購入を求める声が上がった。


 ――誰も買わないようだったら私が先導しようと思っていたけれど、杞憂だったようね。


 ローレンはそっと屋台を離れた。繁盛したおかげで別れの挨拶ができなかったが、今頃は嬉しい悲鳴を上げていることだろう。


「あなたたちもほしかった?」


 落ち着いた場所まで来て、ローレンは騎士たちを振り返る。


「い、いえ! 職務中ですので」


 職務中でなければ買っていたのか。変に背筋を伸ばした騎士は顔に「興味津々」と書かれている。


「魅力的ではありました」

「おい!」

「いいのよ。みんなが興味を持ってくれたようで私も嬉しいわ。あんなに繁盛するとは思っていなくて、つい離れてしまったわ」


 屋台はまだ視界に映る位置にある。ローレンが声をかけるまで閑散としていたのに、今では一番の人だかりができているのではないかと思えるほどだ。


「あの状況では護衛も厳しいですから、距離を置いて正しかったと思います」

「お前な……」


 正直な騎士はあっけらかんと言った。あまりにも堂々とした態度に、ローレンは笑みがこぼれた。


「後日、同じようなブローチを作れないか相談してみるわね。ほしい人は?」


 ローレンが小首を傾げると、速さに差異はあったものの全員が挙手をした。


「それじゃあ、マシュー卿が心配するからそろそろ帰りましょう」

「あちらに馬車が待機しております」


 すっくと立ち、そちらへ歩き出し、誰かに呼び止められた。


「姫さま! これを!」

「きゃっ!?」


 振り返った瞬間、なにかが投げられた。ぎゅっと目を瞑る直前、騎士の一人がそれをぱしっとキャッチしたのが目に映った。


「あ、いつもの癖で……申し訳ありません」

「オ、オーレリアン……? いつもの癖って……」


 ばくばくと鳴る心臓を深呼吸で落ち着かせ、ローレンは目を瞬かせる。


「アルたちはこれでも受け取ってくれるのでね。それだけ渡したかったのです!」


 くるりと踵を返し、オーレリアンは三つ編みを揺らした。


「なにを、渡されたの?」

「先ほどの小箱のようです。いかがしますか?」

「もらってもいいのかしら?」

「だから繁盛する屋台を抜けてまで渡されたのでは? なにより、代金も請求されておりませんし」


 騎士の手に収まる小箱を渡してもらう。


「危なかったです」

「え、なにが?」

「それを掴むのが俺でなければ、斬りかかっていました」


 王族に向かって得体のしれないものを投げられたのだ。当然、問答無用で斬り伏せられてもおかしくはない。


 ついバルドやほかの魔法使いに接するようにしてしまったのだろうが、そのような事情、護衛騎士が考慮する必要はないのだから。


 正直な騎士の言葉に、即座に反応できなかった騎士たちは表情を硬く引き締めている。だが、むしろよく反応しなかったとローレンは褒めてあげたいくらいだ。


「いや、可動域を考えればいけたか……?」


 ――優秀すぎるのも、恐ろしいわね。


 さすがに、ローレンは苦笑いを浮かべるしかなかった。

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